第十八話 【侵入者】
エツハシフラク先生、ご協力ありがとうございました!
結局のところわたしは、セバスチャンに何も聞けず終いだった。
樹李さんと別れ、部屋に入って早々に「さっきのは冗談ですよね?」と、セバスチャンの背に声をかけた。
「勿論ですよ」
「……ですよね」
彼は笑顔で即答。即答されてなんだか心の奥の方がもやもやしたが、この複雑な気持ちは一体何なのだろうか。
部屋に上がり「おかえりなさいませ」と、言って頭を下げた彼の背に続いて、わたしも部屋に上がる。
「チャーリーさん、乾きましたかね」
なんて言いながらベランダに出て、洗って干されたふわふわのカエルのぬいぐるみを反転させる様はなんとも滑稽だった。
*
昼食にセバスチャンお手製のクリームパスタを揃って食べた。たっぷりのたらこと海苔が麺によく絡む。生クリームにピリッとした柚子胡椒のアクセントが絶妙で非常に美味だった。
(麺類率高いな……好きだからいいんだけど)
セバスチャンも麺類が好きなのか、満足そうににこにことしながら、あっという間に平らげてしまった。
午後からは細かいところの掃除をすると言うので、わたしはベッドの上に待避し「小説家になろう」のブックマークページを徘徊する。
エツハシフラク先生著"そとづら悪魔とビビり天使"
完結済で何度も読んだ作品だ。今のわたしが読むのにはぴったりな内容だと思う。がっつりな恋愛小説は、とてもじゃないけど今は読める気がしない。
(ああ、クレープ食べたいなあ)
お昼ご飯を食べ終わったばかりだというのに、どうしてもクレープが食べたい。気が付けばクレープのレシピやら、きらきらと眩いクレープの画像検索をかけていた。執事さんにお願いしたら、作ってくれるだろうか──?
(なに考えてるんだろう、わたし……)
甘えすぎだ。このままでは依存してしまう。昨日出会ったばかりの謎の男に、何を期待しているのだ。
「……馬鹿みたい」
スマートフォンを床に放り投げ、枕につっぷした。
「……さん、ほたるさん」
いつの間に眠ってしまったのだろう。肩を揺すられ目を覚ます。ぼんやりと目を開けると、目の前にセバスチャンの顔があった。
「セセセセバスさん近いです!」
「すみません、なかなかお目覚めにならなかったもので、つい……」
「……あれ、今何時……?」
「十八時です」
壁掛け時計に視線を投げて驚く。セバスチャンの言う通り、時計の針は十八時を少し回ったところだった。
「わたし……寝過ぎですね……」
ぐちゃぐちゃになった髪を撫で付けながら、セバスチャンに頭を下げる。何時間寝てたんだ、わたし。
「御出掛けもしましたし、御疲れになったのでしょう」
どうやら夕食も出来上がっているようだった。いつの間にか枕元に置いてあった部屋着に着替え、食卓についた。
ここまでは至って普通だった。
こんな日々が今までずっと続いてきたかのように、当たり前のように過ぎる時間──。
お風呂に入って寝るまで、こんな時間が続くのだろうと思っていた。いや、正確に言えばそこまで考えてはいなかった。
だから──。
「ほたるさん、入浴についてなのですが」
食器を片付け終えたセバスチャンは、お風呂の湯が沸いたタイマーが鳴ると同時に、わたしの目の前に正座をした。
「なんでしょう?」
「今日も一緒に入りますか?」
「ぶはっ!」
食後に淹れてもらったお茶を吹き出しそうになる。これでは昨日と同じではないか。
「今日はセバスさんにかからなくてよかったです……」
「私はかけてもらっても大丈夫ですよ?」
微笑みながら言うことじゃないでしょそれ、とこぼすと、彼はイタズラっぽく笑った──可愛い。
「で、お風呂……? 一緒に? なんでまた?」
「いえその……わ、私も進んで一緒に入りたいという訳ではないのですが、どうせまた昨日と同じように揉めてしまうのでしょう? だったらもう始めから双方折れて、毎日一緒に入れば問題ないのでは?」
「……どうせって……まあ、確かに」
いや、確かにじゃないだろう、わたし。気をしっかり持て。問題ないわけないだろうに。
(また昨日みたいなことが起きたら……)
「ほたるさん、顔が赤いですが大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です!」
言い終えるとわたしは立ちあがり、そそくさとバスルームへと逃げる。待って下さい、と言いながら後ろをセバスチャンが追ってくる。
「一緒に入るのはいいんですけど……その、やっぱり服を脱ぐときは……」
「背中合わせですね、承知しました」
くるりと背を向けたセバスチャンは、早々に服を脱ぎ始める。この人どんだけ早くお風呂に入りたいんだ。
わたしがトップスの裾に手をかけたその時だった。
──ピンポーン
玄関のインターホンが鳴った。こんな時間に誰だろうか。
「出てきます」
わたしの肩に手を置いたセバスチャンは、下着姿で向かおうとする。
「いやいやいやいやセバスさん!?」
「はい?」
「駄目です、その格好は!」
「しかし、御客人を待たせてしまいます」
「わたしが出ますから! まだ服着てますし、そっちのほうが効率がいいです」
「しかし、」
「セバスさんは先に入っていて下さい。いいですね」
半ば強引に言い放つと、わたしは玄関へと向かう。お風呂の折り戸が閉まる音が聞こえたので、セバスチャンは言いつけ通り先に入ってくれたようだった。
(今……二十時半か。誰よ、こんな時間に……)
再びインターホンが鳴る。いつもなら誰が来たのか、確認をしてからドアを開けるのだが、再三鳴る「ピンポーン」の音に苛立ったわたしは、不機嫌な表情を張り付けたまま、ドアを開けた。
「はいはいどちらさ……」
「よう」
手にはスーパーのビニール袋を下げていた。真っ赤なトマトが透けて見える。これは家庭菜園でこいつのお母さんが作っている野菜だ。時々こうやって持って来てくれるのだが、その役目はこいつではなく、こいつのお父さんの役目だったはずなのに。
「……桃哉」
どちらかといえば明る目の、短い茶髪。人懐っこい猫のような目元に、緩く弧を描いた唇。
Tシャツに丈の短いショートパンツ姿の桃哉が、にやにやと笑みを湛えながら、玄関ドアを開けて部屋の中に入って来た。




