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【完結済】26歳OL、玄関先でイケメン執事を拾う  作者: こうしき
第一部 owner&butler

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第二十話 【衝突する二人の男】

伏線張ってみました

「それで、一体これはどういうことだ」


 玄関先で一人放置されていた大家さんを部屋に招き入れ、三人揃って正座。始まったのはオッサンによるお説教だった。

 因みにセバスチャンは「またお風呂に入るので」と言って髪は濡れたままサイドでゆるりと結んでいる。そしてネイビーカラーのパジャマ姿だ。


「……誰も口を開かんのか」


 状況的に一体何から説明すればいいのかわからない。テーブルを挟み筋骨隆々なオッサンは、腕を組んで眉間に皺を寄せ、恐ろしい空気を放っている。下手なことを言えば拳が飛んできそうだ。


「よぅし、じゃあワシが指名した奴から順に説明をしろ。はい、セバさん」

「……私?」


 セバ、という謎のニックネームで指差されたセバスチャンはなんだか困惑気味だ。本当に私からで良いのですか?と確認を取ると、咳払いをして口を開いた。


「ほたるさんとお風呂に入ろうとしていたんです。そしたら、」

「なんだと!?」

「桃哉、黙れぃ」

「ッチ……」


 テーブルを叩いて立ち上がった桃哉を、大家さんが声だけで制した。桃哉が驚くのも無理はないと思う。まさかわたしもそこから説明するとは思ってもみなかったから……とんだ暴露大会だ。


 続けてくれ、と大家さんに促され、セバスチャンは口を開く。


「……少し物音がした後、再びインターホンが鳴ったので、おかしいなと思い脱衣場から廊下に出たのです。そしたら──桃哉さんがほたるさんに馬乗りになり、口を塞ぎながらめちゃくちゃおっぱ………………いを触っていました。頭に血が上ってしまい、蹴り飛ばしてしまいました。申し訳ありません」


 的確な説明であったが、おっぱい、と言うときにチラリとわたしの方を確認したのは何だったのだろう。口を挟めば大家さんに叱られかねないので、ひとまずは黙っておく。


「おじさま、大丈夫ですか?」


 セバスチャンの説明を聞き終えた大家さんは、頭を抱え下を向いていた。ぶつぶつと何か言っている──なんだ?


「ワシの息子、犯罪者じゃねえか……」

「お、おじさま……?」

「こりゃーまずいんじゃないのか……?」

「大丈夫ですよおじさま。確かに胸は触られましたけど、他は……何もされてません。わたしも桃哉のこと殴っちゃいましたし、おあいこです」


 迫り来る桃哉の手を払いのけて、こめかみまで殴り付け──しまいには指に噛みついたのだ。わたしだけ泣いて訴えるのはおかしいだろう、多分。そう思いセバスチャンに視線を送ったが、彼は剥き出しの敵意を桃哉に放ち続けていた。


「桃哉、血は止まった? 大丈夫?」


 止血のために差し出したタオルハンカチは、真っ赤に染まっていた。額の傷を確認しようと膝立ちになると、桃哉は「止めろ」と言ってわたしを拒んだ。


「この程度の出血で騒ぐなよ、お前らしくもない。格闘虫女の名が廃るぞ」

「……それはもう言わないって約束じゃん」


 虫女──ほたる、という名前のせいで付いたあだ名。からかわれ、吹っ掛けられた喧嘩を買い続け、いつの間にか“格闘”という名詞が冠のようにくっついていた──わたしの汚い過去。


「あれだけ強かったのになぁ、俺のことなんて殴り飛ばせばよかったじゃないか。それともあれか?やっぱり彼氏の入浴中に犯されるっていうシチュ……」


「やめろ」


「なんだよ、彼氏」


 わたしを挟んで両隣の二人が、睨み合っている。ピリピリとした空気に居たたまれなくなり、床に手をついて後退した。


「あなたを殴り飛ばさなかったのは、ほたるさんの優しさだということがわからないのか」


「優しさだぁ? こいつが? 何言ってんだ。お前こそ何もほたるのことをわかっちゃいねえよ」


 腕を組み、呆れ顔の桃哉は大袈裟に溜め息をついた。お酒が入った時にだけ現れる桃哉のこういう態度がわたしは嫌だった。


「なんだと」


 低い声でセバスチャンが凄む。こんな声、聞いたことがなかった。穏やかな彼からこんなにも黒い声が出るなんて、想像したことすらなかった。


「そこら辺の女に比べたら、確かにほたるは優しい奴だ。でもな彼氏、こいつは平気で人を殴るような、恐ろしい女だったんだぜ」


「平気で? そんなはずはない。彼女はいつも心を痛めていた」


「なーに知った風なこと言ってんだか……お前、本当にほたるの彼氏か? ほたるのこと、何もわかってないじゃないか」


「……うるさい」


「聞こえねえよ! 証拠見せてみろ証拠。この場で何かやってみろよ! なんならキスの一つや二つくらい……」


「桃哉!? あんた……!」


 あんたいい加減にしなさいよ、と言いかけたところで、セバスチャンにぐいっ、と肩を掴まれ──抱き寄せられた。


「セ……セバ……セバス、さん?」


 桃哉と罵り合っていたままの、少し怖い顔のままのセバスチャン。ごくり、と唾を飲み込み、わたしの瞳の奥をじっと見つめている。


「どーしたんだよ彼氏、ささっとしてみろよ。俺がほたるにしたようにさ」


「ッ……このッ……!」


 鋭く光る瞳が、固く結ばれた唇が、わたしに迫ってくる──本当に、本当にこのまま────









「いい加減にせんかっ!」



 大声で怒鳴った大家さんが、男二人の後頭部に拳骨をお見舞いした。


「ってえ……何すんだ親父!」

「それはこっちの台詞だ馬鹿者ッ!」

「何だと!」

「全く……いくら酒が入ってるからといっても、調子に乗りすぎだ。この大家 銀治郎、男としても親としても恥ずかしいぞ!」


 大家さんはもう一発桃哉の後頭部に拳骨をお見舞いすると、息子の首根っこを掴んで立ち上がった。


「ほたる、セバくん、すまんかったな。馬鹿息子が迷惑をかけた」

「大丈夫です、気にしないで下さい」


 深々と頭を下げるおっさんの姿は、なんだか痛々しく、惨めに見えた。

 

「野菜、ありがとうございました」


 頭を下げて言うと、申し訳なさそうに片手を上げた大家さんは、ズルズルと桃哉を引きずりながら玄関へと向かう。


「親父、俺の話は聞かねえのかよ」

「加害者の話を聞く気などないわ!」

「ちぇ……」


 不意にわたしの腰に何かが触れた。視線を左下に落とす。


(……セバスさん)


 セバスチャンの腕がわたしの背中を這い、腰に回されていた。ぎゅっと体を抱き寄せられ、左手は固く握りしめられている。


「ほたる!」


 玄関先で振り返った桃哉が叫ぶ。


「なに」


「……ごめんな」


「いいよ、別に」


 ぽつりと返したその言葉は、本当はただの強がりだった。きっとセバスチャンが手を握って──抱き寄せてくれていなかったら、わたしは、きっと──。



大家さんの名字は「大家」なんです。だから桃哉のフルネームは大家 桃哉です。

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