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第二話【寂しい女】

アルファロメオジュリエッタ、格好いいですよね。乗りたい。

 何故この男を部屋に上げたのか。


 どう考えても怪しい要素しかないこのイケメン執事。一人暮らしの女の家に引き入れて、何をされるか分かったもんじゃないというのに──わたしは……。


 単純に外見が好みだったから……とか、空腹に耐えられなかったから……とか、そんなんじゃないんだと思う。多分──多分寂しかったから……なんだろうな。


 寂しかった──寂しかったから、誰かに傍にいて欲しかっただけなのかもしれないけれど。


 帰宅するといつも暗い、散らかった部屋。冷たいビールに不健康なコンビニ飯。一人で眠る湿り気を帯びたベッド。


 暗く、汚く、寂しい──そんな毎日の繰り返し。







 それなのに。








「ほたるさん、御味噌汁の味噌は合わせ味噌ですが、構いませんか?」


 キッチンに立ち、焦げ茶色のギャルソンエプロン姿のセバスチャンが、手早くうどんの水気を切りながら振り返る。


「あ、はい」


 ベッドの上で三角座りをしているわたしは、ベビーブルーのブラウスに、淡いグレーのタイトスカートという仕事着のままだ。汗もかいているから着替えたいけれど、この状況ではそれも憚られた。


 料理をする彼の背中が気になって、読書も捗らない。画面に映し出される「小説家になろう」のマイページにログインしたまま、スマートフォンのホーム画面に戻る。

 

「はぁ……」


 ため息一つ、画面からちらりと顔を上げると、廊下の先に山積みにされた「物たち」を見つめた。


 部屋の目につくごみ達は分別されていた。あるものは袋詰めにされ、またあるものは紐で縛られ、玄関付近からずらりと山積みにされている。読みかけの雑誌や本には御丁寧にしおりが挟まれ本棚へ。クリーニングカバーを外された服達は行儀良くクローゼットへと収納済み。



 どうしてこうなったのか──順を追って説明しよう。





「こんな時間に大声を出しては、ご近所の迷惑になりますよ? とりあえず中に入りませんか?」


 セバスチャンと名乗ったイケメン執事風の男は、何故だか当たり前のようにそう言った。


「待て待て……そう言って巧みにわたしを誘い込み、手篭めにでもするつもりですか? イケメンだからって、あまり調子に乗らないで下さい」

「……手篭め?」


 彼はその単語の意味が分かっているのかいないのか、こてんと首を傾げる。畜生、かわいい。


「私はただ、あなた様のお役にたてればと……いえ、立つつもりで参上したのですが」

「……どうだか」


 両手を上げ、無抵抗のポーズをとるセバスチャン。しかしわたしは警戒体勢を解かない。腰を更に落とし、握る拳に力を入れる。


「ふむ、どうすれば分かって頂けるのか」


 言って、続けて顎に手を当て考え込むポーズ。


「一人暮らしの女の部屋の前に待ち伏せして、執事になるとか……お役に立つとか……そんな急に言われても、信用出来ないですよ」

「……では、時間を掛けて説明をすれば、信用してくださる、という意味なのですね」

「な……はあ?」

「大丈夫です、ご心配なく。手篭めにするつもりなど、一ミリも御座いません。あなた様にお仕えすると決めた瞬間、性欲などというものはその辺に捨てましたから」

「なああああっ!?」


 何を言っているんだこの人は。わたし、完全にペースに飲み込まれているな。


 このままでは……!



──ぐううううぅぅっぅぅ



「ん?」



──きゅるるるるるるぅぅ



──ドスッ!


「ごふっ!」



 は……恥ずかしい! 穴があったら入りたい!


 初対面の男性の前で、まさかこんなにも盛大に腹の虫が鳴くなんて。思わず握った拳で自分の腹を殴るも、痛みを感じただけで恥ずかしさは消えなかった。


「お腹が空いているのですね。わかりますよ、こんな時間まで働いてらっしゃったのですものね」


 にっこりと微笑むと、セバスチャンはスーツケースの上に置いてあったエコバッグを持ち上げ、指を立ててそれを唇に添えた。


「夕食、御作りします。掃除もします。勿論見返りなど要りません。無報酬で構いません」

「そんなの、あなたに何のメリットもないじゃないですか」

「ありますよ。あなた様の傍にいられることが、私にとってのメリットです」

「ぐっ……!」


 もう、何なんだこの人は。この会話の間にも容赦なくわたしの腹の虫は声を上げ続けている。


「……もう! わかりましたよ! 献立はなんですか!」

「梅かつおうどんです」

「……梅かつおうどん?」

「はい。暑くなってきましたので、冷たいお食事をと思いまして。こんな時間ですから、消化に良いものを御作りします」


 あれ、葱は? 葱はどこに使うのだろう?


 トッピングかな……?


 そんなことを考えながらも、わたしは鞄の中から鍵を取り出し玄関扉を解錠。


「一つ言っておきますけど……」

「何でしょうか?」

「女の部屋とは思えないほど、めちゃくちゃ散らかっているので、引き返すなら今のうちですよ」

「腕がなります」


 わたしの決死の告白も虚しく、上着の袖をほんの少し捲ってにやりと笑うセバスチャン。


「全く……どうなっても知りませんよ」


 大きく息を吐くと、わたしは彼を部屋に招き入れたのだった。



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