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捨てられ我が道を行く姫とたった1人の番犬  作者: ハル
本物の鬼ごっこ
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62話

 鬼のことは片隅にあったが、それよりも総理大臣の名前や彼らが行った政策、国語の古典と漢文の復讐が頭の大半を占めていた恵にはそんなことを気にする余裕がない。連日、学校が終わってから家に帰ってそれらを詰め込むことに必死になっている。暗記科目が最終日、つまり週明けなら彼女もこんなにも頭を抱えることがなかったのだが、よりによって、国語と歴史が初日に固まっている。


「ああ、あともうすぐ。」


 終わりが見えてきたのは試験が翌日に迫った日のお昼休みだ。次に体育の授業があるのだでそんなに時間が取れないが瑛斗が片手で食べられる海苔巻きにしてくれたので、食べながらなんとか十分に確保できた。

 瑛斗は片手で食べられるものをリクエストしたときはとても不満そうにしていたが、恵が『必要ない。』と言ったら慌てて作ることを了承してくれた。食事はゆっくりとしてほしいという思いが彼にあることは何となく察していたが、恵はそれよりも試験の結果を選んだ。今後の生活にかかわることだから。


「終わったー!」


 恵は思いっきり体を伸ばす。


キーンコーンカーンコーン


 それと同時にお昼休み終了5分前の予鈴が鳴る。


「終わったんですね。よかった。」


 体育なのにまだ移動していなかった瑛斗が安堵したようにつぶやく。そんな彼を心配した恵は彼の背を押して急かす。


「桜井さん、次体育ですよ。もうあと5分も開始まで時間がありませんから行ってください。」

「え?恵さんもではないですか?」


 体操服に着替えるためには体育館にある更衣室に行かなければならず、通常10分前までには着替えて準備をする。そうでなければ開始までに列に並ぶなんてとても対応できないからだ。

 恵はこの日の体育はすでに遅刻することを覚悟の上だったのだが、瑛斗は決してそうではないので、彼が遅刻で体育の成績を下げてしまうことは忍びない。しかし、そんな彼女の心配をよそに、彼は涼しい顔をしており、不安な気遣いをしている恵が馬鹿馬鹿しくなる。あとで考えてみれば、彼は実力は折り紙付きであり結果も残しているので少しの減点などなんとも思っていないのだろう。


 恵は覚悟した通り体育は遅刻したものの、まだ1回目だったこともあり両者ともに軽い注意を受けただけで済んだ。体育は問題なく終わりその日何事もなく終わったのだが、家に帰宅した際、家のの前に焦燥した様子の立花弁護士が立っている。

 彼は恵と瑛斗を見るや否や、瑛斗の前まで待ちきれないとばかりに駆け寄ってきて安堵した様子だ。


「よかった。あなたたちは無事だったんですね。」

「どういうことですか?」

「あ、いえ、そのこちらで不祥事が起きたのであなたたちの安否を確認しようと思っただけです。」


 瑛斗の問いに立花弁護士は慌てて冷静を装う。ただ、彼の視線は定まっておらず、特に恵の方をちらちらと見ており言いにくそうにしている。それで恵は何となく自分に聞かせられない話だと察して


「立花弁護士、私は無事です。それでは。」


 と言って邪魔者であると自覚した彼女は早々に退散する。


 家に入って自室に向かい、明日に備えての準備もあるし、それ以前に彼女は彼らとの関わりを持とうとは思っていない。

 そんな言い訳まがいのことばかりが頭に浮かんで目の前の漢字の羅列なんてすでに頭に入らない。


 本当はどうしたいの?私って何をやっているんだろう。今まで自分の主張ばかりで全く彼らに歩み寄っていなかったのに、なんでこんなに気になるんだろう。ばかみたい。


 これほど距離を置いて、彼らに対して自分まがいの言葉を飛ばしてきたのに、後悔に似た気持ちになっている自分が恵には信じられない。


「はあ、本当、私は変だ。」


 最後まで認められずに彼女は目をそらしてベッドにもぐりこむ。


 人が苦しまない方法は何もかもとの関わりを断ち切り孤独になること。それは簡単なようでいて生きている間は人は決してできないことだろう。誰かと関わることを人は決してやめられない。恵も例外ではなく、彼女がすでに瑛斗を受け入れているのは彼と関わっていることで”楽しい”と感じているからだ。

 人は他人との関わりからでしか心を動かせず、成長もしない。それを人は本能的に知っていて、彼女自身もわかっている。ただ、彼女には時間が必要なんだ。

 なんせ16年も知らなかった赤の他人と実は家族だと名乗られて、彼らが接触してからまだ数か月しかたっていない。空白の時間が長かった。


 恵は目をつぶったら眠ってしまう。

 それは心の安寧のための休息。


 コンコン


 彼女が目を覚ましたのは部屋をノックされた音だ。

 ベッドから起き上がり外を見ればすでに真っ暗で時計を見て飛び起きる。すでにいつもの夕飯を食べている時刻から30分も経っている。


「はい。」

「恵さん、体調が悪いんですか?試験は根を詰めるとうまくいきませんよ。夕飯を食べて風呂に入ってゆっくりと今日は寝てはどうですか?」


 気遣う声がいつもより心地よく感じて恵は笑ってしまう。

 恵にとって夕飯の時間にダイニングに来ないのは恵は試験勉強をしていると瑛斗が思い込んでいることが幸いだ。彼女は明るく返事をしてドアを開いて彼の前に立つ。寝ていたとわかるほどの顔をしていたはずなのに、そんな恵に対して瑛斗は何も言わずにいつものように微笑むだけだ。その態度が彼女を安心させる。

 それからいつも通りの食事に食後のルーティンで恵はいつも以上にぐっすりと眠ることができたのだ。


 中間試験は暗記科目がいつも以上に結果が良く、ほかの科目もそれなりの結果を残すことができたことで恵の試験結果は上々の出来といえる。いや、いつもの10位までをキープどころか今回は片手で足りる順位を獲得してしまいニヤリとしてしまう


「こんなに進学しないことを悔やむのは初めてだ。」


 鳴海教師に放課後呼ばれて行ってみれば、残念そうにそんなことを言われる。


「今回は必死でしたから。」


 恵は嬉しくてつい言ってしまう。それを聞いた彼はため息を吐いて肩をすくめる。

 今回の目的は2年に上がる際の文系理系の希望と成績と進路から普通科の中でも特進かどうかの話し合いのために設けられた場でもある。


「理系を希望します。クラスは普通クラスです。」

「そう言うと思っていた。最初から希望は聞いていたから。だが、こんなに好成績を出した生徒を放っておくのはこっちとしても辛いものがあるんだ。」

「そうなんですか?」


 鳴海教師の言葉に恵は驚く。その顔を見た瞬間、彼は怪訝な顔をする。


「なんでそんな顔をするんだ?当たり前だろう?選択肢が多い生徒がそれを棒に振って家でできる仕事のみに注力するなんて黙っていられないだろう。」

「親みたいですね。いたことないので知りませんが。」

「あ、ああ。」


 恵は別に嫌味で言ったわけではないのだが、つい自然と出てしまった言葉に対して鳴海教師が気まずそうにして謝ってしまうので、彼女は失敗を自覚する。


「すみません、私の言葉が過ぎました。とりあえず、私は進路を曲げる気は今のところありません。」

「今のところ?」

「ええ、まあ。」

「なんだ?何かあったのか?」


 鳴海教師が食いついてきてしまったことで、また言葉を言い過ぎたことに恵はため息を吐く。


「実は親族だと名乗る人たちが現れたんです。」

「親族!?」

「はい、桜井さんもそんな感じだそうですよ。」

「そういえば、お前の前に面談した際、お前と同じクラスにしてくれと言っていたな。進路はまだ決まっていないって。」

「そうですか。」


 確かに恵の2つ前が瑛斗の面談だった。今日が面談初日で成績順に呼ばれており、クラスにトップ5まで独占状態なので瑛斗と恵の間に1人入っている。瑛斗がそんなことを言っていることは何となく予想していたので恵は驚きもしない。


「そうか。あいつも困ったものだな。それなら、親族がいるなら大学も視野に入れてもいいんじゃないか?」

「まあ、経済面は問題ないと思いますよ。なんといってもお金はありそうな人達ですから。でも、それは私が行きたい大学があればの話です。現時点で特に大学に行きたいとか思っていないですし、あの人たちから金銭的援助も今更嫌ではないですか。」

「お前の気持ちを考えたら複雑かもな。そもそも、その人たちはお前に対して好意的なのか?いや、親族らしい桜井の態度を見たらそうかもしれないな。」

「そうですね。好意かどうかわかりませんが、今まで生活援助はその人たちがしてきていましたよ。」

「そうなのか!?」


 最後も言っていたつもりだった恵はポロッと言ったら、それに鳴海教師が立ち上がって驚いている。よほど驚いたのか、その大きな声がおそらく廊下に響いただろう。


「先生、座ってください。」

「ああ、すまない。」

「そういうわけなので、私の進路は変わらないということで。あと、桜井さんのこととか、私の親族の話は他言無用にしたうえで絶対に詮索しないでください。」

「わ、分かった。」


 恵は座って興奮を落ち着かせている鳴海教師の両肩をつかんで言い聞かせるとそれに気おされたように彼は頷く。そんな呆然とした彼をおいて恵は部屋を出る。


 教室には瑛斗が待っており、彼とともに学校を出ると立花弁護士が学校の校門近くの路肩に停めていた車から降りてくる。


「恵様、お願いします。佐久良家に今から来ていただけませんか?」

「は?」


 急な彼からの申し出に恵は戸惑う。

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