53話
「うう・・・うん。」
恵は自分の呻く声で目を覚ます。
柔らかい感触が顔いっぱいに広がり、目を開けて景色を確認すればピンク一色でその落差に気持ちが悪くなる。
思わず、うぇと吐き気を催して、それを勢いに上体を起こす。体に拘束の類はされておらず、周囲を見渡せば、なんというか幼女でもいるような、お姫様の部屋が広がっている。
まず、恵が寝ているベッドはレースカーテンがかかっている天窓付きベッドであり、近くには木製のドレッサーや彫刻があるタンスに小さな机の上に丸い鏡、そのうえ壁の色はピンク、それだけでなく、絨毯も寝具のシーツすべてがピンクの桃色世界だ。目が覚めても桃色なんて恵にとっては地獄で目がチカチカしてしまい、先ほどから瞬きを数えきれないほどに繰り返している。
「目が痛い。」
恵はベッドに腰かけた状態で目を手で覆う。そうして、何とか目の疲労を最小限に抑えようとする。しかし、目を開けば疲労は溜まる一方なので、盲目になったつもりで過ごすことになる。
「うん、私は女優。あの漫画の主人公のように私はなりきってみせる。」
自分を思いこませて本当に目を開かないように意識を集中していると、ドアの向こうから何やら人の話し声が聞こえる。
「目は覚ましたのか?」
「まだだと思います。声は中から聞こえませんでした。」
「そうか。まあ、初めてだったようだからな。そうだろうな。だが、お姫様にも起きてもらわないといけないな。」
カチャ
会話が終わったら鍵が開いた。
ここは鍵がかかっているうえに扉の前に人が立っている。
ずいぶんVIPな対応をしているな
庶民の自分に対して過剰な扱いに恵は呆れる。
扉から現れたのは最後に記憶がある男性だ。ただ、目の色は印象的だった赤色ではなく一般的に多い黒だが。それでも顔は見覚えがある。
「おはよう。目覚めたんですね。眠り姫だったらキスをしなければならないところだったよ。」
急なナルシスト発言に恵はドンびく。
そして、これだけは再認識する。
どんな理由があっても誘拐する人はたいてい変態なんだ
と。
恵は眉間にしわを寄せて彼を見ている。
「私がここに連れてこられた理由は何ですか?誘拐犯さん。言っておきますけど、私は1人ですので身代金なんて一銭も出ませんよ。」
いや、あの家族だろう人たちに頼んだら少しは出してくれるかもしれないけど。
恵は内心例の集団が頭に思い浮かぶがそれを頭の隅に追いやる。
お金の話になったとたん、変態誘拐犯の男性は馬鹿にしたように恵を見下げる。
「そんなもの、腐るほど持っているから要らない。それにしても、お姫様だと思っていたんだが・・・・口が悪いな。」
そして、とてつものなく失礼なことを言う。
彼の言動と見定めるように全身をなめるように見られるのに恵は気分がさらに悪くなる。せっかくピンクというチカチカ酔いから解放されようと目を閉じて盲目になりきっていたところに、こんな人物が登場したために集中できず、チカチカと変態のダブルパンチでさらにダメージを負う羽目になる。
「”お姫様”なんて私から一番遠い単語ですね。私は家族なんていないただの高校生です。あなたのような人とは縁もゆかりもないです。」
ここで彼の挑発に乗せられてはいけないと自制する。恵は大人の対応を心がける
「なるほど、そういえば、お前はずっと母親が親族全員を出生を偽っていたせいで隅に追いやられていたんだったな。では、どうだ?俺と組んでそんな親族たちに復讐しないか?俺もむかつく弟がいるんだ。出来が良くて家族は全員弟の味方。あいつには大企業の娘を婚約者にしたのに、俺には一切関心がないのか、この年まで婚約者なんて決められたことがない。お前が俺に協力してくれるならこんな家を捨てても問題ないほどに力を得られる。お前は今まで苦しめられた分を返すことができる。どうだ?悪い話ではないだろう?」
そう語る男の目は以前見た人の目と同じだった。
あの女性、石川教師、彼女も才を持ちながらも家族に見捨てられ、家族に受け入れられている妹に対しての嫉妬と大切な人を失った悲しみ、周囲に見える人の幸福そうな顔を憎みその最たる恵の同じクラスのやんちゃグループの笑っている顔を許せずに手を出していた。それと同じ目を彼もまたしている。彼らは理由はほぼ一緒。同じ境遇だ。まだ、彼のほうがまだ誰も手にかけていないだろうからマシかもしれないが、やろうとしていることは一緒だろう。
恵は頭をかいてため息が出る。
「あなたに協力するメリットは私にはありませんよ。」
恵はただ男性に対して提案を断る旨を伝える。
それに一瞬固まった男性は目を大きく見開いて恵との距離を一気に詰めて両肩を掴む。その手を容赦なく叩くと痛みに驚いたのか彼はすぐに手を引っ込めて鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。
相手の頭が回ってない時こそこちらのチャンス!
恵はにっこりと勝ち誇った笑みを浮かべて勝利者を演出し、この場を制することにする。
ハッタリなんだけどね。
彼女は内心舌を出す。
「あなたが勘違いしていることがあります。確かに、私は家族は知りませんし、あなたの言ったような事情も初めて知ったほどに家族との縁は薄いです。でも、彼らは血がつながっていなくても育てるための援助はしてくれていましたから、私は十分幸せですよ。だから、彼らに対して恨みなんて何一つ抱いたことはありません。」
「何を言って。」
「いいですか?家族から愛されてないから不幸というのはあなたの偏見です。それはあなた自身の体験を元にした感情であって私の感情ではありません。人が抱く感情というのは何1つ同じだということはありません。だから、あなたの物差しで私を当てはめることは止めてください。不愉快ですので。あなたとは交渉する価値もありませんから、協力云々が本題でしたら帰らせていただけますか?」
決して男性の言葉を挟めることはなく恵は意思表示とこちらの要望を伝える。ここで彼からの言葉を挟んでしまえば彼に頭を整理させる時間を与えてしまうことになる。人は言葉を発することによって冷静さを取り戻す傾向にあるからだ。
思った通り、男性は混乱状態だ。
「違う・・・あんただって・・俺・・・・・・と同・じ。」
さっきから首を横に振りながらブツブツと呟いている男性を見つめながら恵は次の行動を考えている。
「私からの要望はただ1つです。帰らせてください。それができないなら出て行っていただけますか?逃げたりしませんよ。ここがどこかわからないのに。」
「あ、ああ。」
どっちの返事なのかと思えば、彼はそそくさと部屋から出ていく。
その背を見て思わず吹き出しそうになった恵は口を押えて彼を見送る。
「うん、私ってこんなに性格悪かったかな。」
恵は首をかしげる。
「はあ、まあとりあえず。」
グー、キュルルル
「お腹空いたな。」
恵は一仕事を終えた達成感でベッドの上に寝転がったタイミングでお腹が鳴り手でさする。
「ここって雨風には備えられそうだけど、肝心のご飯がないな。」
不憫だと彼女は口を尖らせる。
コンコン
しかし、天の助けのようなノックとともに入ってきたのはカートを押す黒服の女性だ。なんと、そのカートには料理が並んでいる。デザートまで載っていることに恵はもうワクワクしている。
「お腹空いていますか?」
「はい、もちろんです。いただきます。」
恵は彼女の質問に対して食い気味で返事をして、料理は並べられる途中だったが机に置かれた料理からフォークとスプーンで食べ始める。
「うーん、おいしい。」
中華料理が好きな料理担当がいるせいなのか、中華料理ばかり並んでいるが、その油のしつこさと辛さと塩分がこのストレス過多の環境に適応するには必要だったので恵にはちょうど良く感じられる。
うん、ここに住むのもいいのかも。
あの変態がいなければ十分ここに住むことも考えられそうだ。
恵は環境適応力は人の最高値の自信がある。




