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第八話【恐怖】

「ぅ…………ん…………」


 額がひんやりと心地よい。手を伸ばして触れると、よく冷やされたタオルが乗っかっていることにわたしは気が付く。冷房の風も体に直接かからず、快適だ。


「あれ、わたし………………はっ!」


 いつの間にベッドに移動したのだろう。わたしは仰向けに寝かされていた。そして自分の格好を見て驚く。

 髪はドライヤーを使ってくれたのか、しっかりと乾いていた。顔もカピカピしていないことから、化粧水から乳液まで滞りなく塗られていることに気が付く──しかし。


「肌の手入れまでしてくれたのに……なんで」


 何故かわたしは全裸の状態に、バスタオルを巻き付けてあるだけの姿だった。流石に体に直接触れるのには抵抗があったのだろうか。


「……セバスさん」


 セバスチャンはわたしの足元、ベッドに突っ伏していた。否、寝ていた。壁掛け時計を見ると二十三時と少し前。

 とりあえず衣服を身に付けてから彼を起こして礼を言わなければ──と、わたしは身を起こした。


「……ん……おはよう、ございます」


 とろんとした目元。頬には寝間着の袖の跡がついていてなんとも可愛らしいセバスチャン。頭をふるふると軽く振ると、立ちあがりとことことキッチンへ向かう。戻ってくると盆に乗った麦茶の入ったグラス、それに足元に置かれていた私の下着と寝間着を差し出した。


「具合はいかがです?」

「お陰様で、わりと大丈夫です。あの……すいませんでした、ほんとに……色々と……」


 風呂場で、しかも裸でぶっ倒れるなんて恥ずかしすぎて消えてしまいたい。が、入浴中それ以上に恥ずかしいことが起こりすぎて、わたしの羞恥心のラインがもはや壊滅状態だ。何が恥ずかしくて、何が恥ずかしくないのか分からない。


「そんなにお気になさらないで下さい。どうぞこちらを」

「ありがとうございます」


 受け取った麦茶を一気に飲み干す──美味しい。


「ごちそうさまです。服もありがとうございます」

「いえ……勝手に箪笥を開けるのも憚られましたので、寝間着は先程ベランダから取り込んだものを御準備しております。下着は……その、出してあったものを……お持ちしました」


 気のせいだろうか。セバスチャンの頬に朱が差しているように見えるのは。少し伏し目がちだった顔をこちらに向けたので、わたしは体に巻いてあったバスタオルに手を掛けた。


「着ますね」

「えっ」


 白いバスタオルがはらり、と落下した。セバスチャンが手にしているワインレッドのショーツを受けとる。足を通し膝立ちになって履くと、次はブラジャーに手を伸ばす。


「あの……ほたる、さん?」

「なんですか?」


 ブラジャーを身に付け、膝立ちのままのわたしは、軽く髪を手ですきながら首を傾げた。肩にかかってきたなあ、そろそろ切らないといけない。


「いや、あの……えっと、」

「どうしたんです?」


 寝間着を受け取り、広げる。よく見るとセバスチャンの寝間着は、これこそパジャマと呼ぶに相応しいであろう、襟つきでフロントにボタンのついたものだった。シルバーグレイのそれは、なんとも彼に似合っていた。

 わたしの寝間着も似たようなもので、襟こそないが彼の着ているものと同じような色に、前ボタン。どうやら寝間着の趣味は似通っているようだった。


「ていうか執事ってパジャマ着るんですね」

「人が寝る時に寝巻きを着るのは当然のことです。それは執事であろうと同じことです」

「はあ……」

「そんなことよりも、ほたるさん……あの」

「もう! さっきから何なんですか一体?」


 痺れを切らし、思わず声を荒らげてしまった。消沈するかと思われたセバスチャンの瞳は、右に行ったり左に行ったり、めちゃくちゃ泳いでいた。


「えっと、」

「ちゃんと相手の目を見て、はっきり言ってくださいよ、執事さん!」


 ベッドに膝立ち、下着姿のわたしは、セバスチャンの寝間着の襟を両手で掴んだ。

 若干テンションがずれているのは、きっとお酒のせいなのだろう……か?眠っていたのにまだ抜けきってきないの……か?どれだけ飲んだんだろう、わたし。


「うう……ど、どうして、そんなに堂々と私の前で着替えたのです? 入浴中はあんなにも恥ずかしそうであったのに」

 

「………………え?」


「いえ、私としましてもその……御近所の迷惑にもなりますので、あまり騒がれないほうがいいかとは思うのですが。急に、その……堂々と全裸になられても対応出来ないというか、えっと……」


「は?」


「ですからその、服を着て下さい」


「んん?」


 おかしいな。わたし何を────…………





「きゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁッッむぅっ…………んーッッ! ッん! ……!!」





 久しぶりに女の子らしい声が出て、まずはそちらに焦るわたし。羞恥心のラインが壊滅状態だとは言ったがしかし、まさかセバスチャンの目の前で全裸の状態から服を着始めていただなんて。わたしは馬鹿か。きっと寝起きだったからおかしかったんだ、そうに違いない。でなければわたしはただの痴女だ。


「むーっ! んッ、んッ! んーんーッ!」


「ほたるさん、落ち着いて下さい! 痛い痛いっ!」


 これが落ち着いていられるだろうか。下着姿のままのわたしは、セバスチャンの右手で口を塞がれ、その上ベッドに押し倒されている。わたしの右手はセバスチャンの左手が封じ込め、生きている左手は彼の体を押し退けようと肩を叩く。



 あれ、わたし……



 セバスチャンのことが怖い──のだろうか。


 抵抗しジタバタとするも、その手を離し体を解放してくれるわけでもなく、更に強く握られる。先程美しいと見蕩れたその男の手は、今となっては恐怖の塊だ。流石のわたしも力では男に敵わない。


(離して──離して!)



 どうして、何故──という恐怖心。


「暴れては駄目です!」


「んッ! んッ! んーんーッ!!」


 ほら、やっぱり執事なんて嘘。始めからこうやって手篭めにするのが目的だったんじゃない。


 初めは違った。深く考えず、ただなんとなく寂しいから、という理由で家に上げた。でもあれは──あれはほんの気の迷い。ちょっと漫画のようなことを考えてみたかっただけ。本当にそれだけなのに──。



 怖い。



 こんな──こんな無理矢理抱かれるのは嫌。



 いや……いや……いやっ……!


 やだ……やだやだ、やめて……!




 目の端から涙が溢れる。信頼しても大丈夫なのかもしれないと、思いかけていた男に──犯されるのだという、恐怖。


「ほたるさんッ!」


 その涙に気が付いたのか、セバスチャンはわたしの口と右手を解放した。息を吸い込み大声を出してやろうとした、その時──。


「大丈夫です、落ち着いて下さい。何も致しませんから落ち着いて下さい」


「……え」


「こんな深夜にこれ以上大きな声を出してはいけません。御近所の迷惑にもなります。どうか、どうか落ち着いて下さい」


 早口にそういうとセバスチャンは、そのまま──仰向けにベッドに倒れるわたしの体を抱き締めたのだった。



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