110話
三者面談は当事者のはずの恵はのけ者状態になり始まり、恵は内心安堵する。このまま恵抜きで時間が進んで時間が取れずに終了、、という一番彼女が望んだ未来が目に見えるようだ。
そんなことに早い喜びに浸っていると、それをつくようにして鳴海教師の目が恵に向けられ、それが泡沫の夢だと認識させられる。そのうえ、柊の気持ちから察すると、彼女は相手側に近い形であり、恵には圧倒的不利な状況なのだ。
「柊さんとの話はこれぐらいにして、今回は西寺だ。」
「恵様、突然再会したので個人的な話をしてしまい申し訳ございません。」
いや、そのまま進めて。
謝罪する柊に恵は心の中で突っ込む。
「とりあえず、教室に入るぞ。ここでは話もできない。桜井も保護者も帰宅していただいて構いません。騒々しくしてすみません。桜井、お前はわかっているな?ちゃんと、書けよ。」
「はい、先生。」
鳴海教師が瑛斗たちに一礼しながらも最後には瑛斗に注意してから恵を教室に入るように促す。彼女はおとなしく入ると早速向かい合って座り、面談が開始される。
「さて、西寺、お前のことなんだが、これがお前の成績だ。まずな。」
と言って、鳴海教師が机の上に色んな試験の結果を並べる。全国模試と学内の試験の結果だ。人に見せるのは初めてじゃないだろうか。
「まず、思うのは、なんで学内と全国で同じ順位なんだ?」
彼が言いながら総合順位のところを指さす。
確かに、学内と全国での順位は同じだ。だが、それだけでなんで彼から不信な顔を向けられることになるのか、彼女には理解できない。
「理由を聞かれても、学内と全国で私が同じような学力って言うことじゃないんですか?上が全員学校の人だったらそうなるでしょう?桜井さんだって、同じ順位だって言っていましたし。」
恵が言うと、鳴海教師は力が抜けたようにうなだれる。
「そんな結果になっていたら、俺だってこんなことは言わないし、そんな成績を取れたら、この学校はもっと有名になっている。あと、あいつはどっちも1位だから上がりようがないし、別格だと思ってくれていい。」
「それは差別っていうのでは?」
「それは、まあ、認めるが、まあ、他人のことは置いておけ。」
「わかりました。」
恵が頷くと彼はふうっと息を吐く。
「いいか?こんな順位を取ってきたのはお前が初めてだ。それと、学内で全国模試の順位はお前が2位なんだ。」
「へえ、それはすごいですね。」
「何を能天気なことを言っているんだ?」
「何がですか?」
鳴海教師が恵を睨みつける。恵は次出てくる言葉に対して身構える。
「お前が、こんな成績を取っているから、俺がお前を進学させなかったら他の教師からにらまれるだろうが。」
「つまり、私の進路について説得してこいって言われたんですね。」
恵は納得して手を叩く。
「でも、前にも言ったように私に進学の意思はありませんから無理ですね。次回はそこそこの成績にしますから安心してください。私、頑張りすぎたんです。今回は。ほら、試験でいい結果を出した方が何かと面倒がないのに、いろいろとあって勉強時間が少なかったじゃないですか。」
「つまり、必死に勉強したらこれぐらいの成績は取れると?」
「たまたまですね。」
恵はチラチラと視線を動かす。言い訳が思いつかず迷っている。この成績は偶然なのでそれ以外に言い訳が見つからないのも本当だ。まだ、2年の夏前で勉強に力を入れていない人たちの中で良い番数だったとしても、今後どうなるかは彼女にもわからない。
「わかった。だが、とりあえず、進学か就職のどちらかを希望してくれないか?自営業だったとしてもだ。これは助言だが、お前は進学クラス所属だから進学にした方が後で角は立たない。」
「恵様、私は会話に入ってもいいですか?」
それまで沈黙していた柊が入ってくる。
恵は嫌な予感をしながらも頷く。
「恵様、私は進学をお勧めします。当主たちもそれを望んでいるはずです。」
――――――うわ、やっぱり。
恵の嫌な予感は的中する。
恋には主従関係も勝てないようだ。
だが、断固それらを踏まえても彼らからの提案は拒否する。
「じゃあ、就職でお願いします。寮がある就職先なら高校卒業後にわざわざ部屋を探す手間が省けますし。」
「そんな狙いなのか?そこは実家を頼ればいいだろう?」
「実家というのはどうかと思いますが、あの人たちから援助は20歳までですよ。それなのに、大学なんて言ったらあと2年もあるじゃないですか。短大でも医療関係は3年って聞きましたし。」
「お前、医療系に行きたいのか?」
「まあ、安定なのはその辺なので。」
恵の即答に鳴海教師はため息を吐く。
「もうちょっと夢を見ないのか?」
「そんなものでお腹が膨れるならいくらでも見ますけどね。」
「全く、本当に手ごわい天邪鬼だ。」
「そんな風に言われたのは初めてです。でも、鳴海先生は裕福な家庭で育ったからわかりませんが、毎日いつ空腹で命を落とすかわからない状態になればそんな未来を思い描くよりもすぐに手が届く食べ物に飛びつくんですよ。」
・・・・・・・・・・・
恵の体験談で彼らは静まり、2人の大人から憐れむような視線を受ける。彼らは少なからず、恵の過去を知っている。彼女が小さいころ何か月も同居人女性が家を空けることがあり、その際に置かれていたのはお金だけ。まだ、3歳かそこらの子供がお金の使い方なんて知らないのだから、使えるわけがなかった。その時、彼女がとったのは冷蔵庫の水でお腹を膨らませることだけだった。水は飲み続けていたから脱水にも熱中症にもならずに済んだ。もうダメかと思った時に渡されたパンに恵は涙を流していたことをよく覚えている。
目の前の2人には決して想像できない体験をしていた。だから、未来なんて彼女には思い描けなかった。今しかないのだ。彼女の焦点は。
「わかった。とりあえず、就職な。3か月後にまた模試で面談は年末だから、それまでに意思が変わればいつでも言え。変わらずなら、クラスは変わることになる。」
「はい、それで構いません。ありがとうございます、鳴海先生。」
「その笑顔は反則だろう。」
彼は苦笑する。その言葉の意味が恵にはわからない。いつもの顔だし、目も見えず、口もとだけだ。そのはずなのに、彼がどうしてそんな風に言うのか、恵には全くわからない。
「さて、面談はこれで終わりだ。」
「ありがとうございました。柊さん、せっかく、知り合いと会えたんですからもうしばらくお話していたらどうでしょうか?私は帰宅する前に寄りたいところがあるので迎えは結構ですよ。」
恵は席を立ちあがって横にいる柊に言う。彼女は一瞬戸惑いを見せるものの、嬉しさも出している。しかし、使命感が強い故にどうとも答えが出ない。
「ですが、私は。」
ガララララ
その時、扉が開いたかと思うと、瑛斗が立っている。彼は鳴海教師から飛んでくる言葉は無視して恵のところまで歩いてくる。
「終わりましたか?」
「はい。桜井さんはどうしたんですか?」
「お迎えに来ました。柊と交代します。」
「そうですか。でも、私は寄りたいところがあるんですけど。」
「お供します。」
2人でどんどん進む会話に大人2人は呆然としている。
「お前ら、先生を無視して勝手に話を進めるな!」
鳴海教師が我慢ならんというように大きな声を上げる。
「では、先生、私はこれで失礼します。柊さん、今日の役目は終了していますから、今からプライベートなので自由にしてください。桜井さん、行きましょう。」
「はい、恵さん。」
瑛斗とともに恵は出ていく。
そのあと、どうなったのかは知らないが、恵はやっとあの少女漫画的空間から抜け出せたことに安堵する。
「ありがとうございます、桜井さん。」
「いいえ、助けてほしそうだったので間に合ってよかったです。」
恵はこの時本当に感謝する。




