自分の気持ちと向き合えば
タンタンと。
シャーペンで原稿用紙に書く音が、部室内に響く。
衛藤や朝比奈の騒がしい声は聞こえず、榊原がキーボードを叩く音も聞こえない。
どころか今日は、藤宮が歩く音すらも聞こえない。
静まり返った部室に、ただ1人。
佐々木優真は、小説を書いていた。
書いているのは……新作だ。
だが、新作の文を書いているのではなく、書いているのは『プロット』。
小説を書いている皆さんなら間違いなくご存知であろう。
プロットと言うのは、建物で言うならば骨組みの様なものである。
いつ、どこで、だれが、なにを、なぜ、どのように。まぁいわゆる5W1H。
いつは時系列、どこでは主人公たちが住んでいる……又は冒険している場所。
なにをは何を目的にしているのか、そしてその目的を目指す理由はなぜなのか。
そしてどのようにその目標へ向かうのか。
そんな事を書き尽くす。
優真はこれまで、プロットを書いた事がない。
そのため、物語の展開に矛盾が生じ、途中で書くのが面倒くさくなる……。
そんな事が多々あった。
だからこそ。
優真はプロットを書く。
物語を、完結させるために。
その物語の題名とは────
───────────────
「……ふー」
午後五時が過ぎ、少し空が暗くなる中、夕日が部屋を照らしていた。
優真はプロットを書ききり、背を伸ばす。
背を曲げて文を書いていただけに、腰が痛い。
6月中旬特有の蒸し暑さに、優真の体からは汗がにじむ。
部室にはエアコンがついておらず、ひたすら暑い。
その暑さを紛らわすためか、バッグから教科書を取り出してパタパタと仰いでみるが、生ぬるい風が来るだけ。
オマケに腕が疲れるため、もはや逆効果である。
窓の外を見ると、何人かの男女かが話していた。
楽しそうにヘラヘラと笑うその人達に、何故か優真はいらだちを覚えた。
これまでリア充を毛嫌いしていたが、格段苛立つことは無かったのだが。
これ以上見ていてもイライラするだけだと部室に目を戻す。
誰もいない。その部室。
並んだPCは開かれることなく置かれており、一つだけ机の上に置いてあるペンタブも少し埃を被っている。
「そんな……時間経ってないんだけどな」
ボソリとそう言って、優真はその埃を拭き取った。
壁に飾られる朝比奈と衛藤の絵。
黒板の横の棚には、榊原や藤宮が書いた小説が置かれている。
そして黒板には、『再びこの場所で』の文字。
書いたのは藤宮。
今日は生徒会の関係で来れない事もあり、その思いを部室に置いていったのだろうか。
文芸部が凝縮されたこの部室。
そんな部室が、優真は大好きだった。
クラスで居場所のなかった優真の唯一の心の拠り所。
自分をさらけ出せる場所。
それが優真にとっての、文芸部の部室だった。
「再び……この場所で……か」
黒板に書かれた文字をそのまま呟く優真。
その言葉に反応する人など一人もおらず。
ただ言葉だけが、空回る。
学校で1人など、もう慣れっこなハズなのに。
何故か悲しんでしまう。
何故か涙が出てくる。
また、朝比奈と馬鹿みたいに話したい。
また、衛藤と一緒に遊びたい。
また、藤宮の力強い笑顔が見たい。
また……榊原恵に会いたい。
そんな思いはもう叶わないのかもしれないと。
しかしそんな思いを、佐々木優真は胸の中で押し殺す。
自分が、くよくよしてどうする。
ポジティブな事だけ考えろと。
自分自身に言い聞かせる。
───────────────
「よー優真。久しぶりだな」
「……!?衛藤!?」
原稿用紙に目を落とし、1人の空気を実感しながら虚ろな目をしていた優真の元に。
随分とお久しぶりな気もするが……衛藤輝明がやって来た。
いつも通りのその衛藤の声に、優真は目頭が熱くなる。
「いやそんなに驚かんでも……つか泣くなよ……。そんなに俺で嬉しい?」
「……何してたんだよ」
「いやすまん……。ちょっとな」
「そうかよ。……おかえり」
「あ?あぁ。ただいま」
若干困惑しながらも、そう返した衛藤は部室の周りを見て、なにか違和感を覚えたのか、優真にこう問うた。
「つか榊原と朝比奈は?あと先輩もいねぇじゃん。何だこの殺伐とした雰囲気は」
すると優真は、「あぁ、そっか」とポンとガッテンポーズをしてから、
「榊原さん、アニメ化したんだ」
「……は?小説が?」
「おう。あ。これネットとかには上げるなよ」
「当たりめぇだろ。つか俺が言ったところで誰も信じねぇよ。……んで朝比奈もアニメ関係な」
「おう。藤宮先輩は生徒会」
「なるほどな」とうんうん頷く衛藤。
「だからお前1人なわけね。寂しいなぁ」
「ホントだよ」
「おっ。お前が否定しねぇとは。珍しいこともあるもんだ……」
座っていた椅子を元の場所に戻し、衛藤は立ち上がる。
「んでな優真。今日はおめーに聞きてぇ事があって来た」
改まったように、明らかに声の質を変えてそう言った衛藤。
優真は目を上げ、衛藤を見る。
衛藤は優真の目にそのまま自分の目線を重ねながら、
「お前さ……」
「ぶっちゃけ、榊原さんのこと。どう思ってんだよ」
そう聞く。
優真は視線を下に下ろすが、衛藤は真っ直ぐに優真を見続ける。
「それを聞いて……どうするんだよ」
どこかムッとした表情で、優真は尚も視点を逸らしながら言った。
「いや……ほら。恋バナってやつ?」
優真が再び衛藤に視線を向けると、声はおちゃらけていたが、顔は真顔だった。
何らふざけてなどいない。
ひたすら真っ直ぐに、優真を見つめている。
「……俺恋バナ好きじゃないしな」
「いいから。どう思ってんだよ」
「しつこい。妹〇えの不破〇斗かお前は」
「そんな事言ったらお前の反応は羽島〇月っぽいな。ほら。なゆちゃんの事好きなんだろ?」
「カニ公はたしかに可愛いけど……俺は笠松〇葉推しだからな」
「あ。そーなん?ちな俺はみゃーさんな。ってお前話題逸らすな」
苦笑いしながら、そう言った衛藤に、優真は軽くため息をつく。
そして……
「好きだよ。恋愛的な意味で」
か細い声で、
陰キャ特有の最後の当たり声がちっさくて聞こえなくなる現象付きで。
優真は初めて……榊原への思いと、向き合った。
これまで『榊原先生』へと向けていたその尊敬に、好きだという思いを隠していた。
自分の小説を初めて読んでくれて、笑ってくれたあの日から持っていたその好意を。
「だろうな」
またも苦笑いする衛藤は、尚も続ける。
「それは……『榊原恵』へ向けられている好意か?」
「あぁ」
即答する優真。
1度爆発してしまった、隠していた思いというのは、止まることを知らない。
「もし俺の物語を完結させたいんだったら……榊原恵と付き合うしかないんだ。俺にはあの人しか見れない。榊原さんが大好きなんだよ。榊原先生じゃない。榊原恵が……榊原恵を心から愛してるんだよ……」
どんどんと小さくなる声にも、熱意というのは十分込められていた。
そう言った優真に、衛藤は「はぁ……」とため息をつく。
「なんだよ……。そんなに深い恋なのかよ……」
「……?」
頭を抱えて「うがー」と唸り出す衛藤に、優真は頭に「?」マークを浮かべる。
そこから30秒ほど、衛藤は唸り続けるが、もう一度ため息をつくと、気だるげそうに顔を上げ、こう言った。
「……なんつーかよ。ちょっと、うーん……。難しいんだけどよ……。まぁ……応援するぜ。神子ちゃんにそう言われたもんで」
「は?神子……?なんで今その名前が?」
「いんや。何でもねぇ。ほら外見ろよ。もう暗い。帰んぞ」
外を見ると、すっかり日は落ちている。
「そうだな。あ!おい衛藤!」
帰ろうとしている衛藤を呼び止める優真。
「ん?なんだよ」
「お前!」
ビシッと衛藤に指をさして、
「絶対にこのことバラすなよ!」
「お前は小学校かっ!」
衛藤のツッコミが、部室に響き渡る。




