鏡の中の虚像 "Through the Looking-Glass"
「──いたっ」
床に叩きつけられた。
……床に叩きつけられた?
「ここは……」
森じゃ、ない?
どこだここは?
かなり広い。『レッドクイーン・スルー・ザ・ルッキンググラス』と戦った広間……でもないな。なんとなく玉座の間っぽいがハートの女王と戦った場所よりも狭い。
奥には玉座とおぼしき豪華な椅子が二脚。ハートの女王の間では一つしかなったし、明確に違う点だ。
それに、壁や玉座、照明など全体的に異様に揺らめいている。空間ごと揺らいでいるかのように一定しない。
色調や雰囲気はバッキンガム宮殿そのものなんだが……
「えぇ……まだクリアじゃないのかよ……」
立ち上がって周囲を観察。
とりあえず、目につくのは俺の真後ろに倒れている罅割れた鏡と、部屋の中央にいる小さなトカゲに羽をつけたような何かだ。
「うーん……」
まだ続いていると考えると、この場にも意味があるのか。
この場が示しているもの……思い当たる節がないでもない。
そもそも、明確に『ハートの女王を打倒せよ』が始まったのは構造的にありえない広さの部屋に入ってからだ。
恐らく、この時点で想像の世界に取り込まれていた。
確証はないが、今いるこの場所は本来のバッキンガム宮殿の玉座がある部屋なのではないだろうか。この部屋自体が揺らめいているのはクリア直前にある証。夢と現の狭間にあることを示しているとかそんなところだろう。
クエスト的には今までは夢の世界。そして現実に戻ることがクリアとするなら、今は寝ぼけているとでもいったところか。
クリアまであと一歩ということだ。
「とりあえず、鏡は通り抜けられたのか」
割れてるけど。
砕けてこそいないものの、派手に罅が入ってる。
ウィンドウに示されているのは"想像を映さぬ姿鏡(破損)"
名前から『???』がなくなっている。ドンピシャだったのか、それともプレイヤーが提示した名前になるという仕様なのか、俺が言った通りのものだった。
で、それはそれとして(破損)が気になってしょうがない。
「……」
まあ、もう使わないだろうしいいか。割れたのが通り抜けたあとでよかった。
……でも、直せそうならどっかで直そう。
とりあえずそのまましまう。既に所有物扱いだったので問題なくしまえた。
「で、だよ」
次の問題。
あのトカゲもどきをどうするか。
数メートルに達した巨体は見る影もないが、まず間違いなくあれがジャバウォックだろう。焼け焦げた鱗とかわりとさっき受けたダメージ引きずってるし。というかジャバウォックじゃなかったら謎すぎる。
十中八九、完全クリアの最後の条件はこいつを倒すことだろう。
ただ、踏み潰せるくらい小さい。本当にトカゲ並みだ。新種のトカゲといわれても信じるレベル。……いや、どうかな。サイズはともかく羽生えてるトカゲは信じないかもしれない。
随分矮小化したものだとは思うが、現実が近づけば夢や想像なんてそんなもの、ということか。
世知辛いというかロマンがないというか、フィクションやってんのに想像否定するのやめない? 素直に議論云々でお茶を濁しておけばいいものを、何考えてこの設定にしたの? わざわざ深読みして解いた俺がいえるものでもないけどさ。
でもこれで正解ってことは、深読みしなかったら失敗扱いだったんだよなあ。……いや、もしかしたら別ルートの正解があるとか言い出すのかもしれないな。ていうかめっちゃありそう。
「ディレイ・セットアップ」
そんなことを考えつつ魔法を設置していく。
踏み潰して終わりでもいいんだけど、それじゃ寂しいし。あと中途半端な大きさも相まって精神衛生的に踏み潰したくない。アリとかならともかく、トカゲサイズの動物とかエネミーってわかってても勘弁だわ。
「……やりにくい」
魔法を設置しようとして場所の調整に失敗。詠唱の済んだ魔法を一度捨てる。
今回は地面に設置しているから高度判定的な意味で宙でやるより楽なんだが、場所が悪い。
さすがに床は固定されているとはいえ、壁やアンティークがことごとく揺らめく。距離感がめちゃくちゃ掴みにくい。ていうか酔いそう。
いっそのこと素直にファイア・ボール叩き込んでやろうかと思わないでもないけど、それじゃ派手さが足りない。
ここまで苦労したんだし、もっとこう、ほしいじゃん。
「ディレイ・セットアップ」
最初からやり直し。
今回は長めに時間を設定しミスしてもリカバリーできるようにした。
MP回復薬を飲みつつ歩いて次の設置場所へ。
詠唱開始。
「ディレイ・セットアップ」
二つ目。
……どうせだから録画モードオンにしとくか。
カルシナの、というか大抵のVRゲームの録画、撮影モードの仕様は共通だ。
まず、アイテムを使わない限り自分視点の映像になる。第三者視点で自分を映すとかはできない。当然自撮りも不可。
また、映る範囲内に特別判定がなされ、例えわずかであっても他プレイヤーが映っていた場合はゲームから持ち出せず、ゲーム内で他人に譲渡したり送信したりすることもできない。さらに、自分のウィンドウに映した映像を他人に見せることはできるが、他者のウィンドウを撮影することはできない。
個人情報保護仕様の一つだ。特に四大ゲームはリアルそのままの外見が多いためそのあたりはかなり厳しい。
なので、こうやって撮った映像はいつかセンカあたりに自慢兼煽りをするために使おうと思う。
……いや、秘匿した方がいいか?
「ディレイ・セットアップ」
うーん、迷うな。まあ決めるのは終わってからでもいいか。
というか、今回置き去りにされた復讐にセンカを煽りさえできればそれでいいから、別にこの映像にこだわる必要もない。
揺らめきまくってるとはいえ一応はバッキンガム宮殿っぽいし、撮っておいて損はないだろう。たぶんこれのモデルは現代のバッキンガム宮殿じゃなくて1865年の方だし。
あ、鏡の国のアリスを考えるとそうでもないのか? 鏡の国のアリスの刊行年が1871年だから……もしかしてクエスト更新のときに年代も更新された?
「ディレイ・セットアップ」
うん、わからん。
まあどっちにしても貴重な映像であることに変わりはない。あくまでカルシナ運営がその年代をモチーフにしてモデリングしただけだとはわかっているけど、これだけのクオリティがあれば本物でなかろうと価値がある。
学術的には知らないけど、見る分には楽しいし。
「ディレイ・セットアップ」
それにしても、複雑なクエストだった。
仮想都市ロンドンから始まり、年代の特定。モデル元の特定。ほとんど見てるだけだった戦闘。置き去りにされてクエスト更新、再度モデル元の特定。戦闘。またもやクエスト更新、謎解き。
最終的に不思議の国のアリス、鏡の国のアリス、ジャバウォックの詩という全てのモデル元に共通する本質を見出す羽目になった。
大体、ジャバウォックの正体とか史実の研究でも決着ついてないんだぞ? なんでそんなもんの独自解釈を出すかね。ほとんど史実の情報だけで、カルシナ側から出されたヒントとかクエストタイトルの"鏡の中の真実"くらいじゃねえか。
解けねーよ。
三作品が想像の無価値さを示している、現実に戻ることこそがクリア条件って結論に辿り着けたのほぼ奇跡だぞ。
……カーディナルクエストっていうのが全部このレベルだっていうなら、本腰入れて対策を練らないといけないかもしれない。
「ディレイ・セットアップ」
ラストワン。
うん、上手くいった。
余裕を持ったせいで少し時間が余ったが、まあ大丈夫だろ。
設定上の"現実"に戻りかけているせいか、ジャバウォックもさっきから身じろぎする程度で移動してないし。
「ふぅー……」
それにしても、まさかジャバウォックをこういう使い方してくるとは。
たしかに原作におけるジャバウォックが正体不明だからこそ色んなゲームや作品で怪物として好き勝手に使われている面もあるが、だからといってわざわざ正体不明の部分にスポットあてるか、普通。
こういうタイプの使われ方は想定外だった。謎解きのギミックそのものにしてくるとは、カルシナを少しなめていた。
史実を基にしたクエスト、カーディナルクエスト。
苦戦も苦戦。すさまじく苦しめられた。いや、本当に。あとわずかでも知識が足りなければ詰んでいただろう。要求してくる知識が広すぎる。
本当に、手強かった。
「でも、これで終わりだ」
年代級神格種"ジャバウォック"
不思議の国のアリス、鏡の国のアリス、ジャバウォックの詩と三作品に連なるカーディナルクエストの主敵にして、カルシナの独自解釈における想像の具現化。
三作品の象徴たる最大の敵。
正体不明の怪物。無意味の怪物。言葉遊びで生まれた怪物。
鏡の中、夢の中、想像の中に描かれたもの。
形すら定かではない、意味をもたないもの。
現実には存在しない、物語の中の詩編に謳われた、人による虚構の結晶。
意味がないことに意味があった。
無意味の意味を暴いた先にこそ、その怪物の本質は存在した。
六点が発光し、その光が魔法陣を形作る。
描かれた魔法陣は強烈な輝きを発し──
「──さようなら、鏡の中の虚像」




