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【完結済】26歳OL、玄関先でイケメン執事を拾う  作者: こうしき
第一部 owner&butler

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第十六話 【不釣り合い】

 わたしには一つ懸念があった──セバスチャンの外出時の服装である。寝る時以外、家にいる時には常にあの燕尾服姿。屋外に買い物に出るのに、まさかあの服で出ることはないだろうと……思いたい。あれじゃあ目立って仕方がない。


「さあ、参りましょうか」


 そんなわたしの心配をよそに、セバスチャンの服装は燕尾服よりかはまともであった。ジャケットを脱ぎ、ネクタイにベスト姿。長い三つ編みは解いて一纏めにし、頭の低い位置でお団子にしていた。


(うーん……)


「ほたるさん?」

「ちょっと待ってください、着替えます」


 今のわたしは胸の下に切り返しの入った、パールホワイトのチュニックに、ネイビーのショートパンツ姿だ。セバスチャンのこの服装に対しては不釣り合いである、という自己判断を下し、クローゼットの戸を横に引いた。


「どうなさったのですか?」


 そんなわたしの背に、心配そうに声をかけるセバスチャン。クローゼットの中からわたしが一着のワンピースを取り出し後ろを見やると、彼はサッ、と後ろを向いた。


「これでいいです。さ、行きましょう」


 淡いベージュのフェミニンなショートワンピースだ。これならば彼の隣を歩いても大丈夫だろう。







 結論から言えば、大丈夫ではなかった。


 わたしの愛車、アルファロメオ ジュリエッタちゃんに乗り込み(運転はわたしがしたが、セバスチャンはまさかの外車に驚いていた)、スーパーへと向かった。

 

 日曜日のお昼前のスーパーはそれほど混んでいなかったが、買い物カートを押し建物内に入り並んで足を進めた直後。


「え……?」


 すれ違う買い物客が、次々に振り向いたのだ。何事なのか、顔に何かついているのかと、わたしが振り向く人々に視線を投げると、皆一様にセバスチャンを見つめていた。


(セバスさんの顔に、何かついているのか?)


 じっ、と彼の顔を見るも、それらしいものは何もついていない。


(おかしいなあ、何だろう……?)


 化粧の少し濃い、50代くらいの御婦人が正面からカートを押してくる。すれ違いざまに頬を真っ赤に染めると御婦人は「まあ、なんてイケメン……」と惚けた声で言い、立ち止まった。そしてセバスチャンの隣にいるわたしの顔を見ると、あからさまに不機嫌そうな顔になり、舌を打ったのだ。



「なんであんな子が」



 攻撃的な御婦人の発言に、わたしは身を縮めてしまう。その後何度か同じ目に合った。わたしを見て鼻で笑う人もいたが、悪態を吐いたのはその御婦人一人だけだった。




「ほたるさん、どうかされましたか?」


 スーパーからドラッグストアへ移動する車の中で、セバスチャンが不思議そうに問うてきた。


「いえ、大丈夫……です。何でもありません」

「そうですか? 顔色が悪いですよ?」

「大丈夫です。少しお腹が空いてきただけです」

「それならば何処かで食事をとりますか?」

「いえ、大丈夫です……」


 スーパー内を並んでいただけであんな仕打ちを受けたのだ。カフェやレストランに入りでもしたら、人の視線で死んでしまいそうだった。


 そうこうしているうちに、車は近くのドラッグストアへと到着する。ここでは消臭スプレーを買うという、重大な任務があるのだ。

 セバスチャンの目を盗んで、そっとその横から離れる。トイレ用品コーナーを徘徊し、何の香りのスプレーにしようか選び決める。


 手に取った、次の瞬間だった。


「ほたるさん」

「セ……セバスさん!?」


 肩を叩かれ振り返る。心配そうに少し眉を下げたセバスチャンが、そこにいた。


「駄目じゃないですか、一人で何処かに行っては」

「わたしは子供ですか!? 大丈夫ですよ、ドラッグストアで迷子になんてなりませんよ」

「迷子というのは、自覚もなくなるものなのですよ」


 そう言って彼は何故か──わたしの左手を握った。


「……セバスさん、これは?」


 握られた手を睨みながらわたしは訝しげに言った。思っていたよりも大きく、硬い手だった。小さなわたしの手を包み込む、長くて骨ばった指。


「迷子を防ぐためには、これが一番です」

「……この状態で買い物をしろと?」

「はい」


 セバスチャンはずんずんと足を進める。レジの前まで到達すると、唐突にわたしの方を向いた。


「買い忘れはございませんか?」

「ええっと……」


 腕を組み思案する。そういえば化粧水の予備がなかったような気がする。幸い今日はポイント二倍デーだ。家に予備があったとしても、買って損はないだろう。


「化粧水を買いたいです」

「聞いて良かったです。では参りましょう」




 結論から言えば、良くはなかった。


 化粧品コーナーには20代そこそこの可愛らしい女子が二人、並んでネイルを物色していた。この色が可愛いだの、あの色が流行りだの、周りのお客に構うこと無く大きな声を出している。近付いてきたわたしたちに気が付くと、ロングヘアーの巻き髪の女子がセバスチャンを見て驚いた声を上げた。


「うわ……超イケメン……! カナコ、見て見て! 超イケメンがいる!」

「はあ? こんな田舎にそんなイケメン………………マジで! 超イケメンじゃん!」


 彼女達は、キャッキャと声を上げながらセバスチャンの姿に見入っている。が、カナコと呼ばれたストレートヘアーの女子が、わたしの存在に気がつくや否や、「はあっ?」と不満げな声を出した。


「なに、あの隣の。あれが彼女?」

「ないわー。あたしのほうがまだマシだわ、意味わかんねー」

「手ぇ繋いでるんだけど! 子供かよ!」


 あからさまに、こちらに聞こえるようにわざと声を張り上げたようだった。わたしが自分の容姿に自信があって、「そんなことない!」と胸を張れるのであれば、無礼な若者達を叱責していただろう。


 しかしわたしは、張る胸はそれなりにあっても、肝心の自信が全く無いのである。


「セバスさん……?」


 繋ぐわたしの手に力を込め、セバスチャンはその手を彼女達に向けて突き出した。彼のまさかの行動にギョッとした二人組は、一瞬たじろいで後退する。


「なんだよ、イケメン……」

「これは、迷子防止のために繋いでるのです」

「は、はあ? 迷子?」

「なんてね、嘘です。つまらない理由をこじつけて、私がただ彼女と手を繋ぎたかっただけなのです」

「なんだそれ、惚気かよ」

「その通りです。あなた達にも、こうやって手を繋いでくれる殿方が見つかりますように」


 そう言ってにっこりと微笑んだセバスチャンは、わたしの手を引き颯爽とレジへと向かったのだった。



 ああ、そうそう。結局、化粧水は買い忘れたんだけどね。




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