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こうして彼は覚醒する

「……俺かぁ」

「お兄ちゃんどうしたの?随分悩んでるみたいだけど……」

 優真は、悩んでいた。

 ここ数時間、うんうんと唸り声をあげ続けていた。

 佐々木宅のリビングにて。

 その兄の異変に気付いたのか、リビングに入って来た明奈は、すかさずそう聞いた。

「いや、前さ。リレー小説書いてるって言ってただろ」

「あぁ……そういえば」

 優真がリレー小説を読ませた時のことを思い出したのか、明奈は少し頬を赤らめながら、そっぽを向いてそう言った。

「それで、俺の番なんだよ。書くのが」

 片手に持ったスマホに顔を向けながら、

 冴えない表情の優真は、そう呟く。

「へぇ……。でもお兄ちゃん小説書くの好きじゃないの?」

「好きだ。もちろんな」

 即答で返す優真……だが、

「もちろん好きだ……。でもなんか最近……こう……なんつーかな」

 目をあちこちに向けながら適切な言葉を探す優真を、明奈は優しく微笑みながら、頬ずえをついて続きを待つ。

「まぁ……、簡単に言ったらさ、書けなくなってんだよ。いや……書けるっちゃかけるか。自分で認められるクオリティにならないっつーか……」

「はいはい。大体わかったからもう良いよ」

「お……おうん……」

 少し戸惑う優真に、

「結局小説がかけなくなったって事で良いの?」

「……まぁ単純に言えば」

「じゃあ書かなきゃいいじゃん」

「……」

 恐らくなんの悪意もないのだろう。

 明奈は表情を変えずに答えた。

 というかそれが普通の回答だ。

 小説が書けない……なら書かなきゃいいじゃん。

 別にプロって訳でもないし。辞めるのは簡単でしょ。

 淡々と出てくる言葉に、優真は何も言い返すことが出来なかった。

 なんたって……正論なのだから。

 覆ることのない、ただの正論。

 書いたところでお金が貰える訳でもない。

 名誉が貰える訳でもない。

 そんな物をなぜ書く必要があるのか。

「ねぇ。お兄ちゃん?書けないなら書かなくていいんだよ?なんで書こうとするの?」

 表情はまだ、優しい笑みを浮かべている。

 怒っている、という訳ではなさそうだ。

 ただただ、理由が聞きたい。

 明奈は恐らくそれだけを望んでいるだろう。

 優真は逸らしていた目を、再び明奈と合わせる。

 そしてろくな理論にもならない理論を……語り始める。

「わかんねぇよ」

「分からないの?」

「あぁ。分からない」

 真顔でそう言う優真。

「本気で……分かんない。一体なんで小説を書き続けているのか……。ろくに感想も貰えないし評価だってつけられねぇ。ブクマもPVも減ってきて、もう書く意味すらも見当たんねぇレベルにまでなってる」

「んじゃあ……」

「それでも……」

 明奈の言葉を遮り、優真は続ける。

「それでも……何故か書こうと思っちゃうんだよ。意味もないのに。なんのお返しもないのに……な。」

「……本当にそう?」

 明奈がそう問うと、優真は一瞬目を見開き、驚いた表情をすると、少し悩み出す。

「……」

 いつ変わったのか、明奈の顔から表情はなく、真顔で、実の兄の声を……何とか紡いでいるその言葉を、ひたすら聞く。

 その時、その男は動いた。

 すぅと息を吸って。

 何かを思い出した。

 そう言わんばかりの笑顔をうかべるのは優真。

 その顔はまるで失われていた力が戻ってきた時のヒーローのような……。

 佐々木優真。

 小説は書くが完結させた事はない男。

 小説を書くのすらも難しくなってきた男。

 何故難しくなったのか。

 今の今まで忘れていた。

 そうだ。俺には理由があったんだ。

 そんな言葉が、表情から滲み出る。

 にぃと少し笑って。

 佐々木優真は、覚醒する。

「……前言撤回だ。明奈。ありがとな。思い出したぜ。俺が小説を書く理由」






「あの人に……読んでもらいたいからだ」




 そう高らかに宣言して。






──────────────





「とかカッコよく言ってみたけど進まねーーー……」

ダ サ い

 さっきまでのアレは何だったのだろう。

 主人公覚醒確定演出が、一瞬で台無しになってしまった。

 ……とはいえ進まない理由もよく分かる。

 なんたって優真が書くのはあの榊原先生の書いた小説、その続き。

 書くのはいいが、「この文章で本当にいいのか……?」と自問自答を繰り返す。

 もし自分がこの小説をつまらなくしてしまったら。

 文芸部が繋いだこの物語をぶち壊してしまったら。

 そんなプレッシャーが、余計に優真の筆を遅めている。

 いつも通りに、丁寧に。

 何とか他人受けする作品を書いて。

 皆が面白いと言うような作品を。

 自分が書きたいシーンではなく、他が面白いと思えるシーンを。

 書かなければ書かなくては。

 そんな考えを第1に、優真は文を書く。

 高校生になってから。

 佐々木優真の小説は随分と変わった。

 それまでの自分の感情をそのまま反映したかのような小説は捨てた。

 何とか他人受けするように。

 自分は捨てて他人を優先する。

 小説に対する思いはそう変化し、それに比例するように本文も変わった。

「……ダメだ」

 まだ、何か足りない。

 面白くない。

 まただ。

 何も変わらない。

 自分が書いた部分をカットし、また1から書き始める。

「……榊原さん起きてるかな」

 現在時刻は12時。

 だが、1人でこれを書ききる自信が無い優真は、榊原に何かアドバイスを貰おうと、電話をかけた。

 すると、

「なんコールで出るかな……いーち!」

 ガチャ

「早っ!?」

 1コールで出た……というのもつかの間。

電話の奥から聞こえてきたのは榊原の声ではない。

 大人びた女性の声。

 その女性は、こんな事を発してきた。

『ただいま、榊原先生は電話に出ることは出来ません。要件だけ伝えてとっとと切って下さい』

「口悪っ!?つかどなた!?」

『……ただいま、榊原先生は』

「いや繰り返さなくて良いですよ!貴方誰ですか!?」

『……しつこいですね。私は榊原先生の担当編集こと木浪さんですよ。なんか用があるなら早く言ってください』

 その相手は、榊原の担当編集、木浪やちよだった。

「いや……何故……その……やちよさんが榊原さんのスマホ持ってるんですか……?」

『いやほら。榊原先生ってスマホを持たせるとすぐなんか買ってきてとか言い出すでしょ?他人に迷惑かかるので取り上げてるんですよ』

 優真はやちよの顔を知らないにもかかわらず、電話先の相手が笑顔で話しているのだろうとだいたい察しがついた。

『んで。なんですか?私も仕事があるんですが』

「さ……榊原さんに代わってもらっても?」

『えぇ。ダメです』

「デスヨネー……」

 スマホ片手に落胆する優真。

 しかし、スマホの奥からは、予想外の言葉が発せられていた。

『なんですか。お悩み相談ですか?』

「なぜ分かったし!?」

『いや声のトーン的に。私昔はカウンセリングやってたので』

 木浪がそう言うと、何故か「嘘よ!こんな監禁大好き人がカウンセリングなんて!」と、どこからか声が聞こえてきたが、あまりにも声が小さかったため、優真は聞き取ることが出来なかった。

 とはいえ、優真は考えた。

 悩みの種は……小説についてだ。

 その専門家に、悩みを聞いて貰えるなら1番いいじゃないか。と。

 我ながら天才だ……と、スマホを耳にあてながら、ドヤ顔でこう言った。

「いやあの……俺小説書いてるんですよ」

『……はぁ』

「それで、今なかなか書けなくて。どうすればいいですかね」

『あなたは……プロ作家なんですか?』

「いえ……違いますけど」

『アホですか?』

「えぇ!?」

『そう、違う、部分的にそう、恐らく違う、分からないのどれかで答えてください』

「アキ〇イター!?何故ここでア〇ネイター!?」

『……まぁ茶番は置いといて、ガチで言わせてもらうとですね……』



『なんで悩んでるんですか。馬鹿ですねあなたは』



「……え?」

予想外の一言に、優真は顔を強ばらせた。

 声のトーンは変わることなく、木浪は一定のスピードで答えを出していく。

『正直言ってね。何度も言いますが馬鹿ですよあなた。なんですか?あなたの書いた小説は商品価値があると思ってるんですか?誰かがお金を出して読みたいと思うレベルの文章を書けるんですか?いやそんなこと出来たらもうプロ作家ですよねあなた。なんでプロじゃないかって、当然ですがあなたの書いた文章に価値がないからですよ。あなたが書いてるのはただのオナニー小説です。自己満足の。よくいるんですよ。別にプロでもないくせに周りの目を気にして小説書くやつが。まぁプロでも周りの目気にしてない人もいますが……。どうせそんなんでしょう?自分で書き方変えて自爆。違います?』

 優真は何も言い返すことなく、その言葉を……その言葉の重みを、自らで感じ取る。

 明奈とはまた違う正論。

 まるで自分が高校に入ってきてやってきた事をまるまる否定されるような正論。

 そんな言葉の数々に、優真は下唇を噛み締めた。

『……すいません少し言いすぎましたね』

「いえ……続けてください。あと……最後の質問も……YESです」

 溢れだしそうな涙を必死にこらえ。

 喉から出てきそうな嗚咽を必死に飲みこみ。

 震える声でそう告げると、木浪は「ほう……」と声を漏らした。

『珍しいですよ。ちゃんと聞いて尚且つ答えてくれるのは。……これ以上言ったらあなたのメンタルがヤバそうなので、アドバイスだけします』

 木浪は口調を和らげる。

『あなたはプロじゃない。貴方が書いてるのを読んだことはありませんが、恐らく文章力、キャラクター、物語の世界観。全てにおいて低レベルでしょう』


『ですが』


『だからこそ、出来ることがあるでしょう』


『あなたは……小説を書く理由、分かってますか?自分が小説を書いている理由を』

「……はい。ついさっき思い出しました」

『そうですか、じゃあ楽ですよ。周りの目なんて気にしなくていいんです。ただその理由に向かって突っ走れば良いんです。そうすれば自然と文章が湧いてきます。全部。1回小説への思考をリセットさせて、もう一度考えるんです』



『その理由へ。なろうとかの作家はそれだけでいいんです。そうしてれば、……まぁプロになりたいかは知りませんが、編集者の目に止まるかもしれないですしね』





──────────────





 何も……言えなかった。

 優真はその電話の後、小説を書くことなく、布団に潜る。

 考える……時間がいる。

 思考をリセットさせる……時間がいる。

 佐々木優真は、もう一度立ち上がる。

 中途半端な覚醒では無い。

 どころか覚醒すらしていない。

 佐々木優真と言う男は、退化していた。

 自分の良さを潰していた。

「そうだよな。俺……プロ作家じゃないんだもんな」

 木浪の発言を思い出し、優真は考えを深める。

 プロじゃない。

 だからこそ出来ることがある。

 周りの目なんて気にするな。

 その理由に向かって突っ走れば良い。

 頭に蘇る木浪の言葉に、優真は失われていた灯火を、理由という名のロウソクにつける。

 布団から飛び起き、スマホを……ではなく。

あの頃のように。『原稿用紙』に。

 机に向かって無我夢中で書いたあの頃のように。

 ひたすらあの子に読んで欲しくて書いたあの頃のように。

 面白い様に筆が乗り、面白い様に文章が、ストーリーが思いつき、キャラクター達は自ら動き回る。

 これだこの感覚だ。

 久々の感覚を身に染みながら、優真はひたすら書く書く書く。

 まってろ。俺が小説を書く理由よ。

 優真は永遠とその言葉を頭でループさせる。

 そしてふと、こぼれた言葉が1つ。





「待ってろ……。榊原恵」





佐々木優真は、やっとの事で。

スタートラインに戻ってきた。

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