運命。それ即ち始まり。
「……これを、優真が書いたのか……?」
「まぁな。……ちょっと久々に、作風戻してみた。……つまんねぇだろ」
こいつが……これを……?
俺は目をかっ開き、動揺しながらこう言った。
「まぁ……。色々思い出してさ。リレー小説。俺的には楽しかったぞ」
優真は淡々とそう告げるが、俺はまだ体の震えが止まらない状態だった。
これが……佐々木優真の書いた作品……?
これまで読んでいた文章とあまりの違いに、手が震える。
それに書いているのはスマホ等の液晶端末なんかじゃない。
乱暴に。勢いに任せたかのように書き尽くされた原稿用紙。
その原稿用紙に、佐々木優真の小説が書かれていた。
これまでとはあまりに違う作風。
これまでみたいに、定番イベント勢揃いなんかじゃない。
流れはめちゃくちゃ。所々の誤字脱字。
勢いで書いたことが見て取れるようなはちゃめちゃ展開。
だが……それでも……
「……過去最高作だろ」
「え?」
そんな声が、俺の口から漏れていた。
間違いない。これは優真が書いてきた小説の……。
俺に読ませてきた小説の中で、1番面白い。
言葉じゃ言い表せない何かが、俺の心に突き刺さって離れない。
榊原が書いた作品の続きとして。
間違いなく続編としてもいい物で。
間違いなくおもろしい。
「正直よ……告白シーンは痺れた。鳥肌たった」
「え……そ……そう?」
オドオドしながらも嬉しそうな優真。
何故か分からないが……笑みが止まらない。
何故か笑ってしまっている自分がいる。
なんだろうかこの感覚。
なんだろうかこの感触。
間違いない。
佐々木優真は覚醒している。
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「なんだ……これは」
「なんですか。先輩までそんなことを……」
「お前が?これをお前が?」
「はい……。何か?」
「いや……なんでも……」
藤宮ららは、あまりの驚愕を隠しきれず。
「優真……が。これ書いたの?」
「お前までか朝比奈……」
朝比奈芽位は驚きでしばらく動けなくなった。
そのレベルの作品を、佐々木優真は作り出した。
あの夜。結局眠れずに書き上げた作品は、これまでの優真の作品とはあまりにかけはなれた作品だった。
これまでのどっかの小説で読んだことのあるようなシーンではなく。
主人公が、ヒロインただ1人に突っ走る。
たったそれだけの、純愛ストーリー。
身が朽ち果てようとも。
心が消えかけようとも。
主人公はヒロインをひたすらに追いかけ、追いかけ、そして、結ばれる。
そんな単調でごく普通なラブコメ。
だが他人事とは思えない。
身近な人でもこんな恋をしているのかもしれない。
そんな事をいとも容易く彷彿とさせる。
文章のレベルは低く、定番のヒロイン萌えシーンもなく。
だが、それを各キャラクターの心情で補い。
リアリティーがあるにもかかわらず、確かにその作品は2次元にあって。
2次元にあるにもかかわらず、それにはリアリティーがあり。
そんな感想にできない感想が生み出され。
ひたすら下手くそな文章で書き尽くされた作品が。
読んだ部員の心に深く突き刺さった。
あのころの榊原と同じように。
刺さった理由も分からずに。
ひたすら感動してしまう。
榊原先生を作り出した作品の作者の力は。
どうやら今でも健在のようだった。
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それから一夜明けて。
部室にはただ1人。
ぽつんと優真が、原稿用紙に向けて小説を書いていた。
今日は部員の予定がほとんど埋まっており、今日は優真1人の部活となっていた。
優真は、昨日のことを思い出す。
「……皆面白いって言ってくれたなぁ」
にやけてしまうのは優真。
あんなに褒められた事はこれまででもそうそうない。
作家というのは、自分が褒められた時よりも、作品が褒められた時の方が嬉しかったりする。
作家にとって作品と言うのは、まるで我が子のようで。
最後まで書ききった人は、正しく究極のパパである。
……そのため優真は育児放棄するクズと言うことになってしまうのだが……。
だからこそ、感想やブクマは、なろう作家にとってはとても嬉しいことである。
君が読んでいる作品にポイントしかり評価をつけるだけで、その作者さんは元気100倍である。
まぁそんな具合に。
正直言っていい感想を貰えばにやけてしまうのは当然である(個人差)。
……だが。
だが、佐々木優真はこれで満足していなかった。
衛藤、藤宮、朝比奈。
確かに彼ら彼女らにも読んで欲しかった。
だが、違うのだ。
最も読んで欲しい人間。
そんなのただ1人で。
「榊原恵……ただ1人……」
「呼んだかしら?」
「はい。呼びましっ……て、え?」
ガラッと。
突然ドアが開かれる。
そこには、絶対に居ないはずの人がいた。
そう……榊原恵である。
「ちょ……榊原さん!?確か原稿があったはずでは……!?」
「終わらせてきたわ」
清々しい表情でそう言う榊原。だが、何故か表情を曇らせると……
「終わらせてきたわ……。やっとね。ついに終わったわ。エナジードリンクの味なんて二度とごめんよ……。原稿が終わった後に食べたバニラアイス……。格別だったわァ……」
目に涙を浮かべてそう語る榊原。
優真はそんな榊原を見て、少し笑う。
「そうですかぁ……。お疲れまです」
「はぁ……思い出すだけで……。ってそうじゃない!」
何かを思い出したのか突然こちらを涙を振り払い優真を見る榊原。
優真は軽く驚き肩をはねらせた。
「リレー小説。書いたのよね。ぜひ読ませて欲しいのだけれど」
「あ……。すいません。忘れてました」
そう言うと優真は両頬をパンっと叩き、原稿用紙を置いている棚へと進み、用紙を取り出した。
榊原は優真が持ってきた原稿用紙になにか思うところがあったのか、ぴくりと体を動かす。
そして。
「榊原さん。これ。書きました。……読んでみてくれますか?」
「えぇ。当たり前よ」
榊原は原稿用紙を受け取るや否や、直ぐに小説を読み始めた。
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随分と……長かった気がする。
彼の小説を読んで、やっと思い出した。
彼が書いていた小説を。
私が求めていた小説を。
遅くなったけど……彼は……優真くんは、こうやって届けてくれた。
読み始めてまだ10枚。
それでも、思い出せる。
あの頃の彼を。
私が愛している……佐々木優真を。
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「……どうでしたか」
そっと。
原稿用紙を置き、ふぅ……と大きく息を吐く榊原。
その顔には……
「って榊原さん!?なぜ泣いてるんです?」
涙が浮かんでいた。
優真に気付かれ、なにか吹っ切れたのか、榊原の目からは濁流のように大粒の涙がぽろぽろとこぼれだす。
その涙は原稿用紙に落ち、少し用紙は濡れた。
「いや……そのね。ちょっと……感動してしまって……」
何とか冷静になろうと涙を拭き取るが、それよりも多く涙は溢れ出し、とても平常には戻れていない。
声も震わせ、いつもの榊原とはまるで違う。
それでも彼女は……笑っていた。
大粒の涙をこぼしながら。
嗚咽混じりの声をあげながら。
震えた声を出しながら。
「優真くん……。おかえり」
彼女は笑っていた。
それを見て、優真も笑い返す。
他人の涙には弱いのか、優真も何故かもらい泣きして。
こちらもこちらで声を震わせて。
「はい。榊原さん。ただいま」
彼も笑顔でそう返す。
そして榊原は、その笑顔を見て、何かふっと、腑に落ちたような感覚になった。
これまで何かが引っかかっていたその部分が綺麗に取れて。
すっぽりと。心の溝にはまりこむ。
榊原は、ついに気づく。
完全に……完璧に。
佐々木優真に恋をしている事を。




