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妖精の取り分とお化け岩魚



たたんと、どこかで雨音が揺れる。


ふと気づけば、窓の外は雨が降り始めていた。

そちらを見たオルディアが、ああ、また始まってしまったねと淡く苦笑をする。



(…………始まった?)



森の妖精達にとって、雨は親愛なる友人の筈だ。

なのに、なぜオルディアは困ったように呟くのだろう。

その不思議な言葉に内心首を傾げはしたが、アンディエールとて、今はそれどころではない。

用心深く、正面に座った妖精を見つめる。



「…………おや、僕が怖くなってしまったかい?」

「私が、………落ちていたナイフを盗んだ事を、ご存知だったのですね」

「ああ、落とし物だったんだね。…………それはまた、手の込んだ事だ」


後半の言葉がよく聞こえずに首を傾げると、オルディアは何でもないよと微笑んだ。


さらりと揺れる髪が、人間には到底不可能な美しい影を作り、雨模様となった色相の部屋で、その青い瞳はぼうっと光るよう。

アンディエールは、そんなオルディアの装いが、今日はヴァシリーの好むような、濃紺のかっちりした服装である事に気付いた。

いつもは、もっと寛いだゆったりとした淡い色合いの物なのに、どのような気分の変化なのだろう。



(それはつまり、…………私を断罪しに来たから、なのだろうか)



そう考えかけ、アンディエールはなぜか胸の奥が苦しくなる。


妖精達が酷薄な事くらい今更なのに、どうしてだか、自分にだけご馳走も贈り物もない祝祭の夜のように、つきつきと鈍く痛むのだ。

しかし、そんなアンディエールを見て微笑むと、オルディアはなぜかこちらにやって来て、隣に座るではないか。



「よいしょ」

「…………お隣に座ったのは、私が逃げないようにでしょうか?」

「うん?そりゃ、君に逃げられたら悲しいけれど、多分、君が思っている理由じゃないと思うよ。君は、僕があのナイフを所持していた事で、君を罰すると思っているのではないかな」

「違うのですか?」

「僕達はね、森の系譜の民だ。それは即ち、森の理の中で生きているという事なんだよ」



ぴしりと人差し指を立ててみせ、オルディアは悪戯っぽく笑う。


長椅子の隣に座られてしまい、体がそちらに傾けば、仄かに触れるのはそんな妖精の淡い体温だ。

このまま体が傾いてその腕に触れてしまうのはきっと宜しくないに違いないと思い、ぐぐっと腹筋と背筋に力を入れて姿勢を保ちつつ、アンディエールは、オルディアの瞳を見返す。


「森では、収穫物は皆、拾った者の物になる。それが誰かの獲物や持ち物でも、最終的に手にした者にこそ所有権があるという考え方だね。それに、………僕は君に、ナイフの所持までを禁じた覚えはないよ」

「………私が、」



(それは私が、…………あなた方にとって、ただの生餌のようなものでも、そうして手にする武器を煩わしいとは思わないのだろうか?)



問いかけようとした言葉が途切れ、アンディエールが項垂れると、隣の妖精はなぜかこちらにぴったりと体を寄せて来た。

それはまるで、倒れてしまいそうなアンディエールを支える温かな支柱のようにぴたりと収まる。



「いいかい?僕は、国の滅亡に際する魔術の理に於いて、その最後の夜に生まれ、親や国からまだ生誕の祝福を得ていない子供を庇護した。それは勿論、滅びの魔術の理の上でそれが益になるからだ。けれども、僕が一族の王で、君がその庇護下にある以上は、君にも、僕が敷いた約定の外では許された自由がある筈だ」

「髪の毛を、夏至祭に差し出す以外は、…………という事でしょうか?」

「うん。だから例えば、君がそのナイフで、僕を刺そうとしているのだとしてもね」

「………あなたを?」



思いがけない言葉に目を瞬き、ゆっくりと首を傾げる。


どう考えても、妖精を刺すとしたら人間の繊細さを理解せずに乱暴な振る舞いをする婚約者からだが、とは言えアンディエールも、このお城の中でそんな振る舞いをする程、考えなしではない。


しかし、首を傾げたアンディエールに、なぜかオルディアは困惑したようにこちらを見るではないか。



「…………僕じゃない、のかな。ヴァシリーの言い方だと、君は僕を刺してみたいのかなと思ったけれど」

「先程、あなたを恨んではいないと伝えたのに、まだ不安になってしまうのですか?」

「うーん、不安というよりも、人間はそのようなものなのかなと思ったんだよね。ヴァシリーの言う通り、人間には、自分を害する者を排除しようとする傾向がある。或いは、自分の愛した者を奪う者に、復讐しようとする事もね」

「………だからあなたは、であれば自分がその対象であると考えたのですね」



ふすんと息を吐き、アンディエールは遠い目をした。



「違うようだね。…………そうか、違うのか」

「そうして安堵されてしまうと、どれだけ疑われていたのだろうととても複雑な気持ちになりますし、何度も素敵なご馳走を持って来てくれるあなたを刺しても、私はちっとも得をしません」

「…………え、そんな理由…………」

「むぅ。…………なぜに落ち込んだのでしょう」

「友達だと思ったのに、給餌係だった…………」

「友達、…………で、いいのですか?」



(ええい!)


ほんの少しだけ躊躇い、けれどもその躊躇いを、付随する冷静さと一緒に蹴り飛ばした。


このままいけば、アンディエールが生きていられるのは収穫祭迄なのだから、おろおろと言葉を彷徨わせる時間などないに等しい。

だからもし、ここで初めての友達を得てもいいのだと、そんな親しさが許されるのであれば、到底成り立たない筈のその歪な結びを、強欲に手に入れてしまえる機会はもうないかもしれない。



(きっと、オルディア様は勘違いをしているのだと思うけれど…………)


でも、友達だと思い込んでいてくれている間は、アンディエールもその素敵な響きを共有出来る。

であれば、そんな筈はないのだからと諦めてしまうには惜しいものだと、考え直してみたのであった。



「友達では、いささか心許ないかな。伴侶にしちゃう?」

「…………なぜ、私の繊細な躊躇いを、容赦なく踏み潰してより遠くにゆくのでしょう」

「婚約者にしておいた方が、約束の日迄、ヴァシリーは君を大事にすると思ったのだけれど、あまり大事にしていなかったみたいだしね。このまま君を野放しにしておくと、彼が悪さをするかもしれない」

「………野放しという表現には抗議したいところですし、思いがけない理由が見えてきたので、是非に説明を所望します」



どうやら、アンディエールをヴァシリーの婚約者にしたのも、この妖精だったらしい。


強いられた約定以外の面では自由にしていて構わないと言ったくせに、この落差は何なのだと表情を険しくすると、オルディアは、どうしてこの人間は不機嫌になったのだろうと不思議そうな目をするではないか。



「………ごめん、嫌だったみたいだね。でも、その方が安全で簡単だったと思ったんだよ」

「………安全さを考えての事だったのですか?」

「うん。君を庇護してから暫くの間、僕は妖精の国で忙しくしていたからね。まだ土地の祝福すら取り込んでいない人間の子供を妖精の国に連れてゆく訳にはいかないし、まぁ、その頃はあまり君に興味もなかったし…………、であれば、こちらで過ごす事の多いシーの中で、一番高位であるヴァシリーに条件付けをして庇護させた方がいいと思ったんだ」

「あの方の婚約者にしておけば、成人する迄は食べられないから、という事でしょうか?」

「彼の管轄下にあれば、他の妖精達には手が出せなくなる。それに、君の管理者を引き受けると申し出たのは、ヴァシリーからだったんだ」

「ヴァシリー様が…………?」

「彼にも色々と、思うところや計画があったのだろう。それが思い通りになったのかは別として、まだ若い妖精だから、不安定なところもあるのだろうね」



人間は、妖精とは違って、体内に通せる魔術の可動域などで成人が決まるらしい。


らしいと言うのは、人間の社会に触れていないアンディエールが自分の魔術可動域を知る事がなく、自分が、人間の中ではどの程度の立ち位置にいるのかを理解出来ていないからだ。


だが、圧倒的に短い時間しか生きられない人間という種族からしてみれば、何百年も生きてまだ若いと言われてしまう妖精にだって、どうかもう少し落ち着いて欲しいものである。

特に、か弱い人間の髪の毛を掴んで引っ張り上げるような、あのヴァシリーの乱暴さはいただけない。



「あの方が私を引き受けたのは、成人の日のお祝いとして、品物の予約をしておいたという事だけではないのでしょうか?」

「うーん、………この説明の仕方はあまり好きじゃないけれど、彼にとっての君は、階位を上げる為の………食糧という訳ではないのだろう。…………君という存在から何かを得たかったのか、或いは君に何かをして欲しかったのかもしれない」


そんな言葉を噛み砕き、アンディエールはもう一度眉を寄せた。

テーブルの上のグラスの中で、氷がからりと音を立てる。


「それにしては、………随分と最初の頃から、私の事を嫌っておいででしたよ?」

「うん。君に何かを求めたのなら、それはきっと、叶わなかったのだろうね。でもそれは、彼自身の問題で、君がそちらに歩み寄る必要はない。そしてもし、彼が君に何かをさせたかったのであれば、それもどうやら望むようにはならなかったようだ」


静かな静かな、心の動きの宿らないどこか酷薄な微笑みに、アンディエールは、漸く、婚約者が自分に望んだのかもしれない役割に気付く事が出来た。



「…………もしかしてあのナイフは、…………意図的に私に与えられた物なのでしょうか?」



だから、そう尋ねるのにはとても勇気が必要だった。


自分の立ち回りで手に入れたと思っていた切り札が、あの意地悪な妖精の手の内だったのだとしたら、それを知らずにはしゃいでいたアンディエールは、どれだけ惨めなことか。

努力の結果回復させたと思っていた矜持が、もう一度床に落ちて、ぱりんと粉々に砕けてしまいそうな気がした。



「だとしても、あのナイフを手にした理由は、君自身の物だ。話しただろう?僕達は、どのような経緯であれ、手に入れた物こそを自分の収穫とする。だから、それはもう君の物だよ。そして、滅多に出回らない新月のナイフを財産にしたのは、君自身の力なんだ」

「………はい」



気付けば、アンディエールは、オルディアの膝の上に持ち上げられていた。


じんわりと体に染み入る体温が何とも言えない心地良さだが、座面としてはごつごつしていて、本来の専門家である長椅子のクッションに勝るものではない。


けれどもなぜか、もうずっとこのままでいて欲しいと、そんな事を考えてしまう、この心地良さは何なのか。



「アンディエール?」

「…………胸の奥の方が、ぎぎっとなりました。悲しいような苦しいような初めての気持ちで、でも、眠りに落ちる前のような、うっとりとした心地良さもあるのです。孤独や喜びの在り方は知っているつもりですが、この不思議な感じは何でしょう?誰かにこうして貰うのは初めてなので、どう説明すればいいのか分かりません」


しかし、素直にそう言えば、なぜか体を捻って見上げた先で、オルディアが、ぎくりとしたように固まるではないか。


どういう訳か、躊躇うようにこちらを見た目元が微かに赤い。



「え、…………ずるいんだけど」

「狡い、………事なのですか?」

「可愛い…………」



なぜ、分からない気持ちについて吐露した事が、可愛いになるのだろう。

そう考えて眉を寄せたアンディエールは、そう言えば、妖精は寄る辺ない者が好きなのだと思い出した。



「分からない事は、可愛いのでしょうか?」

「無防備だし、とても僕に懐いている感じがするからね。………この部屋を訪ねたのは、気紛れだったけれど、僕は君に出会えて良かったな」

「………私も、ベーコンやパイを食べられました。クッキーやゼリーも美味しいです」

「え、それだけ?!」

「…………友達も、出来ました?」

「よし、やっぱり伴侶にしよう」

「なぜ遠くに行くのでしょう………」



そもそも、アンディエールは既にヴァシリーの婚約者である。

だが、妖精の作法では、婚約者と伴侶は違うのかもしれない。



(初めて知る事ばかりで、本当は、ゆっくり考え直す為に一人になりたいくらいなのに…………)



けれども、こうして初めて触れる体温を失いたくなくて、アンディエールは腹部に回された腕をきゅっと掴んでみた。


この気持ちは何だか上手く分類出来ないものだが、欲しい物をどうやって掴むのかくらいは、アンディエールとて知っているのである。



「ほら、君も凄く懐いているから、これはもう、伴侶にしてもいいよね」

「ふと思ったのですが、あなたは王様なのですよね?王妃様はいらっしゃらないのですか?」

「虐めかな…………」

「純然たる疑問なのですが、お聞きしない方が良い事情があるのですか?その、逃げられてしまったとか」


それは、相手を慮っての質問だったが、オルディアは悲しげに眉を下げてしまう。

美しい妖精の羽も、へなへなと下がってしまった。


「いや、そういう事ではないけれど、…………僕は、…………あんまり誰かを大事にするのは、得意じゃないんだよね。そうして伴侶にしたいと思う相手が、ずっといなかったんだ」

「でも、たいへん軽々しく私を伴侶にと口走ります」

「言い方!…………ほら、君はさ、僕を置いて行ったり、僕があげた物を持って逃げたりしないから」

「だから、私があなたを裏切るかもしれないと、不安になってしまったのですか?」


しかし、その質問にオルディアはくすりと笑って首を横に振る。

また僅かに持ち上がった羽にざあっと細やかな光が揺らぎ、アンディエールは思わず触れてみたくなった。


「羽に触ってみたい?君なら、構わないよ。…………それと、僕が君にナイフの使い方を尋ねたのは、ほら、これでも僕は王様だから、僕を狙うと、君が危ない目に遭うかもしれないからだ。確かに新月のナイフは厄介だけれど、僕を殺すには足りないものだし、刺される程に嫌われていたら悲しいけれど、それを裏切りだとは思わないよ。………そうだね、人間はそうするのかなって思うくらいかな」

「ナイフで刺しても、置いて行ったり、逃げたりする定義には入らないのですね………?」

「そうだね。君がヴァシリーに恋をしていないのなら、君には他に帰ったり逃げたりする場所はないから」

「…………ぞくりとしました」



その言い方は危ういぞと震え上がったアンディエールだったが、こちらを見ている妖精は、首を傾げ、困惑したように綺麗な瞳を揺らしている。

その姿は、寧ろ彼こそが寄る辺なく、どうしてだか酷く悲しそうに見えた。



(…………もしかしたら、)



「あなたは、…………自分のお家や、家族が欲しいのかもしれませんね」

「…………そうなのかい?」

「ええ。舞踏会や夜会で賑やかに騒いだり、友達や恋人を得て楽しく過ごすよりも、これが自分の領域なのだと安心出来るような、毎日帰って来られる場所が必要なのかもしれません。………周りに、そのような存在たる方はいらっしゃらないのですか?」

「そういうものは、いないかな…………。…………そっか。それならもう、この宴を続ける必要はないのかもしれないね。宴を開けば大切な人と出会えると聞いて随分と長く続けていたけれど、お客も随分減ったし、もう、僕の欲しい物は手に入ったような気がする」

「宴、………なのです?」

「うん。ここはそういう所なんだ。終わりにすれば、きっと君にも分かるよ。それと、人間は家族になる時に必要な物はあるかい?…………ああ、君には分からないかもしれないね。誰かに調べさせよう」

「…………もしかすると、私は、同意なく何かの決定の場面に立たされているのでしょうか?」



どこか上機嫌な様子のオルディアに、おずおずとそう尋ねてみると、もう決まったよと言うではないか。


何だかそれではいけないような気がしてぐぬぬと顔を顰めたが、途端に不安そうな目をしたオルディアから、嫌なのかと問いかけられると、どうやらアンディエールは嫌という訳でもないらしい。


ただ、どうにも釈然としないという感じであった。



(でもそれなら、…………私はもう、あのナイフを使わなくてもいいのだろうか?)



そう考え、アンディエールはざわりと動いた心の温度に途方に暮れる。


今後は、妖精達のおやつを兼任し続ければいいのか、ヴァシリーの婚約者である事はどうすればいいのか。

分からないのなら尋ねてみればいいのに、なぜだかそれが怖くて堪らないのだ。


もしその答えが、人間であるアンディエールにはあまり優しくない物であったなら、こうして触れている温度への安堵や喜びは、萎んでしまうのではないだろうか。



ここにいる強欲な人間は、初めて手に入れたばかりのこの喜びを、まだ手放したくはなかった。

せっかく居心地のいい椅子を見付けたのに、また一人ぼっちになるのは、もううんざりだった。



「ところで、君は、あのナイフを何に使おうと思ったんだい?」

「復讐の為に使おうと思ったのです。…………私は長らく、ここでの暮らしに腹を立てていました」

「…………ごめんなさい」

「ですので、この思いを晴らすべく、それはもう、壮大な復讐を考えていたのですよ」

「ナイフって事は、刺すのかな…………」

「はい。非常に危険な戦いになる事は分かっていましたので、日々鍛錬を欠かさず……」

「ちょっと待って、鍛錬してたの?!」

「はい!敵を殺す為に、日々鍛錬をしてきました!」

「誰か殺そうとしてるの?!」



アンディエールを膝の上に抱えたまま、びゃんと飛び上がってしまったオルディアに、アンディエールは首を傾げる。

自分が刺されるかもしれないと言う事ではさして動揺しなかったのに、なぜここで怯えてしまうのだろう。



「ええ。………ですが勿論、殺したままだけにはせず、無駄なく美味しくいただこうと思っています。寧ろ、そうして食べる事も目的ではありますので、…………友達なら、計画の邪魔はしないで下さいね?この秘密の計画を明かしたのは、あなたが、私にもこのナイフを持つ自由があるのだと教えてくれたからなのです」

「…………食べるの?…………ええと、人間も妖精って食べるんだっけ?」

「まぁ、妖精は食べません!人間と同じような形状の生き物を襲って食べる程、私は残虐ではありません………」



どんな疑いをかけられていたのだと、アンディエールは半眼になる。

しかし、まだオルディアが怯えているのがどうにも解せない。

なぜここで、この国の人間達や、アンディエールの髪の毛を食べていた妖精に、虐められた子犬のような目を向けられなければいけないのだろう。



「え、…………じゃあ、何を食べるつもりなのかな?」

「…………それを教えても、邪魔しません?」

「邪魔はしないけれど、もし体に悪そうな物なら、止めてもいいかい?」

「お城の裏手の森に住んでいる、お化け岩魚です!」

「…………お化け岩魚…………」

「はい。あやつは祟り物で、お城の皆さんがとても怖がっているでしょう?そして、妖精の王様も手出しが出来ないと聞いています。であれば、そんな大物を私が仕留めれば、きっと意地悪な妖精達も、軽視し続けてきたこの私を認めざるをえなくなるでしょう!加えて、元はお魚ですので、二年かけて盗んで溜め込んだ塩と香草があれば美味しくいただけます!!」


拳を握ってそう説明したアンディエールに、オルディアはふるふると首を横に振った。

高慢な妖精達を平伏せさせ、尚且つお腹もいっぱいにするこの偉大な計画を邪魔されないよう、アンディエールはそんな友人を睨み付けておく。


「…………祟り物はちょっと、やめておいた方がいいと思うよ。普通に考えて、人間の体には合わないんじゃないかなぁ…………」

「妖精も、祟り物は食べないのですよね?」

「うん。さすがに僕も、祟り物は食べないね。…………障りを受けると思うし」

「なので、食べてみようと思ったのですよ。お化け岩魚を食べた私であれば、きっと、妖精の晩餐には向かないでしょう?」



けれども、アンディエールがそう言えば、はっとしたように見開かれた青い瞳が揺れる。



「……………それで、なのかい?」

「まぁ。私が、むざむざと食べられるばかりの運命を、どうして受け入れなくてはならないのでしょう。他にどこにも行く宛がなくても、誰もぎゅっとしてくれなくても、私には私を幸福にする権利があります。あまり困難を伴うようであれば諦めざるを得ませんでしたが、迷ってみてもやはり、ヴァシリー様の成人の日のお祝い膳にはなりたくありませんでしたので、お化け岩魚めを倒す事にしました」



そう主張すると、なぜだかぎゅうっと抱き締められる。

その感触に胸が潰れそうな悲しさに目の奥が熱くなって、アンディエールは、どうして悲しくなるのか分からない抱擁を強いた妖精の腕をぽかぽか叩いた。



「……………もう大丈夫だよ。君はもう、ヴァシリーの婚約者じゃなくてもいいし、収穫祭の夜に彼の食卓に飾られなくてもいい。ごめんよ、こんな風に大事な子になるのなら、もっと早く君に会いに来れば良かった」

「……………大事な子」

「うん。僕の大事な子だ。この城の愛し子達は君を蔑ろにしていたようだけれど、あの悪意の囁きに興味を持ったからこそ今日があるのなら、宴の幕を引く時に、薪の中に投げ込んでゆくのはやめようかな」

「…………あの方達は、連れて行ってはあげないのですか?」

「宴の客人に過ぎない彼女達を?どうしてだい?」



不思議そうに目を瞠ったオルディアに、アンディエールは、成る程妖精とはこんな風に考えるのだなと思って、首を振った。


だからこそアンディエールは、今迄このお城の誰からも見向きもされなかったのだろう。

妖精は、自分のお気に入り以外には、こうも無関心な生き物なのである。




その日の内に、アンディエールとヴァシリーの婚約は、ヴァシリーの庇護契約の不履行を理由に解消となり、アンディエールが、オルディアの羽の庇護を受けた事が城中の者達に知らされた。


部屋付きの森の精霊の侍女達は震え上がってしまい、すっかり大人しくなって、あれこれと世話をしてくれる。

聞けば、この精霊達は森守りの妖精の育んだ森でしか生きられないらしく、オルディアの機嫌を損ねれば、簡単に干上がってしまうのだ。




(でも、オルディア様とヴァシリー様との問題は、そのままにしておいてもいいのかしら…………?)




そう考え、アンディエールはもう一度だけ、寝台の下に隠してあるナイフについて考えた。


人間はとても臆病で賢いので、大切なものが出来たとなると、それを取られないようにとても獰猛になるものだ。



オルディアも、そんな人間の獰猛さについて話をしていたではないか。

そしてアンディエールは、抗いもせずに愛するものを失った元婚約者程、お行儀の良い生き物ではないのだ。












最終話の更新は、明後日7/31の17時前後の予定となります!

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