16話
帰宅したのは日が沈みかけている頃で、家の前にはパトカーが停まっている。白骨が出れば当然かと思い、家の柵を超えたところでちょうど玄関のドアが開き、そこから2人の男性が出てくる。
1人は見覚えのない黒髪黒目の短髪でちょっと乱れたスーツを着用するスポーツ体型の男性、もう1人はもう一生会いたくない人だ。
「そんな人探しは別部署なんだからそっちに頼めよ。」
「いつも協力してあげているでしょう?こういう時こそ融通してくれても罰は当たらないですよ。」
「はあ?お前、こっちは・・・。」
2人は言い合いをしているようで、見覚えのない方はパトカーの持ち主のようだ。
そこまでで会話が途切れたのは2人の男性が恵に気づいたからだ。すぐに恵は数歩後ろに下がり、男性陣も急な彼女の登場に固まっている。
「これは驚いた。本当に色が変化するんだ。これは初めて見るな。俺も長年こういうことに関わっているが、李家の当主も若様もこんなにきれいじゃないな。やっぱり、七色瞳は別格ってことか?」
「それ以上、口を開かないでください。掛川。それと。」
目の前すぐ近くまで寄っていた掛川の顔が言葉を切った瑛斗の間に入って壁になったことで見えなくなる。
彼らの会話の内容を1ミリも理解できない恵だったが、恵の瞳についてなのは掛川の行動から察せられる。視力に影響のない小学校の中学年ぐらいから変化した周囲からさらに避けられるようになった根源である。
こんなもののせいで、命のやり取りの場面に遭遇するならば、こんなものはいつでも捨てられるのに。目がなければ今後の人生が真っ暗になってしまうのはわかるのでそんなことは天秤にかけても実行できないだろう。恵は自分が弱虫だと知っているのだ。
「この方にそれほど近づくことは止めてもらいましょう。あなたのように粗野になっては困りますし。何より、あなたのように好奇心でこの方に近寄られることを我々は決して受け入れはしません。」
「そうかい。まあ、大事な姫様だもんな。でも、16年も放置されていたけどな。」
「掛川!」
「はいはい。じゃあ、俺は帰る。今回の件については最近多発していることと関係ありそうだからこっちでも調べる。そっちも何か掴んだら教えてくれ。」
「わかりました。回収ご苦労様です。」
まだまだ続く男性2人の会話はやっと終結する。被害者は同級生だけではなく、他にもいることが彼らから聞こえてくる話で理解できるが、それが何だというんだ、と恵は首を傾げつつ見る。
掛川のほかに3名ほど男性が家の中に入っていたようで、彼らは掛川が出るとそれに続くように出てパトカーで去っていく。
それが見えなくなると、瑛斗はゆっくりとこちらに振り返る。女子の中で平均より高い方である恵だが、高身長の彼と向かい合うとやはり見上げなければならない。
あれだけ怒鳴った恵を彼は気遣うような視線を寄こしつつ笑みを浮かべる。
「無事に帰宅していただいて安心しました。恵さん。」
「帰りますよ。あなた方と関わるまでは私にはこんな非現実的なことが起こらなかったんですから。」
「そうですね。」
そこで会話が切れて、気まずい思いをするのは恵の方だ。瑛斗は彼女からの言葉を待っているのだろう。
”番犬””僕”
そんな風に自分をたとえる彼らしく、主である恵からの命令を。
しかし、ここで、恵は発する言葉を迷っているのだ。
今までこんなに戸惑うことがなかったのに。我慢するべき場面とはっきり言うべき場面をわきまえていたから。なんでも事なかれ主義で生きてこられた。
こんな特例な場面に彼女は遭ったことがない。
瑛斗に対してここを飛び出すまで、『早く出ていけ!』『二度と顔も見たくない』と思っていたはずなのに、今頭も少しは冷えて帰って来て玄関があいた時に彼を見たらホッとする自分がいるのだ。『良かった。』『まだいた。』
恵は対極する気持ちのせめぎ合いによる混沌の中に沈んでいく感じがして、何も言葉が口から出てこない。
一種の錯乱状態にいる恵の頬に温かさが感じられる。それは瑛斗の手の温もりだ。
「大丈夫です。あなたの望みのまま言葉にしてください。私たちはあなたのそれを聴くために、その自由を守るためにいるのですから。」
彼の温かい声が、先ほど白い狼たちに向けて発した冷たさとは反対のもの、恵の心の中に染み渡っていく。
「わかりません。あなたにつながりを求めているのか、ここで終わりにしたいのか、自分がわかりません。」
恵は頭を抱えてしゃがみ込んでしまう。その時、ガサリと買い物して帰宅したために持っていた袋も地面について音を立てる。
「そうですか。では、もう少しだけ一緒に居てみませんか?ゆっくり決めても遅くはないでしょう。今回のことは私の配慮が足らなかった。そのせいで、あなたに辛いものを見せてしまったと反省しました。彼らについてあなたに説明しないといけないことがあります。聞いていただけませんか?」
初めてだった。恵にとってこんな選択肢が与えられるのは。彼女の周囲はいつも限りあるものから選ぶことしかさせない、つまり、主導権はいつも恵ではなく周囲にあった。それが普通であり彼女にとってはそれが楽な道だったのだが、今目の前にいる男性は恵に主導権を与えている。
さすが自分を番犬や僕にたとえるだけあるだろう。彼の言動は確かにいつも恵が中心だった。
「わかりました。」
恵の答えはそれしかなかった。自分がだれか知る必要があるのだ。
彼がこれ以上人の命を奪わない方法を見つけて、彼を知る時間をもらうために。




