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捨てられ我が道を行く姫とたった1人の番犬  作者: ハル
別荘は休暇ではなく、災難ばかり
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38話

 宿泊場所に帰宅した恵は玄関から入ったすぐ横にある休憩スペースのような対面のソファとガラステーブルが置かれた場所に数人の同年ぐらいの男子が楽しそうに会話している場面に遭遇する。

 それに目がいったのは、彼らの中で1人だけ顔見知りがいたからだろう。思わず恵はそちらを見てしまい、その彼、異母弟にあたるだろう人物と目が合う。


「こんにちは。」

「こんにちは。」


 目が合ったからには挨拶をしておいた方が良いと思い恵は何となくしてみると、彼のほうもどこか気まずそうに返してくる。

 今まで楽しそうな雰囲気だったのだが、一気に冷え込んで緊張の糸が張り巡らせたような場所になってしまう。

 彼らの視線に集中攻撃されHPなんてゼロに近い瀕死の状態である恵はその場から逃げるように自分の部屋へ戻ろうとするのだが、


「姉さん!待って!」


 と、今まで呼ばれたことのない呼称で叫ばれる。

 1人慌てて駆け寄って来た異母弟は恵の傍まで来るが距離はある程度保っている。これが心の距離の表れだろう。


「あの、もしよかったら夕食まで時間がありますから一緒に話をしませんか?」


 彼は気まずそうに、それでも恵の顔をうかがうようにチラチラと見て言う。少しだけ恵のほうが身長が高いからか彼が顔を下げ気味だからか、彼は下から見上げる形になり、それが甘えたい犬のように見える。

 そんな勇気を出した異母弟の言葉に心を動かされないほど人間やめてはいないが、恵には彼の背後が見えている。異母弟の友人だろう彼らは唖然として固まっており、歓迎されてはいないことは一目瞭然だ。


「なんだか雰囲気を壊してしまったようでごめんなさい。そういうつもりではなかったんだけど。私は部屋にいますよ。夕食は先ほど遅めにランチを食べてしまったので必要ないと言っておいていただけると嬉しいです。」

「・・・・分かりました。」


 恵は苦笑していうと、異母弟は明らかに残念そうに肩を落とす。


「誘っていただけてうれしかったです。ただ、私はあなたの姉ではありませんので、これからは苗字か名前で呼んでください。」


 恵なりに背後の集団のことも考えてフォローをしたつもりが、目の前の男子を上げて落としたようで彼はさらに沈んでしまう。横にいた瑛斗は終始苦笑い状態であり、どんな思いを抱いているのか全く読めなかったが、最後には、しょうがない、というような感じでため息を吐く。

 恵はそんな彼らを放っておいて1人部屋に戻る。玄関から結構近い部屋を用意されていたおかげで彼女は迷わずに部屋に戻ることができた。とうとう、方向音痴も修正されたかと思ったのだが、お手洗いに行く際、途中であった新塚に場所を訊くと苦笑を浮かべられてしまったので、そんな簡単なものではないことを知る。


「お腹空いたな。」


 見栄というより気遣いを過ぎたせいで恵は夕食を抜きに就寝の時間を迎えるのだが、3食の人間にはつらい所業だったらしく、恵は布団に横になりながら鳴いているお腹をさする。

 夜なので暗い森林は不気味でとても徒歩で歩けるような環境ではないが、恵はそれよりも空腹のほうが耐えられない。しかし、すでにそんな時間にあの個人経営のお店が営業しているとは思えず、どこかに遅くまでしているスーパーがないかと考えた時に、彼女の中で昼に行った木造平屋が思い浮かぶ。

 人の出入りが多い場所なら夜遅い時間まで営業しているとあたりを付け、さっそく貴重品だけ持って部屋を出る。

 太陽はすでにないので日焼け止めなんかは塗らずにそのまま出ると、夏なのに涼しい風が頬を撫でる。


「これが緑のおかげか。」


 改めて自然の大切さを感じつつ、足は下りながら目的地に一直線だ。

 昼に行ったことがあるので、足が覚えていると思い込んでいた恵は自分が方向音痴ということを舌の根も乾かぬうちに忘れてしまったようだ。

 彼女はまっすぐ道を進んですでにシャッターが下りている個人店舗の前を通り、それからどれぐらい時間が経ったかわからないが、足がジンジンと痛むほどに歩く。しかし、まったく目的の平屋が見えてこないのだ。


「どういうこと??」


 暗闇で人どころか車さえも通らない道に恵は首をかしげる。


「これはまさかの迷子??」


 恵は腕を組んで唸る。

 しかし、普通なら絶望的状況であるはずなのだが、彼女はそんなに慌てていなかった。理由は夏であり外で寝ることになったとしても体は痛むが病気になることはないからだ。

 足が痛むのでスピードを落として進んでいく恵の耳に賑わっている声が入る。それに興味を惹かれて聞こえてくる方向に歩いていくと、そこはのれんがかかっていて大人たちが赤い顔をしてビール片手に語らいをしている場所だ。

 恵は大人びて見えることもあり、だいたい街中で声をかけてくる人は彼女を成人だと思い込んでいる。それを証拠にナンパで向かおうとするのはだいたい宿泊施設だ。


「まあ、ここでいいか。」


 財布の中に諭吉がいるので懐が温かいことも幸いし、恵は見た目を偽れるだろうとそのお店に入ることにする。


 山に囲まれ大きな川が流れている田舎町にあるお店だが、都内でよく見かける居酒屋と同じである。ただ、そこにいる人たちの恰好は全く似ていない。


「いらっしゃい。1人かい?」


 ドアを開くと迎えてくれたのはエプロンをした40代ぐらいの女性だ。気さくな感じで恵は安心して頷く。

 すると、カウンターに案内されて水とおしぼりはカウンター向こうの大将から渡される。


「お嬢ちゃん、ここら辺では見ない顔だな。」


 一見気難しそうに見えた大将は厳つい顔をしているが表情は柔らかい。


「はい、旅行で今日から近くに泊まっています。」


 たぶん。。


「そうか、田舎料理しかないが食って行ってくれよ。」


 その優しい言葉に恵は甘えて頷く。

 田舎料理というが、メニューを見れば知っている料理名ばかりだ。ただ、あくまでも酒がメインなので、それに合うおつまみというカテゴリーには分類されるだろう。

 しかし、恵にとっては瑛斗に連れて行かれたサンドイッチとケーキよりも肉じゃがやポテトサラダといった家庭料理のほうが喜んだ。小学校の頃からずっと自炊しかせずに外食などしたことがなかった彼女には外食の味はおいしいがそんなに食欲が湧くものではなかったのだ。


「漬物の盛り合わせと鮭の塩焼きと肉じゃが、飲み物はウーロン茶でお願いします。」

「はいよ。」


 大将は調理に戻り、恵は頼んだ料理が出来上がるまでお水を飲みながら待つ。


 これこそが自由だよね。夜に出てきて得した気分。

 夕食を一緒に食べていたら逆にお腹を壊していたかも。


 温かみのある木目を見つつ、恵はもしもの場合を想像して内心安堵の気持ちでいっぱいだ。恐怖の乗り越えた先には光が待っているもの。彼女はここでやっと光を掴んだ気がしたのだ。


「はい、お待ち。」


 やって来た料理と飲み物。

 キラキラと輝いて見えるそれらにゆっくりと舌鼓をうつ。


「うんうん、おいしい。毎日通ってもいいですね!」

「おお、そんなことを言ってくれるとは嬉しいね。」

「大将、都会のお嬢ちゃんから太鼓判を押されたな。」

「こりゃ、都内進出だな。」

「ふん、俺は都内一の腕前だぞ。これがないだけでな。」

「「「「ちがいねえ。」」」」


 大将との会話に他にカウンター席に座っていたお客たちも入ってきて、彼らは大笑いする。大将が親指と人差し指で輪を作って見せれば、みんなが笑ってしまっている。それを見て恵は感心する。


 これが田舎か。


 恵は今まで自分の身の回りしか知らなかったし、自分の周囲には仲が良い人同士で集って他は気にしない人が大半だったので、こんな風に自然と溶け込むことはなかった。だから、こんなに受け入れられて恵はテンションが上がっている。

 お腹がいっぱいになるまで料理と飲み物を堪能し、そのうえ、見ず知らずの人ばかりだが、盛り上がる会話までできて恵は欲を満たす以上の幸福を得られ、お店を出る。

 リーズナブルな価格設定だったおかげで財布にそれほどダメージがなく、恵はおそらくという宿泊施設の方向に歩き始める。

 満腹状態で眠れそうにないので歩くのはちょうどよかった。


「はあ、楽しかったな。」


 いっぱいいっぱいに自然の空気を味わい、恵は近い星空を眺める。


 この後、恵は方向音痴を精一杯に発揮して宿泊施設に戻ることはできずに結局野宿することになる。

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