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捨てられ我が道を行く姫とたった1人の番犬  作者: ハル
修学旅行にはアクシデントがつきもの?
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103話

 その女性を見たときから恵は興味をそそられることしかなく、ますます彼女に釘付けになる。周囲はそれを感じているのだが、誰も止めることはない。


「月姫様、お聞きしてもいいですか?」

『あら、何?』


 恵の言葉に笑顔のままにご機嫌な月姫様はコテンと首を横にする。


「あなたのそのお腹には新しい命が宿っていると思うのですが。」

『ええ、そうよ。私の、いえ、私とあの人の子供。どれだけ望んでいたかわからないわ。』


 そう語る一瞬だけ、彼女の目は言葉とは裏腹になる。優しい母親としては当たり前な言葉なのに、目には哀愁というか憎しみのような暗い感情が漂っている。それが恵には理解できない。


「その人は月姫様が本当に好きな人なんでしょうか?」


 今までテンポよく答えていた彼女の方が初めて止まる。それと同時に恵の周囲が一瞬で緊張感を増している。笑顔のまま固まっていた彼女だったのだが、オホホと上品に笑って口を開く。


『あなたのような子供には絶対にわからないわ。好きなんていう薄い言葉では片づけられないの。私のあの人への気持ちは。』


 と、今度は表情と声音が合っているように彼女は言う。


「好きって薄い感情なんですか?」


 恵は意味が分からず恋愛経験豊富そうでこの中で一番年上の秋元教師に尋ねる。急な質問に彼は、え?という顔をする。だが、さすがに長く生きているだけで彼は切り替えが早い。


「いや、まあ、好きっていうのはそうだね。重みはあまりないかも。ほら、一目惚れで好きっていう言葉があるように、とっかかりみたいなものだから。」

「なるほど。じゃあ、その気持ちが長く続いたら愛になるんですか?」

「あ、うん。多分?」

「恵さん、そんな人から話を聞いても無駄です。」


 恵からの突っ込みでタジタジになる秋元教師を見るのは楽しかったが、それは急に会話に入ってきた瑛斗によって中止になる。


「恵さんの年齢ぐらいになると興味がわくのはわかりますが、この人はその場限りの相手が多いのでそんな言葉の重みなんて考えたこともありませんから。」

「うわ、ひどいな。実の兄に向かってそんなことを言うのはひどいんじゃないか。」

「お前を兄とは思っていない。」

「なんて薄情な弟なんだ。」

『あなたたち、私を無視なんて良い度胸ね。』


 兄弟げんか勃発だったが、月姫の一言で一瞬で止まる。


「申し訳ございません、月姫様。この2人は兄弟仲がいいんですが、仲がいいほど喧嘩するを体現しているので、喧嘩が長くなるんです。どうかお許しください。発端は私の知識不足です。」


 恵は頭を下げる。月姫は意外に寛容なようで「よろしい」と言って何の罰も下さずに許す。


『お前は若いがこれからだ。経験を積めばその言葉も理解できる。』

「このような若輩者にそのような言葉をくださりありがとうございます。月姫様は優しいですね。」

『私が、、優しい?』


 恵が放った単語に月姫は引っ掛かりを覚えたようで、オウム返しのようにつぶやいた後、また固まる。だけど、それは先ほどのように怒りではなく、ただ過去のことを思い出しているように恵には見える。


「何か失礼な言葉を言いましたか?申し訳ございません。」


 恵はそんな考え込んでいる月姫に対して謝罪すると、彼女は顔を上げて慌てる。


『いいえ、良いのよ。そんな言葉を昔誰かにかけられた気がするの。でも、思い出せないわ。』

「月姫様の先ほどから言っている”あの人”なのではないですか?」

『どうかしら。あの人は私のことを容姿や私が持つ力をほめたたえることはあっても、あなたのように性格を褒めたことはないわ。』

「そうなんですね。月姫様はその力でどんなことをしたんですか?」

『あら、聞きたい?』

「はい、とても。」


 恵はワクワクして首を何度も上下させる。月姫は子供のように好奇心いっぱいの目の前の少女を微笑ましく見つめる。


『いいわ。では、そんなに距離のある場所では話しづらいでしょう。だから、こちらに来なさい。他の小姓はあなたの後ろについていなさい。』

「はい、分かりました。」


 月姫の指示通り恵は彼女のお腹を踏まないように避けて彼女の前に座る。ちょうど、震えていたすでに気絶している同級生の前だ。彼女とは1メートルも離れていない。小姓呼ばわりされた瑛斗、秋元教師、レイドリックはすかさず同級生を回収する

 近づけば近づくほど、その女性からは甘い花の匂いとともに食べ物が腐ったような腐敗臭が恵の鼻腔をくすぐる。レイドリックだけがこめかみにしわを寄らせたが月姫には何も思われていないようだ。恵はまだ花の匂いによって緩和されていることで耐えられる。


『ところであなたの名前は何だったかしら?』

「恵です。月姫様。」

『そうだったわね。ごめんなさい。最近、物忘れがひどいの。子供ができたから色々と考えることが多くて。』

「良いですよ。あまり、皆さんから呼ばれたこともない名前ですから。あなたも適当に呼んでください。」

『わかったわ。では、私の力からというか、昔のことを話すわ。』

「はい、よろしくお願いします。」


 そうして、始める彼女のストーリーは盛大な物語だ。


『私は親がいなくて、でも、仲間はたくさんいたわ。いたずらをすることでたくさんの人に覚えてもらえた。それに、いろんな人に覚えてもらえるほどに力が増してできた仲間たちよ。でも、人の中でも私たちのことを怖がらないどころか立ち向かってくる人がいたの。それで、ある時私は失敗してね。大けがを負って川から流れついたら、ある男性に拾われたわ。それが、今の人よ。』

「へえ、まるで物語の中みたいですね。」

『それで、私は助けてくれたお礼にあの人を手伝うことで一緒に住むことができたの。とっても楽しかったわ。私には生命を与えたり幸運を運んだりする力があって、あの人は農夫だったんだけど、その農夫から商人になってさらに今日の都にある宮廷に召し抱えられることになったわ。』

「その人は喜びましたか?」


 恵が尋ねるとうっとりした顔で月姫は頷く。


『もちろんよ。とても喜んで私のことを強く抱きしめてくれたし、いろんなことをしてくれたわ。容姿や力は元から褒めてくれたんだけど、これ以上ないほどに大事にしてくれたわ。それでも、全く子供ができなくて、あの人に見合いの話が持ち上がったの。』

「お見合い。。そうなんですね。それをあの人は受けたんですか?」

『ええ、そうよ。』


 そのトーンは暗く重く、月姫の表情までもそうなる。


『あの人はそれからどんどん私から離れていったわ。一か月帰ってくることがないこともあって、数年たつ頃には、相手の女性に子供が生まれたと耳に挟むようになったわ。そのころには、私の力が衰えていて地域の日照りがひどかったり、あの人の仕事もうまくいかなくなってきて落ち目だったわ。』

「あの人は帰って来たんですか?」

『いいえ、あの人は帰ってこなかった。それどころか、私が住んでいることさえ忘れたのか、私に怪我を負わせた異能の使い手を連れてきて家に火を放ったわ。とても、恐ろしかった。』

「そんな悲しいことがあったのに、あなたはあの人の子供を産みたいのですか?」


 恵の質問に月姫は口角を上げる。


『ええ、もちろんよ。私はあの人のことを愛しているもの。とても、とてもね。深く愛しているわ。』


 そう言う月姫の目は黒いもので覆われていて、とても誰かを想っているようには恵には見えない。だが、彼女の気持ちを否定することはできない。なぜなら、恵はいまだに誰かにこんな風に固執したことがないからだ。


「ところで、きちんと栄養を摂っていますか?月姫様は子供がお腹にいるのですから、たくさん栄養があるものを食べないといけません。」

『ええ、分かっているわ。心配しなくてもたくさん食べ物はあるわ。今も私の仲間が持ってきてくれるのよ。』

「そうなんですね。」

『それに』


 今までにこやかに会話をしていたはずの恵に対して月姫が恵をじっと見て舌なめずりをする。まるで捕食されたような気分であり、恵は自然界で生きている食べられる側の動物たちの気持ちがわかる。


 生き残ることって大変。


 恵は今後の行動を試案するのだ。


『もうそろそろ、新たな食事が用意されるはずなんだけど、今日は遅いわね。最近、食事の調達が遅くなっているの。ここ1週間ぐらいかしら。制服を着たおいしいより少し若い子たちが多く食してから、ここのところ、本当にないわ。』

「そうですか。それは残念ですね。何か食べられるものをご用意しましょうか?」


 その瞬間、月姫の目が確実に恵をとらえている。標的を定めたような目だ。


『いいえ、もうおいしそうなものが用意されているから大丈夫よ。』


 彼女はそう言って恵の方に瞬時により、恵の顎を捕まえてにっこりとほほ笑む。今までで一番良い顔をしている。


『ねえ、あなた、本当は。』


 その瞬間、月姫は後方に吹っ飛び、古い木の壁に突っ込んだ。恵は後ろを振り返ると、瑛斗が足を下ろしているのを見る。犯人はすぐにわかる。その犯人は何もなかったかのように肩をすくめるだけで、全く悪びれない。それを見て恵はガクリと顔を前に落とす。


「桜井さん、余計なことをしましたよ。もうちょっと我慢してほしかった。」


 恵はため息とともに彼に対して誉め言葉ではなく真逆の言葉を投げる。

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