約束を守れなかった王国
むかしむかし、その古くて深い森の中には、美しい王国がありました。
あまりにも深い森の中にありましたので、人間達もよく知らない国でしたが、そこには、森の妖精達と約定を交わし、彼等の祝福を授けられた美しい人間達が暮らしていたのです。
慈悲深く潤沢な祝福と引き換えに、妖精達が示した約束は二つだけ。
森の妖精達を愛する事と、森結晶と呼ばれる、緑柱石のような美しい石を森から持ち去らない事だけでした。
けれどもある日、あまりにも美しく深い緑色をした森結晶を見付けたご婦人が、思わずその石を拾い上げてしまいます。
勿論、森から盗むつもりなどなく、木漏れ日に翳してその色を楽しもうと思っただけでした。
しかし、運悪くその時、森の妖精の王族の一人が、同じ石を手に取ろうとしていたのです。
「約定を破ったな」
妖精はそう微笑み、恵み深く豊かであった森は、一瞬にして恐ろしい場所に変わりました。
人間の国の王様は、森の妖精達に沢山謝りましたが、妖精との約束は魔術の理で定められているのです。
ひびの入った約束はそのままぱりんと砕けてしまい、妖精達は、その国の全ての人間を捕まえると、艶々とした赤い森苺に変えて食べてしまいました。
かくして、その深い森の中にあった小さな王国は、たった一晩で滅びてしまったのです。
滅びの夜に一人のお姫様が産まれましたが、その子供は食べられてしまわなかったものの、森を閉ざした妖精達に取られてしまいました。
今ではもう、その森に近付く旅人はいません。
例え噂を聞いて森に入っても、ぐるぐると同じ所を回るばかりで、決して森の奥には進めないのです。
数年も経つと、森の外に暮らす人間達も、そこに一つの国があった事は忘れてしまいました。