34話
期末試験もやっと終わり後は結果を待つばかり。
恵はいつもと変わらない手ごたえにそっと胸をなでおろす。
最近、周囲で起きている怪奇な現象に気を取られて勉強にあまり集中できていなかったことと、梅雨で体調を崩していたことで授業を休んでしまったことで、今回の試験に不安が大きかった。
しかし、瑛斗から借りたノートと常に予習していた恵の努力の甲斐あってなんとか無事に試験を乗り越えたのだ。最後の教科の試験が終わるチャイムが鳴った時の充実感に身が震える。
「西さん、どうでした?」
「いつも通りでした。ノートありがとうございます。」
「いえいえ、お役に立ててよかったです。」
隣の瑛斗に恵が安堵した笑みを向ければ、彼もホッとしたような表情をする。ちなみに、彼が恵と同い年ではなく、それどころかすでに人の寿命の何倍も生きているので勉強の必要がない。ノートは取っているが、それはあくまでも緊急事態《恵の休み》に備えての処置らしい。
そして、高校生でいるのは彼の場合、それぐらいの年齢に見えることと恵の傍にいるためには同級生でいることを最適と判断してのことだ。実際、彼は違和感なくクラスに溶け込んでいる。最初はあれだけ人の注目を集めていたにもかかわらず。
慣れって怖い。
恵は隣の眉目秀麗な顔を盗み見てため息を漏らすのだった。
後日、試験の結果は思ったようにいつも通りの結果であり、彼女は再度大きな息を吐いたのは言うまでもない。瑛斗はこの高校で初めて受けた試験で、すべての科目で首位を独走し、いつも首位であった人が嘆いていた現場に遭遇する。
まあ、何度も高校生しているんだから当たり前かな。
恵はその結果に理由があるから納得するものの、傍から見れば脅威の成績だろう。なにしろ、全科目すべて満点という結果なのだ。学校始まって以来の結果だと朝のホームルームで鳴海教師が感嘆していた。
転校生のレイドリックは2位であり、周囲の注目は今年の中途半端な時期に転校してきた2人に集まる。
ちなみに、恵は14位と学年200人の中でいえば、上位に位置するのだがそんなに褒められるほどの結果ではないが、教師から問題視される結果ではもちろんない。
「ああ、俺赤点。」
一方、赤点を取ってしまい鳴海教師に泣き寝入りをしている生徒もチラホラクラスの中で見受けられることから、試験は決して難易度の低いものではなかったことがわかり、先輩たちは驚愕する。
そんな異様な状況の中、1学期最終日のホームルームで鳴海教師から伝えられたのは今後の日程についてだ。
「夏休みに入れば部活で忙しくなるものもいるだろうが、課題を忘れてはいけないぞ。脅しで言っているわけではなく、お前らには夏休み課題が多い。」
いや、それ分かっているよ。
恵は彼を呆れたように見る。
理由は彼の両端に長方形の机が置かれていて、そこに積まれている8つの柱がそびえ立っているのが見えるからだ。
それらがすべて長期休暇中に課せられる課題なのだろう。全教科から1つずつ課題が出ることは知っていたが、こんなに多いとは恵も思わず絶句する。
この学校は県内一の進学校であることで有名ではあるが、課題が多いことでも有名なのだ。ただ、それだけではなく、その課題に加えて作文を書かせることも多い。特に読書感想文は全員必須らしい。それは表現の豊かさを磨いてほしいという目的のようだが、恵は生徒に遊ばず学べ、という忠告だと思っている。
「それと、夏休みがあければ学校祭の準備がある。お前らの団は先ほど決まった赤だ。種目決めは休み明けになるから全員何となくで良いから種目を考えておくように。じゃあ、解散!」
鳴海教師の言葉にクラスが沸き上がる。
高校に入って初めての夏休みに誰もが浮足立つ。
10キロはあると思われる、腕が外れるのではないかと心配するほどの課題の山を持ってやっと家に着く。
「はあ、はあ、疲れた。」
玄関に入るなり、課題を床に投げ捨てる。
ドンっ
まるで岩でも置いたような大きな音が響き渡る。
恵は立っていられずそのまま床に倒れこむ。
「もう、歩けない。休憩。」
まだ乱れる息を何とか整えようとする恵を横目に瑛斗は息も乱さず涼しい顔をして彼女の横をすり抜け、彼女の頭の横に膝をつく。
「ですから、何度もお持ちすると申しました。それを断ったのは恵さんですよ。」
「そうですね。」
顔をしかめる彼に一瞬だけ視線を向けたがすぐにそらして恵は彼がいる方とは反対側を向く。
「もう少し休んでから動きます。桜井さんは先に中に入ってください。暑いでしょう?」
「いいえ、それほどではありません。では、恵さんの分も部屋にお持ちしますよ。どうせ、自分の分も持って行かないといけませんし。」
「いえ、そういうわけには。」
恵はガバッと上体を起こして彼が持とうとする課題を抱える。
「大丈夫ですよ。ここまで来たらあとは階段だけですから。」
恵は彼を見て安心させるように言ったつもりが、それを言った瞬間の彼の顔にうすら寒さを覚える。笑顔ではあるのにその表情のままに見えない。
「平坦な道でさえ運ぶことに苦労していたというのに、ましてや段差を上がる、と?そんなことをすれば階段から転がることは目に見えているでしょう。ここで強情を張って大けがという大惨事で長期休暇を棒にふるのと、私に任せて体が万全のまま休暇を有意義に過ごすのとどちらがあなたのためでしょうかね。」
彼は口元に手を添えてニッコリと嗤う。
それはまさに、一般的に想像する悪魔の顔だ。
「あなたにお任せする方です。」
恵はその恐怖に負けて無意識のうちに言う。
「よろしい。では、私はこれらを部屋にお持ちします。少しランチの時間を過ぎますが、簡単なサンドイッチにしましょう。それと冷製スープもつけます。」
「はい、ありがとうございます。」
瑛斗は両手に課題の山を抱えて恵の分も一気に持ち上げて2階に向かう。よどみなく階段を上げる足音が聞こえて恵はため息を吐く。
馬鹿力め
恵は仰向きに転がり顔を手で隠す。
「はあ、今日は疲れた。」
まだまだサンサンと照らす太陽の光があり、寝る時間までには程遠いが、恵にとっては背中に感じる冷たさとドアからの熱気がちょうどよい体感温度になったことで眠りに誘われる。
疲労困憊の体も災いしたのだろう。
そんな玄関で寝てしまった恵を2階から下りてきた瑛斗は見つけると安堵したような嬉しそうな笑みを向けて彼女を両手に抱える。
「おやすみなさい。良い夢を。」
瑛斗は彼女の頭に優しく唇を当てる。




