39話
~別荘 宴会場にて~
恵は満腹を理由に欠席したが、佐久良家の夕食の席に瑛斗は参席している。
佐久良家所有の別荘には、毎年この時期に佐久良家を中心に分家の側近と側近候補を含めた主な家の家族と次期本家の護衛などを担当する精鋭候補の家族などが終結する。そして、この席には本家に嫁いだ者の実家も含めるために李家も出席しており、彼らの一門となっている瑛斗は毎年呼ばれている。
そんな意味のある宴席なのだが、ただの家々同士がお酒と食事で親睦を深めたり情報交換をしたりする場なのだ。そして、今年は初めて生まれた七色瞳を持つ本家の姫、《《西寺恵》》が来るとあって誕生を待ち望んでいた李家はもちろん他の家の者たちも緊張と歓喜と両方を持ち合わせて出席したのだ。
出席したものたちがそんな気持ちなのは恵の経緯を知っているからだ。
血のつながりがないと判断され、佐久良家唯一の汚点とされて忌み嫌われてきた。彼女をそう判断したのは佐久良家当主の敏明でありそれに同調したのは全員だ。そんな彼女に対して、彼女に異能の才があった場合は彼女を母親の実家である三条家で面倒を見ること、彼女の生活費は彼女が20歳になるまで佐久良家が負担することで決着がついた。しかしながら、その生活費でさえも佐久良本家よりもその一門に属する者たちは納得してはいなかった。もとはといえば、三条から嫁いでいた亜希子がしたことであり、本来なら彼女の実家である三条家が出すべきものだからだった。そこは亜希子が当時本家筋だと言われていた百合香の親権を盾にしてきた。その横暴の態度がさらに佐久良一門の怒りを煽っていた。
その決断が恵の面倒を見ていた分家筋の遠縁の女性に影響を与えて、いつしか自動で入って来るその生活費さえも私利私欲のために使い、恵には必要最低限のものしか与えなかった、ということが恵が血のつながった娘だと判明して調査した結果わかった。恵は別に気にしていないようだが、その事実は本家だけでなく、分家の全員の頭を悩ませ血管が切れるほどの怒りが湧いた。それが最も強かったのは李家だったのは言うまでもない。
初代以外には見たことがない七色瞳を持つ少女だ。李家はもともと初代だった李家の姫を守るために存在していた少数精鋭の家であり、初代と同じ人物が生まれるまで技を磨き、もし、かの人物が再来することがあれば、全力で守れるように、というのが彼らの方針だった。しかし、それが果たせない可能性が現状最も大きい。
嘘を吐いてそんな世界で最も大切に育てられるはずだった姫を傷つけ、自分たちから遠ざけ、この先縁を結ぶことさえできなくさせた三条家を彼らは絶対に許さなかった。特に恵の母親である三条亜希子とその娘である百合香、彼女たちはあろうことか、パリから帰国後すぐに恵の前に現れて彼女に手を出そうとしたのだ。もはや三条家はかばうことなど許されない状況であり、彼女たち2人を捨てることで佐久良家とのつながりがこれ以上悪化しないようにした。それを受けて、捕まえた亜希子には異能を使えないようにしてから、異能の才がない百合子と共に李家が掌握している横浜に放置した。お金もなく保証人もなく、でも見栄だけは一人前の彼女たちがどうなるかなど押して知るべし。
佐久良家にとって幸いだったのは恵が母にも姉にも興味がなかったことだろう。あの時、母親が呼んだ際、恵が興味を持って母親と一緒にいたとしたら、ここまでスムーズに事は運ばなかったからだ。
そんな雰囲気が奏から欠席したことを知らされると、落胆と絶望を誰もが浮かべる。それは分家も李家もお目通りが叶えられない状況が変わらないことを示すからだ。彼らの存在を最も尊い存在に知られていない。
だから、唯一、彼女とともに生活までしている瑛斗には李家はもちろんのこと、他の家々、そのうえ、本家が質問攻めをするのだ。
今まで末席に控えて静かに食事をして頃合いを見たら部屋から出ていた瑛斗であるが、今回に限ってはなぜか李家当主である李英蘭と次期当主であり彼女の息子である李白鳳の次の席に座らせられた時から嫌な予感があった。しかし、まさかここまでに酷いことになるとは夢に思わず瑛斗はすでに飽き飽きしている。
「あの子は何が好きなんだ?」
その中でも彼女の父にあたる佐久良貴明の質問には瑛斗は困る。食べ物でも飲み物でも彼女が好き嫌いをしたことがないし、ただ、甘味はよく食べているが特段好きなものはないようだ。
「あの方は好き嫌いがないようです。」
瑛斗の答えには貴明は困ったような顔をする。
ここで、瑛斗は昼に遭った人物たちを思い出す。
「当主、今日昼に彼女と一緒に街に出たのですが、そこで上級エクソシストのレイドリック・オールウィンと私の兄と母が一緒に居ました。あの人達にはあまり会いたくないようであの方は逃げましたが、一応当主たちも心に留めておいてください。彼らが何の目的で来たかは不明ですが、おそらくあの方には関わりはないでしょう。もし、それがあるなら接触が向こうからあるはずです。」
瑛斗の報告に敏明はため息を吐きつつ重く頷く。周囲はそれに動揺はしないながらも驚いている様子。
瑛斗の素性を知る者ばかりなので、彼はいちいち説明をしない。
しかし、瑛斗の報告を聞いてその場にいる者たちは一様に驚いた顔をする。
「あの子はお前のことを知っているのか?」
「ええ、成り行きで話すことになりました。」
「それは報告を受けておらんな。」
「申し訳ございません。特にあの方は気にした様子がなかったので飛ばしてしまいました。知られてからも態度は変わることはありませんでした。」
「そうか。」
瑛斗がわざと報告しなかったことは明白であるが、敏明は咎めはしない。
実は瑛斗は毎日のように恵のことを報告していた。恵の身に起きた出来事はもちろん、体調不良やけがなど些細なことはすべてだ。彼女のために主治医まで近くに住まわせるくらいの手厚い保護である。
ちなみに、恵が梅雨で体調が悪くなった際に使った枕はその主治医が異能を込めて作った枕であり使用者の不調を整える効果がある。それを知らずに毎日恵は使い、今のところは機能は働いているようで、あれから彼女が不調を訴えたことはない。
「あの子が苗字を変更してくれることはなさそうか?」
「そうですね。今の苗字にも佐久良の苗字にも愛着はないようですが、提案したとしても、手続きや学校での名乗りなど面倒、で片づけられると思います。」
「そうか。」
貴明の質問に瑛斗はそう言われた時の恵の反応を想像して苦笑してしまう。明久としてはいつまでも他人の苗字を名乗らせるのは口惜しいのだろう。西寺は三条家の分家の末端だ。つまり、このままでは彼女は佐久良本家の姫でありながら三条家の名に連なる存在として認識されかねない。それは三条家に対して怒り心頭の佐久良一門にとってはやるせない心地だろう。
「瑛斗さんはあの方の異能を受けたんでしょう?どんな感じでしたか?」
先ほどから誰もが恵の名前を呼ばないのは、誰も恵から名前で呼ぶことを許されていないからだ。この中では瑛斗と奏だけがその権利があるのだが、2人は空気を読んだまで。
当主一家からの質問が終われば、次は彼女と同年代ぐらいの、本家の息子である奏の側近候補の彼らの番だ。彼らはつい先ほど恵と偶然だが遭ったので彼女のことに興味深々だ。
恵は勘違いしていたようだが、彼らは恵のきれいさと彼女が纏う異能のオーラに魅了されて身動きができなかったに他ならない。彼女のそれは日々を重ねるごとにどんどん強くなっており、それだけ彼女の心が育っている証拠だ。
七色瞳は本人の感情なのだから。
あの場で奏が唯一動けたのは彼が同じ李家の血を継いでいたからだ。勘違いされた後になって、肩を落とした奏に彼らは謝罪していたことは記憶に新しい。
「そうですね・・・一言でいえば別格でした。李家が使う言霊などおそらく足元にも及ばないでしょう。あの時彼女から与えられたのは怒りであり、その時に感じたのは絶望でしたね。何もかもが手のひらからこぼれていく感覚。あれが喜びや歓喜だったら、どんな幸福だろうかと考えるほどに。」
瑛斗の言葉には誰もが言葉を発しないで耳を傾けている。それはまだ誰も彼女の異能を見たことがないからだ。そこまで瑛斗に言わせるほどの力を持つ彼女に対して顔を覚えてもらう、言葉を交わせる場がないことに誰もが落ち込む。
その中でも、先ほど遭ったにもかかわらず誤解を与えてしまった奏の側近候補たちは明白だ。沈んだ気持ちのまま、今後どんなふうにそんな家族に対して、一門に対して何の興味もない恵と関わりを持つかを思案するのだった。
宴席が終わったのは夜中だった。
瑛斗は疲労困憊の体で部屋に戻り風呂に入ってゆっくりとする。悪魔の血のおかげで眠る必要がないことは彼にとってメリットだった。
少し休んで朝日が昇り始めた時間になり、恵がいつも起きてくる頃合いに、瑛斗は彼女の様子を見るために部屋を訪ねようとすると、別荘で働く女中の1人が慌てた様子で彼女の部屋がある方からかけてくる。
「どうしたんですか?」
「そ、そ。」
新塚の娘にあたり次のここの管理者になる予定で結界の異能に優れている彼女はいかなる時も冷静で有名だ。どんな場合にも表情1つ変えずに対応する。
そんな彼女が動揺して顔を青くしている。真っ青で今にも倒れそうだ。その常にない様子に嫌な予感がした瑛斗はすぐに恵の部屋に向かい、ノックもそこそこに扉を開くと、その布団は空っぽだった。
それに呆然として、彼女が持っていた小さな肩掛け鞄のみが無くなっており、彼女がどこかに出かけたことはわかったが、瑛斗は彼女の行先など検討が付かない。
しかし、彼は窓から飛び降りて彼女を探しに街に向かう。




