Grim Reaper wanted to be a hero
永遠なんてない。そんなこと、とうの昔に気づいていた。真っ直ぐ伸びる道には必ず行き止まりがあるものだし、結婚式で幾ら熱い口付けを交わしたカップルでも、長く居るうちに愛が廃れていくのは当たり前のことで。
同じように、“死”という運命は、誰にも覆すことはできない。決められた結末。平等な終焉。ただそれが訪れる瞬間を知らないだけ。当たり前に訪れると思っている明日が奇跡で出来ていることも知らない人々は、自らの生を希うこともせず、突如つきつけられた絶望に嘆くのだ。ああ、どうして私がこんな目にと。無意識のうちに自分だけが逃れる未来を望んで。抗って、時には他人を蹴落としてまで生に縋りつき、また時には自分を犠牲にしてまで他者を延命する。人間ってそんなものだ。愚かで、惨めで、泥臭くて、それでいてとても美しい。
(だから僕は、この職に__死神という仕事に就けて良かったと思ってる)
大きな鎌を担ぎ、空中を舞う。目指すは今日自殺予定の青年のもと。対象を目視できる距離まで来れば、案の定準備が整ったようで。丁寧に揃えられた靴と手紙__恐らくあれは遺書だろう__を置き、今まさに学校と思しき建物の屋上から身を投げようとしているところだった。
(仕事的には、このまま見送るべきなんだろうけど。…でもなぁ、)
何やら騒いでいる下の集団に一瞥を与えたのち、はあとため息をつく。いつもは面倒事に自分から巻き込まれに行くなんてことはしないのだが、今回ばかりは、何もしないで呆然と見ていることに些か気が引けた。
目標を定め、胸元の銀時計に手を触れれば、刹那。青年の真後ろへと居場所を変える。虚ろな目をした可哀想な学生はそんな突然の訪問者に驚く様子もなく、依然自らの生命を断ち切ろうと落下防止用のフェンスをよじ登り続けていた。
「…人生の始まりは選べないんだから、終わりを選ぶ権利くらい寄越せ。そういう意見は、間違ってないと思うよ。
僕は死神で、目の前にはすぐに狩れる魂が転がってる。いつもならこんな楽な仕事はないって飛んで喜ぶとこだけど。一つだけ言いたいなぁ」
あくまで独り言のように、死神は語った。少年が気づいてもいないであろう集団は、誰もが液晶端末を掲げ“その瞬間”を今か今かと待ちわびている。
自分には何も関係ないことの筈だった。幾ら科学が発展したと言えども小さなレンズが己を捉える訳ではないし、はたまた目の前の少年に特別な思い入れがある訳でもない。ただ。ただ、「見知らぬ人の不幸」を肴に優越感を呑もうとする野次馬共の瞳は、不純な好奇心で薄汚れていて心底気色が悪かった。それだけの話。
無慈悲な死神の、年に一度あるか分からないくらい気まぐれな同情だ。
しかし紛れもない“死者からの言葉”であるそれは、他でもない自殺志願者の心に深く刺さる。
「君は、悔しいって思わないのか。何があったのか知らないし興味もないけど、僕と同じかそれ以下の印象しか抱いてない人達が、みんな君の飛び降りる瞬間を待ってる。自分が有名になる為だけにネットにあげて、“可哀想”なんて言葉ばかり。面白いものが見れたとしか思わないんだ」
それでいいの、と死神は問う。彼は実態を持たない死者である故に、人の温もりを直接に感じられる人間のことを憎たらしいほどに羨んでいた。
「悔しいならもう少し生きてみたらどう?死ぬことは諦めることだけど、逃げるくらいなら許されるよ。ちょっと学校休むとか、ちょっと好きなことやってみるとか。頑張りすぎていいことなんてないと思う。何より疲れるでしょ。
…待ってたんだよね。誰かが止めてくれるの。ほんとは死にたくないけど、追い詰められて来ちゃったんだよね。わかるよ。僕は、」
人を自殺に追いやった罪悪感で、天国に行けなかったから。言いかけて、口を噤む。現世の人間に過干渉してはいけないという規則をすっかり忘れていた。代わりに、青年の足元にある手紙を拾い上げる。涙に濡れたしわくちゃなそれを、役目は消えたと言わんばかりに丁寧に破って、空に放つ。
「あとは君次第、だよ」
「……っ、ぁりがとう、ございます…ッ」
「うん。頑張りすぎないように頑張れよー」
__身体に合わない大きな鎌と、胸元に光る銀時計。ショートパンツを履いた小さな死神は、同業者に広く名が知れているらしい。というのも、魂を狩る立場でありながら規則を破り、自殺予定の人間を諭して思い留まらせていると。明らかな違反者だと分かっていながら、その者に裁きを命じる者は誰もいない。言わば嫌われ役のヒーロー。不幸を生きる人間が救われるなら、彼は喜んで汚れ役を買った。
_そして今日も死神は、人間の輪廻を楽しげに操っている。
「さあ、明日はどこに行こうか」
テーマ:光織さんは、「永遠なんてない」から始まり「明日はどこに行こうか」で終わる短編を書いてください。