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捨てられ我が道を行く姫とたった1人の番犬  作者: ハル
人形を愛する傀儡術師
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19話

 テストが無事に終わり、下校時刻の10分前に瑛斗と落ち合った恵はそのまま普段使用する教室や更衣室の案内をする。外からの光も中の光もほとんどなくなってはいるが十分歩けるほどに廊下は照らされている。

 一応、試験監督をしてくれた副担任の石井教師には伝えておいたので、15分ほど延長で教師の見回りは待ってもらえるようになり、その間に恵は彼に必要な場所だけを案内する。それ以外はほとんど使用しないうえに、移動する際はだいたい集団なので離れなければ着ける場所であり案内の必要はなく、案内が必要な場合は随時で十分と判断したのだ。

 

「ここが最後で相談室です。ここで進路の話とかをするから一応覚えておいてください。時期が来ると、休み時間に1人ずつ呼ばれて教師と1対1で話すことになります。」

「そうですか。わかりました。」

「ほかに質問はないですか?でしたら、さっさと帰りましょう。暗いですし。」

「そうですね。その方がよさそうです。」


 最後の案内を終えて早期退散を提案する恵に瑛斗は素直に頷く。ただ、彼の言葉には恵が思っていない意味が含まれているように感じるのだが、彼女にはそれが何かわからない。


「ところで、桜井さん。これは個人的なお願いというより今後守ってほしいことなのですが。」

「はい。」

「学校では名前ではなく苗字でお願いします。」

「は・・・え?」


 あれだけ悲鳴の嵐だったのに、彼は心底恵の提案に驚いている。

 それに呆れつつも目立つことに慣れている男性の弊害か、と彼女は無理に納得する。


「え?ではないです。私は目立ちたくないので、苗字で呼んでください。」

「な、なぜですか?もしや、名前で呼ばれるのは不快ということでしょうか?」

「ええ。」


 恵がおおいに頷くと、瑛斗が急に膝から崩れ落ちる。そんな大げさな反応をされると周囲に人がいれば目立つことは必至であるが、幸運にも、今は夜で暗く下校時間を過ぎているため学校の校門を抜けたばかりのこの場所には人はいない。


「前から気になっていたのですけど、桜井さんはどうしてそんなに私の苗字を呼びたくないのですか?何と呼んでもいいではないですか?」

「それは・・・言いたくありません。」


 恵の疑問に口をつぐんで答えない意思表示をする瑛斗。

 彼女は、ふうん、と言って興味を失う。苗字よりも今は呼び方が問題なのだ。


「学校では絶対に名前呼びは禁止ですから。」

「ええ!?だから、なんでですか?」


 本当にわかっていないようで抗議する瑛斗を恵は彼の額を指ではじく。


「理由は簡単です。あなたのように目立つ人、それも転校初日にこの席を変わってまで横に座った相手を名前呼びするってことは、他人からはその、こ、こ・・・・とりあえず、そういう関係だと思われるんですよ!!今日の教室の雰囲気で察してください。」


 ”恋人”がどうしても言えずにすっ飛ばし、羞恥を抱えたまま叫んだ恵を見ている瑛斗は豆鉄砲に打たれた鳩のような顔をする。

 そして、何の結論に至ったのか手を打ち納得するように頷くのだ。


「なるほど。ですが、何も問題ないでしょう。私がその役目を受けましょう。一番、役割を果たせる立場になりますし。」

「絶対嫌!!」


 何を勝手にその気になっているんだ!!あんたみたいな自分のことを開口一番に卑下した名称で名乗るような変人お断りよ!!


 恵は思いっきり拒絶して、


「もう知らない!!」


 と言い、膝をつく彼をおいてさっさと家に向かって歩く。

 その後ろから置いてきたはずの瑛斗はピタッと気配を消してついてくる。彼は横に並ぶ時もあれば、こうして後ろにつくこともあることを、彼と生活を共にして知った。


「恵さん。」

「もう名前呼びは。」

「私はあなたを大切に想っていますから。」

「・・・・はあ?たった数日過ごしただけの異性に何を言っているの?幻想でしょ。それか、前来た警察との会話を意識しているだけでしょう。そんなもので言われても心は動かないから。」

「ここは、赤くなるところでは?」


 恵の反応が意外だったのか、瑛斗は首をかしげる。


「たった4文字の言葉は言えないのに、私の想いはそんなあっけらかんとした顔で受け止めるんですね。」

「私もあの会話を聞いていなかったら、桜井さんの容姿に騙されていましたよ。」


 どこか悲しげな声で言う瑛斗を恵は肩をすくめて軽く流す。


「あなたはどこかちぐはぐです。」

「それを言うなら、桜井さんの方だと思いますけど。」


 平行線になる会話はそこで終わる。

 恵は彼に言われている意味は分かる。その根本にあるのは幼少の頃の記憶から周囲へ何かを期待することを捨てているからだ。期待を捨てるから人からの想いなど簡単に受け入れることはできないし、論理的にこじつけようとする。しかし、一般的に言われているワードに関してはそれよりも羞恥心が増してしまって言えない。まるで、幼さと大人びた部分を持っている恵は周囲からはいびつに映るだろう。

 ただ、彼女は瑛斗も同類だと思う。ちぐはぐ部分は違っても彼が常に笑みを浮かべているのは彼の奥に潜む何かを覆い隠しているからだろう。そして、恵は一度も彼の笑顔以外を見たことがない。あるとすれば、1度だけここへ最初に来た際、庭に立っていた時だ。あの時、彼は感情が抜け落ちたような無表情だった。それ以外では記憶にない。それなのに、好意を示そうとする彼はから回っているようにしか見えない。何かを掛け違えているような感じだ。

 ただ、彼はこれ以上恵のほうに踏み入れようとはしないようなので、そんなことを追求することはない。

 長くても瑛斗との契約は2年と10か月ほどなのだ。

 相手を知らなくても時間は待たずにあっという間に過ぎていくことを恵は誰よりも知っている。

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