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【完結済】26歳OL、玄関先でイケメン執事を拾う  作者: こうしき
第一部 owner&butler

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第十三話 【疑いの目】

 違う。そうじゃないんだセバスチャン。誰がご丁寧に挨拶をしなさい、と言ったの。それにセバスチャン・クロラウトって何?セバスチャンって偽名だってことはわかりきっていたけど、仰々しいファミリーネームだこと……。


 ちらりと彼の顔を盗み見たが、なんだろう、この違和感。



(あ……隈?)



 昨日出会った時にはなかったはずの隈が、目の下にくっきりと現れていた。



(ひょっとして、同じ布団で緊張なり興奮なりして、寝られなかったとか?)



 まさかそんなはずは。性欲など捨て置いたと言っていたし──まあ、その言葉に反して、体の方は敏感だったみたいだから、なんとも言えないんだけど。



「セバスチャン・クロラウト!?」

「はい」

「外国の人だったのか!」


 大家さんは多分アホだ。きっと脳みその方も体と同じで、ごりごりの筋肉で出来ているんだろう。

 鼻も高いし背も高いけれど、セバスチャンの顔立ちはどう見たって東洋人だ。


「凄いなあ、日本語上手いなあ」

「ありがとうございます」


 うちの大家さんはこの通りアホだが、非常に面倒見が良い。外廊下に蜂が巣を作っただとか、家に退治できない虫が現れただとか、蛇口の水漏れだとか、ヘルプの電話をするとすぐに駆け付けてくれる。頼りになるオッサンなのだ。


 大家さんとセバスチャンは他愛もない会話を済ませたのか、じっとわたしを見つめていた。


「えっと……?」

「いやあ、すまん! 顔を見るとつい思いだしてしまうな! あの綺麗な乳!」

「だから! もうやめて下さいって!」


 どうして朝っぱらから乳って連呼されなければいけないんだ。セバスチャンを見ると、彼は何故か正座の体勢から三角座りになっていた。何故?


「……セバスさん?」

「大丈夫です……」

「耳、赤いですよ?」

「大丈夫です!」


 あれ、後ろを向いてしまった。まあいいか、放っておこう。


「それで大家さんは何の用で来たんです?」

「あー、忘れとったわ。実はな、騒音のクレームが入ってな」

「騒音?」

「ああ。昨日の夜だ。『風呂に入っている男女が、イチャイチャしながら騒いでいるような声がうるさい』って電話がかかってきたんだ。『多分三◯三号室だ』という情報付きでな」


「「うっ……!」」


 わたしが声を発すると同時に、セバスチャンの肩もびくりと跳ね上がった。不味い。


「ほほう……そういうことか、ほたる」

「ええっと……」

「久しぶりの彼氏だからと浮かれて風呂場でイチャイチャして、そのままエッチして裸で寝てましたってか!」

「違います! 久しぶりの彼氏でもないし、そもそも彼氏でもないし、エッチもしてませんッ!」

「ぶはっ!」


 バンッ、と大家さんがテーブルを叩いたので、わたしもつられてテーブルを叩く。終わりかけの食事の入った器たちが、小さくジャンプした。


 言うまでもないが、吹き出したのはセバスチャンだ。


「ああん? 彼氏でもないやつと、何で風呂に入るんだ?」


 この見た目で、ドスの効いた声ならば怖いのだが、大家さんは実にアホっぽい声を出しながらセバスチャンを睨んだ。


「ええと、私?」

「そうだろ。エッチしてないって言うんなら、にーちゃんも否定してくんないと」

「あれ、大家さん信じてくれるんですか?」

「このにーちゃんの返答次第だ」


 何故大家さんがここまで執拗に問い詰めるのか──それは。


「してません、断じて」

「ほう」

「お互い一番風呂を譲り合ったのですが、どちらも折れず、結果的に一緒に入ったまでです。やましいことはありませんでした」

「ふむ」


 ──大家さんはわたしの幼馴染みのお父さんだから。


 このオッサンはオッサンなりに、わたしのことを心配してくれているのだ。





 もう一度騒ぎを起こしたら家賃は二倍、セバスチャンが彼氏なのかどうかについては深くは聞かない。


「──お前たちにも事情があるんだろうからな」


 そう言って大家さんは口を結ぶと立ちあがり、スタスタと玄関へ向かった。


「あの、大家さん」

「なんだ」


 サンダルに足を通す背に、わたしは声をかける。


「……桃哉(とうや)には黙っておいてくれますか?」

「なんだ、知られたら不味いのか?」

「……面倒なことになるのが嫌なだけです」


 振り向いたオッサンは、「おお、こんなところにあったのか」と言いながら、額の上に乗せていた老眼鏡をズボンの尻ポケットに突っ込んだ。


「多分それ、割れますよ」

「忘れんわ、大丈夫だ」


 じゃあな、ご馳走さん、と手を振ると鼻歌混じりに大家さんは帰っていった。



「はあ……すいませんセバスさん。騒がしい人で」

「……」

「セバスさん?」


 まだ朝食の香りの立ち込める室内で、燕尾服姿のセバスチャンは拳を握りしめ、揺れる瞳でわたしを見つめていた。


「ど、どうしたんですか?」


 まさか大家さんが怖かったとか?いやいや、流石にそれはないだろう。でもなんだろう、何か言いたげなあの瞳は。


「──誰、ですか」


「え……?」


「桃哉って、誰ですか」




 どうして──どうしてそんな顔をするの?


 どうしてそんなにも、辛そうな──苦しそうな顔をするの?




 わたしが何も言わないままでいると、セバスチャンはずいっ、とわたしとの距離を詰めてきた。



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