54話
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皆さん、読んでいただきありがとうございます。
恵がどれくらい部屋にいたのかわからないが、食後2時間ほど経った頃にドアが開く。またも同じ男性がやって来る。目はやはり黒だ。眠らされる前に見た色が幻覚のように思えてくる。
「それで、考えなおしてもらえたか?」
ニコリと勝利を確信しているように彼は笑う。
それを恵は鼻で笑ってやる。
「答えは変わりません。第一、私はあなたがどこの誰かも知りませんし、先ほどあなたからの提示されたメリットは私には無意味だと説明しました。考えなおしを求めるのなら、私が納得できるものを提案してください。」
以前、1度だけ見た海外の刑事ドラマに出てくる敏腕女性刑事を想像し、自分を擬態させて恵は発現する。
彼は、しまった、という顔というよりは苦笑をして両手を広げる。
「そういえば、俺の名前を言っていなかった。宮地達也。人の魂を夢を通して抜き取ることができる魂縛の力を宮地家の祖先より唯一継承しました。」
彼はまるで映画の登場人物のように右胸に手を当てて会釈する。
「私の魂を抜けばよかったのに、抜かなかったんですね。」
「あなたのは抜けませんでしたが、ここに連れてこられただけで十分です。」
彼は変わらず笑みを保っている。
相手からの与えられた情報に恵は首をかしげる。
「あなたは最初に話した時に”出来が良い弟と彼にかかりっきりの両親を見返すことが目的”と言っていましたよね?」
「それがどうした?」
「今のあなたの発言と矛盾していますよ。あなたが力を唯一継承したなら、あなたのほうが両親の意識は向くはずです。それに、弟は力を持っていないのですよね?なぜ、”出来がいい”なんて言葉が入るんですか?」
恵はごく当たり前な疑問をぶつけただけだ。
それに間があいて男性、宮地は
ハハッ、ハハッ、アハハハハッ
と壊れたように笑い声をあげる。
「そんなこと決まっている。やつらは俺の力を認めなかったからだ。宮地の今の力は悪夢を吉夢に変える夢操りなんだ。弟はその才があってどんな悪夢も吉夢に変えることができると評判を呼んだ。それなのに、俺には一切その才がなく奴らは俺を無視した。俺は悔しくて家に保管されている文献を読み漁っていると、宮地の初代からの力のことが書かれていた。初代と2代目まではこの家も人の依頼で妖や人を斬り捨てていた。その時に使用していたのが魂縛だ。この魂縛は夢を通して魂を縛り、夢を見ないはずの妖を夜の闇に乗じてであれば通用する。その有用性をかいた権力者たちの依頼をすべて受け悪さをする者たちを斬っていた。しかし、その依頼も妖が闇に移り被害が減ってから人に対するものが増えて彼らは権力の変動に翻弄されることを恐れてその術を封印していた。その力は後に受け継がれないようにしていたらしい。」
「どうやってですか?」
「封印をしたんだ。力をこの家の隠された部屋にある箱にな。」
途中までの説明だったが、それで十分だ。
そのあとの展開は容易に読めて、恵は驚きで固まる。
宮地は恵を見ておらず遠い目をして壁を見て、肩をすくめ、フッ、と自嘲するように嗤う。
「俺は力を手にしてこの力を使った。あの人たちの前でな。そうしたら、彼らは血相を変えて俺を怒鳴りつけてきた。今まで俺に対して何の感情も出したことがないあいつらが、あの時に初めて出したんだ。しかし、そのあとすぐに奴らは俺をこの家に送った。そうして、それからこの家から出るなと言われ、結界まで張られたんだ。力があっても、結局あいつらは俺を認めようとはしなかった。弟は怯えたように腰を抜かしていたな。いつも堂々として俺に偉そうに意見してきたのにな。」
彼は笑っているのに苦しんでいるように見える。ポケットに手を突っ込んで強がっているようだ。
「本当、あの時は気分が良かったな。今まで見下してきたやつを見下ろす気分は最高だった。」
彼は誰に言っているのか、天井を見上げて叫ぶ。
それは悲痛の叫びだ。
恵にはそれが自分に重なって見え、目をそらしたいのにそらせずにいる。
もし、私が力で捨てられ、幸福な異母弟を見たら、こんなふうに愚かなことをしても、自分を見てほしいと家族を切望するのかな。今は他人でありあの子にも家族というものにも興味がないけど、本当に娘としてあの家で育っていたら腹違いで数か月しか違わないのに、優秀だろう彼に対してそんな行動に出るのだろうか。
恵は起きてもいないことを思い描いて怖くなる。その未来像がまさに今、目の前にいるからだろう。家族からの関心が欲しいがために封印されたものをこじ開けてそれを自分の力だと信じて手に入れ、それによって家族との溝を広げている。そして、自分自身もそれを感じているのに認められない彼は精神異常者に分類される。恵は自分に恐怖を感じる。
あの人たちに感心を持たない道を決めたこと自分は最善の道を選んだんだ。
恵はあの時の選択した過去の自分に賞賛の拍手を送る。
そんな彼女の思考の間も、宮地の思いの吐露は続いているが、すでに彼女の耳には入っていない。
「お前には、お前の目には俺はどういうやつに見える?弱い力に固執するような弱腰どもよりも肩を持つに足る人物に見えるだろう?」
彼は話すことに浸っているわけではないようで、最後にそう問いかける。
恵は途中から聞いていなかったが、それを悟られないようにすぐに悩むふりをする。顎に手を当てて相手を逆なでせずに、かといって、肯定するわけでもない解答を探す。この場合、一番彼女にとっての悪手はこの場で激情に任せて彼に命を奪われるか、担ぎ上げられることだ。どちらも彼女にとっては最悪なパターンだ。
しかし、恵にとって駆け引きなど今までやってきた経験がないので全く言葉が浮かんでこずに頭を悩ませる。
『そんなに悩む必要はないんじゃないの?』
そこで、2人以外の声がする。
恵はその声を聴いた瞬間、聞き覚えがあるその声に顔を綻ばせ、天井を見上げると目玉がある幼児クモ、クモさんの眷属が糸でぶら下がっている。
あんなに飛ばされたのに、生きていたんだ。
そして、よくここがわかったな。
恵はクモの生命力と執心に感心するものの、その方向がばれないように恵はすぐに天井から目をそらす。恵の動向を見られなかったのか、宮地は
「誰だ!?この部屋には結界が張られているのにどっから侵入した!!」
と苛ついたように声を荒げる。
『ふん、あんな雑魚結界を破るのに時間はかからなかった。それより、何を悩んでいるんだ?そんな奴程度の力なんて恐れるなよ。言葉を思ったまま言っておけ。』
うん、そうだね。悩んでいたって答えは出ないし。
恵はその言葉に勇気づけられる。
「宮地さん、私の答えは変わりません。あなたからの提案はすべて却下しますし、あなたはただ家族の関心が欲しいために超えてはならない一線を越えただけにすぎません。」
「そ、そんなことを言っていいと思っているのか!?これが何かわからないか?」
恵の返答と突然の第三者?の介入によって恐怖で震えながら、宮地が手に持っているのは小さな透明の瓶だ。切り札とばかりに取り出したその瓶には球体の光った丸い物体が入っている。しかし、それを見て脅すように言われても恵は首をかしげる。
「ふっ、わからないのか?これはお前が属している一門の1つの家の娘の魂だ。俺がお前をここに連れてくるためにはどうしてもこれが必要だったんで奪った。お前は血を引いていないと異能がある俺は害を与えることができなくなるからな。このおかげで俺はお前と普通に接触できたってわけだ。まあ、これがあっても結構きつかったけどな。取っておいてよかった。」
「なんか色々と言っていますが、それで何か私に関係ありますか?」
恵の態度が変わらないからか、宮地は戸惑っている。唇が震えていて、動揺を隠せていない。
「・・・・だから、これは。」
「ええ、私の家族らしい人達の1人の魂ですよね?つまり、私にとっては赤の他人も同然。どうなろうと、私には知ったことではありません。好きになさってください。会ったことがない人を心配するほど人間出来ておりませんし、私は自分の心配をするだけで手一杯です。」
恵は言い切る。本心だから仕方がないだろう。
急に現れた家族やそれを本家と言い慕う人たち。
彼らは確かに絆があるのだろうが、恵にとっては誰も彼もが赤の他人だ。どうなろうと知ったことではない。ニュースを見ているのと何ら変わらない。
プッ
宮地が噴き出し、声をあげて笑い顔を手で覆いその場にしゃがみこむ。
「なんていう冷酷な姫だ。お前みたいな奴は見たことがない。本当に、もっと気の弱い善良な人を想像していた。それが俺にとって大きな誤算だ。最後に見捨てられるなんてな。”あの方”に会ってから幸運がめぐってきたと思ったのに。」
「その”あの方”って誰。」
「もう、おしまいだ。」
恵の質問を最後まで聞かずに宮地は立ち上がる。その色を失った顔を見た瞬間、嫌な予感がした恵は数歩彼から距離をとる。
彼の目が赤色に変わっている。
「最期にお前に会えてよかった。」
彼は持っていた瓶を落とす。
小さな瓶は一直線に床めがけて落下し
パリン
と音を立てて割れる。
その瞬間、見えていた光を放つ球体は見えなくなる。
魂が無くなった瞬間を見ても彼女の胸は全く何も感じず、ただ、その場に立ち成り行きを見ているだけだ。




