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花街

石南花、黒を打つ。

作者: 秋の桜子

 あたしは……、勝ったのだろうか。でも、なぜか……、違う違うというモノが頭の中で囁いている。でもどうすればいいのか、わからない。




「女郎の真なんて無いんだよ!目を覚まして客を取りな!お前は端女郎なんだよ!花魁じゃないんだよ!叶屋様があれこれしてくださったから、部屋持ちになってただけなんだよ!覚える事はたんとあるだろう?そりゃ、叶屋様はお前か牡丹かどちらかを身請けされると仰ってはいるがね……」


 たまたまあたしを選んでくれた旦那様。ゆっくりと過ごしたいと、ぽっと出のあたしに部屋代を払っていてくれた。身の回りの金子も……、


「お前の様に紅白粉にまみれてないのが良い」


 そう優しく言ってくれていた旦那様。初見の時、どこかに引っ掛けたとほつれた羽織りを着てらした。それを縫ってさしあげてからのご縁……。それ位しか出来ない、廓ことばも上手く話せない。売られてすぐに女郎になったんだもの。


 おっとうが怪我をして、どうにも暮らしていけなくなった。兄が言った。


 借銭が増える前に奉公に出てくれないか、おっとう一人なら俺がなんとかできる、借銭が増えると、お前は岡場所が吉原に行ってもらわなならん……。


 弟も妹も奉公に出るという、だからあたしも……、女郎にはなりたくなかったから。そして………口入れ屋から、大店の下働きを世話してもらって長屋から出てきた。


 呉服屋の台所で働いていた。奉公は辛かったけど、楽しかった。奥様も旦那様も良いお人で、働いてる人たちもみんな良い人で、そのままそこで過ごして行こうと思っていたのに、出会った男に騙されて……、連れてこられたこの店。


 初めて奇麗だと言って、小さいけど珊瑚玉の簪を、水髪にさしてくれた男に騙された。もっといい暮らしをしようと、吉原だけど下働きを探しているからと、そこで二人して働いて、金をため茶屋をしようと、甘い夢物語を囁いた男に……。



「十八、ほお、見目が良い、田舎臭いが直ぐに抜けるだろう、廻し部屋ならすぐに使える、男に金は払ってしまったよ、騙されたんだな、諦めろ、早速夜から見世に出てもらおうか、逃げたらどうなるかは知ってるだろう?」


 値踏みする様にみた楼主、そして遊郭のあれこれを初めて知った。大御見世と言っても、みんな上等ばかりじゃないって事。女郎は、贅沢な部屋を持っている花魁ばっかりじゃないって事を。


『ピンキリ』 あたしはいちばん下っ端とされる、廻し部屋の女郎となった。朝が来れば、みんなでかっこむご飯が終われば、大部屋で雑魚寝のあつかい。


「石南花、早う言葉を覚えないと、ここではやっていけないんよ、端女郎だろうと……。でもここは良いよ、大御見世だから、切り見世だとそりゃあ、ねえ……あそこは大変」


 しくしくと泣いていると、そう声をかけてくれた姐さん達。身内ばかりなら言葉も在所に戻っている、みんな。最初は優しかった、食いっぱぐれたあたしに、おまんじゅうをくれたり、お客のあしらいを教えてくれたりでもあたしに馴染みが出来ると、口もきいてくれなくなった。


「ふん!わっちらを差し置いて、牡丹姐さんのお客に気に入られたとは、ようございんした!」


 叶屋様とのご縁を結んだ途端、手のひらを返されてしまった。辛かった、悲しかった。旦那様に言うと優しく慰めてくれた。


「待っていておくれ、牡丹かお前か、上方に行く道中で考えるから、どっちが女将に相応しいかを」



 ―― 待つと、決めた。



「旦那様が帰って来たら、上手くあしらえば良いだけだろ……、金子が払えないのなら、大部屋に戻ってもらうからね、知ってるだろ?花魁は部屋代も食い扶持も自分で払ってるってことを……それか借銭をするかい?」


 客を取らぬ日々が続くと、楼主に女将に怒られ、払えぬないあたしは、元いた場所に戻された。ほらねと、くすくすと嗤われた、そこに居場所は無かった……。



 でも……、待っていておくれと言ったお客に『誓文』を書いたあたし、それを破るのが嫌だったから、もし、バレたら……、ここから出る術が無くなってしまうかもしれない。だから、だから……。


 格子の中で隠れる様にしていた。化粧もろくにせず、うつむいて男の気を惹かぬように、過ごしていた。当然そんな女郎は売れ残る。


「お茶でもひいとくれ!全く……冷や飯食いはいらないよ!三味でも弾けりゃ良いけど、試しに習わしてみたけど、禿よりも覚えがわるいし、下手だとは、筆は金釘流だし……、なんとかしようと思わないのかね?」


 女将の声が耳に刺さって残っている。男に選ばれた皆が、二階へと上がる。最後まで残るあたし。本当を言うと……、旦那様が上方に行ってしまった当初は、声がかけられた時も幾度かあった。でも……


 あたしはそれを断った。上手く立ち振る舞えば、そういう事ができる事が、わかったからそれをしたまで。最初一人を取って、座敷に通す、一言ふたこと話してから、下におりて見世をはる。次の客を座敷に入れておく。


 ここに来た時は次から次に、部屋を廻ってこなしていた。でも『叶屋の女』の名があるからなのか、そのままにしておいても、お金持ちのお客は何も言わない。なのでそのままにしていた。そうこうしているうちに、風流が分からず、筆も三味も苦手というあたしに、声掛けをするお客は誰もいなくなった。


 こんな所は嫌だ、嫌だ、嫌だ!


 ここから出る、出る!旦那様に貰い受けてもらうんだ。あたしは世知辛い風が通り過ぎる座敷で、うつむきそれだけを考えていた。




「文を……出しているんだろうね、お前には後が無いんだよ……、どうやっても叶屋の旦那を捕まえとくんだ…………牡丹の身請けが決まった」


 ある日楼主に呼び出されたあたし。部屋には花魁がにこやかに座っていた。初めて間近に見る。その姿はまるで天女の様。


 髪をまだ結い上げていないけれど……、きれい、綺麗……、にっこりとあたしを見て微笑んだ。そして………


「そんな事は当然でありんしょう?わっちもお世話になったお方です故、ご機嫌伺いの文は、早飛脚で出してありんす、ねぇ、石南花」


 甘く絡める様に話してきた。一度だけ女将に見る様言われて、目にしたことがある花魁の手は……、綺麗と言うしかなかった。そして………姿をこうして膝近く間近に出逢えば、女の身でもくらくらしてくる。見ているだけで蕩けそうになる。


 きれい、綺麗、綺麗。旦那様は……あたしを絶対に選ばない。


 わかる分かる分かる、あたしはきっと選ばれない。


 だけど目の前の天女は、別のお大尽様に身請けされたと、花の様に笑っている。


 かわら版に書かれたという話しををちらりと思い出した。


 あたしは……、勝ったのだろうか。でも、なぜか……、違う違うというモノが頭の中で囁いている。でもどうすればいいのか、わからない。




「豪勢だねぇ!吉原の大通りが牡丹の花で満開だよ!」


 吉原大通り、見世のは花魁が着飾り練り歩く道。桜の季節には植木屋が植え込む。菖蒲の季節にはそれを植えると、教えてくれたお客は上方行っている。ここで待つとあたしは言った。小指の先でそうしたためた。


「女郎に真等は無いんだよ!」


 女将の声が蘇る。


「綺麗だぁ!ああー、今宵で見納めか、残念だのう……」


 客が彼女の為に京から職人を呼び寄せ仕立てたという、一張羅の打ち掛け、鼈甲の櫛、瑠璃色のギヤマンの笄、紅い牡丹の花簪。


 外にでてきた彼女。歓声が上がる。未練な声も、羨む声も。夜の街に後光がさしたよう、贅を凝らした身ごしらえ……。ああ……綺麗、とってもきれい。息をするのも忘れてじっと見た。


 牡丹姐さんは、好色な目を向けてくるそれを、当たり前の様に受けた。ひと目千両。野次馬に笑顔を向ける事はない。代わりに新造に禿達が、小さな花の様に笑っている。


 あたしの視線に気がついたのか、それとも最後に表を見たかったのか、格子にゆるりと身体を向ける。あたし達を正面に見る姐さん。そして………


 魅せてくれた『ひと目千両』花のような笑みを……。魅せられたあたし達。


 それは……、ここに来るようにと、勝手だけどそう背を押してくれた様に、あたしは思った。女将の叱り声が耳に残っている。


「叶屋様が帰ってきて……話がなかったら『切り見世』に出てってもらうからね!嫌なら性根を入れ直しな!」


 切り見世……、そこに行ったら……姐さんの様にはなれない、なれない、堕ちたら上がることは出来ない。


「見目がいい」


 そう言われた。あたし……ううん、『わっち』にはそれだけしかない。三味も、お師匠さんが嘲笑う程下手。今から死ぬほど稽古しても、禿達に追いつけるだろうか、手習いも……無理かもしれない、やれるだけはやるけれど……。その時、不意に聴こえた。


「おめえは強いな、女にしとくのが勿体無いねえなぁ、ハハハ、さすがはオレの娘だ」


 おとっつぁんの笑い声が聞こえてきた。おっかさんが早く死んだから、わっちはおとっつぁんに育てられた、兄さんにも、かわいがってもらった、妹、弟達、長屋貧乏暮らしだったけど……、笑って暮らしていた。そうだ……、わっちにはアレがある。




 ――その夜はお客で溢れた。わっちは女将に言われて、ある客の元に向かう。ろくに稼いで無かった、紅白粉にも事欠いてた。女将に頭を下げた。


「借銭に入れとくから、新造が出払っててね、酌をするのがいないんだよ、金払いは良いけど気難しいお客だから、気をつけておくれよ、粗相をしたら……、出てってもらうからね!」


 叶屋が帰ってくるのを待たずに……追い払いたいのだろう、三味も苦手、ろくに書物も読んでない女郎を、気難しいお客の元に向ける。お客にヘマをしでかしたから、ここにはいない、とでも言うのだろうか、わっちはあれこれ考えてる、どうしようかと息を飲み、その部屋へと入った。


「田舎臭いのを廻したものだな」


 手酌で飲んでいた男は、イライラとわっちを睨めつけてきた。礼を取り男の横に侍る。銚子に手をやろうとしたら、いらぬ、と手で払われる。


「お前は……何が出来る?言っとくが三味は聞き飽きた」


 意地悪い光を宿した眼で言ってくる男。わっちは……部屋をぐるりと見渡すと、それを見つける。しゃなりと立ち上がり、四角なそれに近づく、白黒二つの器の内から、石を指で挟んで取り出す。


「碁を少々……」


「は、ん!五目並べか?女子供だのぉ」


「いえ、囲碁を打ったことが……主さま、わっちと勝負しいんせん?」


 囲碁、勝負とな?男も、碁を打つのだろう、ニヤリと笑うと喰いついてきた。江戸の男は囲碁が好きだ、おとっつぁんも長屋の縁台で、よくうっていた。それを見て覚えたわっち、女にしとくのが惜しいとおとっつぁんも、近所の皆も言っていた。


 心の蔵がときときとする。男が碁盤を運んでくれる。


「俺が勝ったら……今宵の金はお前持ちだ」


「わっちが勝ったら?」


 声が震えそうになった。それをぐっとこらえる。脳裏に浮かぶ『ひと目千両』……、わっちの目指す姿。お客は少しばかり考えると、鼻の頭でせせら笑うように言った。


「そうだな……、この俺に勝ったら『馴染み』になってやろう、勝ったらな、ハハハ……」


 碁盤を挟んで座る。色を選べと言われた。わっちは黒を選ぶ、勝たなくてはならない。なんとしてでも、この勝負に!


 ひと目千両、わっちは……わっちは……上り詰めてみせる。男がニヤニヤと笑ってわっちを見ている。油断をしている。隙を見せてはならない。一手をしくじる事がないよう、わっちは策を張り巡らしていく……。


「では、始めよう」


 男が白をピシリと打った、わっちは黒を指先で挟んだ、目の高さに持っていく……息を整え、背を伸ばし碁盤を見る。顔を上げ、男の碁石の様な黒の眼を鋭く射抜く様に見た。




 ………いざ!勝負。黒を打つ。



 終。


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