23話
恵が目を覚ますと見覚えのある天井が見える。
「自分の部屋?あれ?なんで寝ているんだっけ?」
混乱している頭をリセットするために回想しようと思い頭を手でコンコンと叩くのだが、耳に聞こえる雑音のせいでそれに集中できない。
恵は自分の家で自分以外は瑛斗しかおらず、彼はこれほどの騒音を出す人ではないし、この家に他人を招いたことは一度もない。それなのに、聞こえてくるのは聞いたことがない声が混じっている。
いや、正確に言えば、聞いたことがあるような、ないような、曖昧な音だ。
回想を諦めてゆっくりとベッドから下りると、恵は自分の恰好に違和感を抱く。
制服着ていなかったっけ?あれ?なんで制服なんだっけ。確か、普通に学校に通ったような。それで、学校に行って授業を受けて、そうしたら、桜井さんに電話が鳴って、それから、彼が急に私の手を引いて・・・・・。
「ああ。」
やっと記憶が戻り手を打つ恵はスッキリとした顔をする。
それから、ゆっくりと寝巻から部屋着に着替える。デジタル時計には日付まで表示され、目覚めて驚いたのは平日ではなく休日になっていることだ。思い出す限り、最後の記憶があるのは水曜日だったので2日は寝ていたということだろう。
恵は少しだるさの残る体を動かしてリビングに行くと、そこには瑛斗が床に座っており、彼に向かって仁王立ちしている男女と少年、その後ろにはいつの間に運んだのか良い材質の椅子に腰かける老夫婦がいる。
誰もかれもが見覚えのある顔ぶれだと思えば、あの日家族と名乗った一同が勢ぞろいしている。立花弁護士は老人の後ろに控えており、彼が最も早く恵の存在に気づいただろう。
「おはようございます。恵様。このように大勢で押しかけてしまい申し訳ございません。」
「まあ、住人に許可もなく入ったことは不快ですが、ここはあなた方名義なのでしょうから別にいいですよ。あの派手好きの母親と名乗った女性がこんな一般的な外装で満足するはずがないですし、それを考えれば購入した、もしくは賃貸しているのはあなた方でしょう。私が何か口を挟むことではありません。どうぞ、続けてください。」
恵はそう言って彼らを横目に冷蔵庫を覗き、空腹を満たすために朝食をテキパキと準備する。ここ1か月ほどは瑛斗がすべて準備してくれていたが、それまでの数年は自分で用意していた恵にとってはこれぐらいのことは簡単だ。
彼ほどの腕ではないが、恵は料理を得意とする方だった。
簡単にパンケーキを焼いてヨーグルトも器に盛って、それらを持って自室に向かう。
恵は彼らのことは無視する。
「恵さん!待ってください。」
慌てたように駆け寄ってきたのは瑛斗だ。彼は床に座っていたとは思えないほど俊敏にやって来る。
「なんですか?」
恵は久しぶりにあたる日差しに目を細めながら彼を見ると、彼はしっぽが下がった犬に見えるほど目に見えて落ち込んでいる。
「私はこれからもここにいていいですよね?」
「いえ、できれば、彼らが来たので一緒に帰っていただければ嬉しいです。」
恵の言葉に絶望したように膝から崩れ落ちる瑛斗。
ええ!?いつも言っていることなのに??
そんなにショック受けるの?
それに驚愕していると彼の背後に見える大人たち、1人子供もいるが、は気の毒な視線を向ける。
「まあ、契約上は期間は最大私が高校卒業するまでなのですから、居たいと思えばいればいいのではないですか?私は自分の生活に支障がなければ、どちらでもいいですよ。ただし、今後私を巻き込まないでください。」
「・・・・はい。」
奇妙に間があいた彼の返事に恵は首をかしげる。
彼の背中には背後からの人の視線が集中し、それはどれも同情が見て取れた恵はますます首をかしげてしまう。
「ところで、そこの方々はいつお帰りのなるのでしょうか?」
恵が瑛斗の後ろにいる集団に問いかけると、誰もが視線を外す。
先ほどから恵が自分に視線があると思ってみると外すの繰り返しで目が合わないことが多く、唯一そんな挙動不審な動きをしないのは少年と立花弁護士のみだ。誰も答えないようなので諦めて恵は自室に行こうとすれば、すぐ近くにいた立花弁護士が話しかけてくる。
「本日は昼食をご一緒できないかとお誘いに来たのですが、ご都合はいかがですか?テストも無事終わったと瑛斗から聞いたので誘っても迷惑ではないかと思いお誘いに伺いました。」
前でまだ床に座っている男性を名前で呼ぶ立花弁護士に驚きつつも恵は首を横に振る。
「すみません。体調が良くないので外食は遠慮しておきます。」
「そうですか。確かにあんなことがあったのにお誘いしたらご迷惑ですね。こちらの不備で失礼いたしました。」
「まあ、私は体調が良くてもスケジュールがあいてても気まずいことがわかっている食事会なんてお断りしますけど。」
「厳しいですね。」
「こんなところで気を遣う意味が分かりません。今更、そんなことをされても迷惑だと私は最初に申し上げました。」
「それはそうですが。」
「わかったら、気が済んだらお帰りください。では。」
恵はすでに冷めているパンケーキを持って自室に戻る。
フォークで指すと弾力があるパンケーキを口に入れると久々の甘味に体が震える。
「おいしい!!」
バランスを考えられている瑛斗の食事も良いが、恵は今まで食べたい物を食べてきたので、こんな風に自分本位の食事が合っている。
パソコンを立ち上げた恵は将来のことに向かって進む。
「そういえば、石川先生ってどうなったのか訊かなかった。まあ、いいか。」
ふと記憶が途切れた日にあったことを思い出した彼女だったが、石川教師に言霊を使ったことは覚えていないし、警察に連れていかれたことなどは記憶に残っているはずもない。
しかし、石川教師について恵が知るのは意外と早い段階だった。
なぜなら、彼女の両親と名乗る2人の壮年の男女が恵の学校に来たからだ。謝罪とお詫びに。傀儡術者の一門らしいと聞いていたから修行僧のような人が来ると勝手に想像していた恵だったが、まったく異なり普通のサラリーマンに見える。ただ、着ているスーツは高級そうに見えるのでサラリーマンというには役職がついているかもしれないが。
彼女は警察の精神病院に入っているようで、現在治療中。彼女が今後治療が終わったとしても裁判が待っており、有罪判決は間違いないだろう、と両親は他人事のように述べる。
なぜ、校長と鳴海教師以外に1生徒である恵や瑛斗が呼ばれたのかは不明だが、とりあえず、石川教師の現状は伝えられる。
「西寺さんだったかな?」
今まで校長や鳴海教師のほうに向いていた男女の視線がふと恵に向けられる。
「はい、そうです。」
「君のおかげであの子は夢から覚めたようだ。礼を言っておこう。」
「そうですか。」
ここで何のことだかわからないが、それを問うほど恵は空気が読めなくはない。しかし、その返事が誤りだったのか、男性のほうは目を細めて和やかなものから厳しい視線に変わる。
「だが、同時に君は残酷だ。」
「はい?」
ますます忠告のように言われた言葉に恵は首をひねる。
何を返せばよいかわからず、そのまま話は終わり彼ら2人は学校から去る。
もう会うことはないだろうが、彼らの背中にとても哀愁は感じられない。家族が有罪判決を受けることが確定しているのに、何の感情も見受けられない彼らを見て、記憶に残る石川教師の言葉に真実味が増す。
『私には才能があったわ。まあ、こんな才能はすでに保守的ですたれ始めているから、周囲は目をつぶったわ。』
その言葉が頭に響くが、恵は彼女が精神病院に入ったことは良かったことだと思える。瑛斗は終始笑みを浮かべているが、彼らを厄介者とみているようでずっと静寂を保っている。
隣の男子にため息を吐いたところで、恵は暑さの中に湿気が混じり始めていることを感じる。梅雨はもうすぐそこに迫っているのだ。
「そういえば、石川先生が言っていた『あの人』が誰なのかわからなかったな。」
恵はふと思い出したように呟くが、それは誰にも聞こえない。




