榊原、覚醒
佐々木優真のあの小説が生み出されてから3日後。
榊原は、FA文庫本社の編集部に赴いていた。
別に学校に行った訳ではないが、その格好は制服姿である。
トートバッグを肩からぶら下げて、榊原は木浪やちよの元へ向かった。
木浪のデスクトップは編集部の部屋の一番奥。
そのため、編集部に何があるのか、何が貼られているのか何てのも、見たくなくても見えてしまうのだが……。
「……胃もたれしそうな文字列が並んでるわね」
周りには聞こえないであろう小さな声でボソリと呟く。
そう。編集部は一言で表すとすれば、
魔境
だった。
デスクトップが並ぶ中で、何人もがパソコンを開きながら眠っており、そのパソコンの端には大量の付箋が。
細々とした文字で書かれたその内容を読んでみると、
『締め切りまであと1週間。忘れずに取り立てにいけ』
『あのクソイラストレーター……。はよ出せやくそ……ってこんな事書いても意味ないんやけどな……』
『はい!はい!はーい!いつも通り締め切り破られました!怒られるのは俺なのにー!』
と、こんな事が書かれている。
そんな付箋からサッと目をそらす榊原。
そして、そんな中でも気になった事を、榊原は思わず漏らす。
「編集者も……エナジードリンク飲むのね」
寝ている編集者の周りに転がるエナジードリンクを見て、榊原はそう言った。
……これはFA文庫の話であって、現実の編集部とはかけ離れている可能性がある。
……可能性が。
「あれ。榊原さんじゃないですか。わざわざ来るとは珍しい」
そんな魔境の奥深く。
そこに居たのは榊原にとってはラスボス的存在……木浪やちよだ。
黒いショートヘアで、眼鏡をかけており、正しく社会人と言う感じ。
格好もスーツで、スタイルもかなりいい。
「って……。クマ出来てるわよ。大丈夫なのかしら……?」
「はっきり言って、やばいです」
「でしょうね……」
「貴方のせいです」
「……ごめんなさい」
いつもだったら「私のせいにしないでくれるかしら?」と冷たく突き放すのが榊原なのだが、いつも恐れている編集者が、エナジードリンクと言うポーション見たいなのを飲み、クマを作り。
悪口を言う事が出来ないために何かに愚痴を書き留める。
自分と重ねながらも、よく考えたら自分が原稿遅れたのが原因なのよね……と、反省混じりに。
「まぁ……睡眠は取りなさいよ」とだけ、榊原は言っておいた。
「この仕事が終わったらやりますよもちろん……早く寝たいです……」
その言葉を聞いて一瞬笑みを浮かべるも、直ぐに顔は絶望に染まる。
と。
「えぇ……その気持ち分かるわ……ってそうじゃない」
「何ですか……。早くしてくださいよ。私仕事があるんですから……」
半目で且つ死にそうな声でそう言う木浪に、榊原は「この人ほんとに大丈夫なの?」と心配しながら、
「ちょっと筆が乗ったの。それで……まぁ結構書いてしまったから」
「原稿……ですか?どれくらい?」
「これ。これに入ってるわ」
トートバッグの中に入っていたPCからSDカードを抜き取り、それを木浪に渡す。
木浪はのろのろとした動きだが、仕事用では無い自分用のPCにそのSDカードを指し、そのファイルを開いた。
そして、ファイルが開いたと同時に、木浪の目も大きく見開かれた。
「ちょ……ちょっと待ってください。これ……筆が乗ったってレベルじゃ……」
「……正直私でも驚いているわ」
木浪が開いたそのファイルには、原稿そのまま小説が入っていた。
しかし、おかしいのはその量。
先日、優真の小説を読んだ日。
あの日に締め切り直前の原稿を出したわけだが。
それからたったの3日で。
「……24万文字。2冊分……ですね」
そう。3日で24万文字。
つまり一日8万文字ペースで、榊原はこの3日間。小説を書いていた。
その時点でどう考えてもおかしいのだが、木浪は「作品のクオリティは……」と、軽く5000文字ほど読む。
そして、
「むしろ……クオリティも上がってます。どうしたんですか」
そんな言葉を。
あまりの驚きにまだ目はガン開きっぱなしで、木浪はそう言った。
「文章力は元々良かったですが……ますます良くなっていますし、それに……課題だったキャラクター、一人一人の個性の活かし方も改善されてます。本当に……覚醒でもしたんですか?」
覚醒と言うのは結構連鎖的に起こるものだったりする。
わかりやすく例えるとすれば、仮面〇イダーだろうか。
だいたい35話を過ぎると1号ライダーの最強フォームというのが出てくるのだが、その前にはほぼ確実に2号ライダーの最強フォームも出てきている。
……なんか例えが違うような気がしてきたが。
とはいえ連鎖的になると言うのは本当で。
誰か1人に触発されて、その触発された人も覚醒……。
それが今回の榊原である。
優真の覚醒に伴い、榊原の空いていた穴に、優真の小説がはまりこむ。
元々榊原の小説を書く理由と言うのは、佐々木優真の小説を超えることである。
覚醒後の優真が書いた小説は、自分が書いた小説を超えていた。
榊原はそう考える。
そんな小説を作られて、原点回帰。書く理由を思い出して優真の書いた小説を越えようと思ったのだろうか。
本能的にそうなったのだろうか。
覚醒状態になった理由は、本人でも分かっていなかった。
「覚醒……ね。まぁそうかもしれないわ」
「不敵に笑わないでください……」
ただ、それでも。
榊原恵が『小説を書く理由』を思い出したのは佐々木優真のあの小説な訳で。
佐々木優真が小説を書く理由を思い出す一方で、
榊原恵も小説を書く理由を思い出していた。
「して……何故に覚醒したので……?」
その問いに、榊原は木浪の元を去る前に。
それこそ不敵に笑ってこういった。
「好きだった作家が、帰ってきたのよ」
───────────────
あ、大事なことを聞くの忘れていました。
木浪。ポンコツですね。てへっ。
ってそうじゃない……
「アドバイス上げたあの子……どうなってるでしょうか」
思わず声を漏らした私を、周りの編集者はギロりと睨んできました。
おー怖い……。
とはいえ榊原先生を覚醒させたその小説……私も読みたいです。
アドバイス上げた子だったりして。
……そんなわけないか。
……
…………
………………
……………………っていうか原稿確認っていう仕事増えてるじゃないですか!
あの人、私の事鬼って言ってる割に貴方の方が鬼でしょう!
榊原先生……恐るべし……。
────────────────
家に帰って、私は小説を読んでいる。
まだ日は沈みきっていない、少し赤みがかった空を背景に。
ベランダで、原稿用紙を握りしめて、小説を読む。
それは、優真くんが書いた小説で。
読むだけで彼が感じられる。
読むだけでやる気が湧いてくる。
読むだけで……胸が何故か高鳴る。
ここまでリレー小説を書いてきて。
もちろん楽しかった。
部員それぞれの個性が活かされていて、すごく楽しかった。
それに、優真くんが帰ってきた。
私が好きな優真くんが。
「やっぱり……。好きなのね……。ずっと優真くんの事ばっかり考えて……馬鹿みたい……」
誰もいない家の中で。
私はそう呟いた。




