25話
恵は呆然として目の前の女神然とした青年、秋元教師と至近距離で見つめ合う。ここは保健室のベッドで保健医は他の教師に呼ばれたために不在であり、他にこの部屋にいるものは誰もいない。そんな2人きりの空間に教師が生徒を押し倒している状況など彼女には予想すらできるはずもない。
いや、予想している方がおかしい。教師と生徒の恋愛など本来なら世間一般では禁止事項のはずだ。学校は風紀を乱してはいけない場所なのだから。
「僕とこれほど至近距離で見つめ合っているのに、まったく恥じらいとか期待とかがないのは珍しいな。」
クスッと彼はおかしそうに嗤うが、その笑みの裏にはなぜか悔しそうな感情も見え隠れしている。
「人はきれいな容姿が好きだと思ったんだけど、君には関係なかったのか。」
「容姿は重要でしょう。私の場合は衝撃を受けすぎてそんなものは目に入らなかっただけです。」
嫌味で恵は言ったのだが、彼は不思議そうにコテンと首をかしげる。
「”衝撃”?そんなものを誰が与えたの?」
心底わからない顔をする彼に恵のほうがさらに驚きだ。自分がしていることを理解していないらしい秋元教師の常識を疑ってしまい、彼女は
おいおい、本気なの??
と思ってしまう。
「さあ、誰が与えたんでしょうか。とりあえず、離れていただいてもよろしいでしょうか?」
「嫌だけど。」
提案風に恵が言えば、秋元教師は一切の迷いなくばっさりと切り捨てる。その返答にもはや恵は開いた口がふさがらない。ただでさえ、梅雨で体調が悪く体に力が入らないのに、こんな常識が通じない人の相手をしたことでさらに悪化するのは当然だろう。めまいまで起こしてしまい、寝ているのに風景が揺れている。
すでに話すことも限界に近く恵が諦めた瞬間、
ガララララ
保健室のドアが開く。まさに、それは天の助けだ。
しかし、恵が気を失う瞬間、彼女が最後に見たのは光に照らされてキラキラと輝く金色の髪で抱いた希望は一気に黒くなる。それでも、目は開けていられずそのまま意識を手放してしまう。
恵が眠った直後、レイドリックに連れられた瑛斗は秋元教師が恵をベッドに押し倒している光景を見て勢いよく秋元教師に向かって小さな青い炎の玉を打ち込む。一瞬のことでそれに反応したが間に合わなかった秋元教師はもろにそれを受けて額が焼ける。しかし、その傷は一瞬で修復され、彼は「痛い痛い。」とその場所をさすりながら軽く非難の声だけを挙げる。
「額を狙うなんて酷いな。普通の人間だったら即座に天に召されているよ。」
「そうか、あなたが普通の人間じゃなくて残念だ。」
「なんという人でなしだ。」
「あなたがそれを言うな。」
床の上に尻をついている秋元教師を蹴ってさらに遠ざけた瑛斗はすぐに恵のほうに向かい、彼女をベッドに寝かせて布団も丁寧にかける。
それを見ていた2人は面白そうに笑みを浮かべる。
「君がそんな風に誰かに丁寧に接する姿は初めて見るよ。まあ、その気持ちはわからなくもないけど。」
「確かに。僕もそう思う。この子は見た瞬間、所有欲が出てきてしまったから。」
「君が言うと犯罪だね。」
レイドリックは瑛斗のほうに向けていた視線を立ち上がりお尻をポンポンと叩いて汚れを落としている秋元教師のほうへ向ける。
「犯罪?そんなの関係ないよ。僕は人の法では裁けないんだから。」
「確かに君には関係ないかもね。でも、君が人に国語を教えるなんて驚いたな。」
「昔の話は大好きだからね。免許?ももらえたし。これは有効活用しないとね。」
「あなた方は黙っていてくれませんか?病人がいます。」
恵の寝顔を見ていた瑛斗は2人の会話をたった一言で制する。
「ゴメン。でも、初めて会ったからテンションが上がっちゃったんだ。」
「僕も初めて会うな。僕が知る限りその子が持っている力は見たことがないよ。興味深いな。瑛斗は見たことあるの?」
秋元教師の質問を瑛斗は答える必要がないとばかりに顔を背ける。だが、それを見た2人はニヤッと笑う。
「へえ、あるんだ。自分にかけられたの?」
「秋元先生、彼が言うわけないだろう。僕らに自慢げに言わないんだから、きっと彼にとって良くないことだよ。」
「そっか、傷を抉るのは良くないね。ゴメンね、桜井君?」
急に秋元教師が瑛斗の呼び方を変える。
それからすぐに保健室のドアが開いて保健医が戻って来る。
彼女は驚いて3人を見て目を見開く。少し顔を赤くしている。
「秋元先生はどうしてこちらに?それに君たちも。どこかけがを?」
「いいえ、2人が西寺さんの容体を心配しておりまして、こちらに連れてきたんです。」
「そうなんですね。西寺さんは問題ないですよ。気候の急な変化に体がついていけていないだけだと思います。熱もなかったですし。ただ、このまま戻らないなら早退してもらおうと考えていたところです。」
「そうですか。」
「先生、それなら私も早退して彼女と一緒に帰宅します。」
保健医の言葉にすぐに瑛斗は提案する。それに彼女はさらに驚く。
「一緒に?」
「はい、私は彼女と一緒に住んでいますから。家庭の事情で。」
「あ・・・そうなんですね。では、お願いできる?桜井君。」
「はい。」
瑛斗の名前は有名なので今日初めて会った彼女も知っている。
驚いたものの、“家庭の事情”と言われれば、一保健医の彼女は何も言うことはできない。生徒がそんなことで嘘を言うはずがないので頷いてしまう。
すぐに2人の早退手続きが成されて恵を横抱きにして瑛斗は帰路につく。
そんな2人の様子を窓から眺めていたレイドリックと秋元教師はますます興味深そうに笑みを深めるのだ。




