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鏡の中の虚像 16

 

 "年代級(エイジ)神格種(マイソロジー) ジャバウォックと遭遇しました"


 ログが流れる。

 しかし、それどころではない。

 地面のチェス盤化とは比べ物にならない。いきなり景色そのものが砕け散って森が現れたのだ。クイーンはクイーンで歪んだかと思えば急にドラゴンとトカゲをかけ合わせたような巨大な怪物に変貌するし、なんなんだこれは。

 ついていけない。状況が把握できない。

 つーかさ、仮想都市ロンドンに引き込まれたときといい『赤の駒と不思議な鏡』に更新されたときといい、今回といい、なんでもありにも限度があるだろ! ゲームだからって説明なしでいいと思ってんのか!


「ふぅー……」


 一通り内心で不満を吐き出してすっきりした。

 さあ、切り替えろ。今すべきは現状把握だ。巻き込まれた以上もうどうしようもない。流れに乗る以外選択肢がないのだ。

 で、年代級?

 たしか神格種の序列は弱い順に十年級(テンス)年代級(エイジ)古物級(ヴィンテージ)骨董級(アンティーク)……以下略だったはずだから、下から二番目ってことか?

 つまり、クイーンの正体が年代級神格種ジャバウォックだったと。


「うん、わからん」


 なに? 年代級っていうのはゲームの舞台を変えるほど強いの?

 いや、ただのギミックだよね? ジャバウォックに周囲を森に変える、みたいな伝承なかったと思うし。

 そもそもジャバウォォォォッッ!?


「――っっ!!」


 振るわれた腕を飛び退いて全力回避。

 体高は3,4メートルくらいか。トカゲを巨大化して竜の翼を植え付け、さらに手に長い爪を生やしたような姿。

 基本姿勢が四つん這いな上、特徴的な顔と吸盤のようにぺたぺたしている手足も相まって爬虫類感が強い。心なしか鱗も薄いし、はっきりいってドラゴン感はない。

 直立で立たないとドラゴンっぽさって出ないものなんだな。すさまじくどうでもいいことを学んだ。

 と、そんなことを考えている俺の眼前を通過した太い腕はそのまま近くの木にぶつかり、あっさりと叩き折った。


「うわお……まじかー」


 攻撃力やばくない? 直撃したら一撃死確定じゃん。ていうか掠めただけで死ねるレベルだわ。

 さーて、これどうするか。


「ウィンド・アクセル」


 ジャバウォックに背中を向け、魔法発動。

 ありていにいえば逃げた。

 いやだって無理無理。少なくとも考える時間がほしい。

 ここは森だし、上手く逃げれば距離を稼げる。


「っ!」


 巨体が音を立てて追ってきているのがわかる。振り向くと、邪魔な木を体当たりで折りながら迫ってきていた。

 こっわ!

 見た限り基本速度は俺より上。でも木に邪魔されてるせいかそこまで速くはない。ウィンド・アクセル連発してれば逃げ切れる。

 問題はむしろ、コースを上手く設定しないと俺自身が下生えの植物に足を取られたり木にぶつかったりしかねないことだろう。


「ウィンド・アクセル!」


 とりあえず逃げる。全力で。





 足音が遠ざかって随分経ってから移動を止める。

 もう足音は遠ざかるどころか聞こえないし、俺を追うのを諦めたか見失ったか、そうでなくとも相当の距離を稼げただろう。霧があればましだったが、変貌と共に消え去ってしまった。

 そして、移動を重ねたことでわかったことがある。

 変貌したのは宮殿の敷地だけじゃない。明らかに敷地外に出るほどの距離を走ったにもかかわらず目に映る景色は森のままだ。

 これ、仮想都市ロンドン全域が森になったか、もしくはまた別の舞台に引き入れられたな。


「はぁ……」


 色々巻き込まれすぎだろ、今日は。

 クエストも勝手に更新しやがって。(ギミック)を解いた後に新しい謎ぶち込んでくるのやめろ。せめて挑戦するかどうかの選択肢くらいよこせや。なんで強制的に解かざるをえない状況に持ち込むんだよ。


「いっても仕方ないか……」


 それよりクエストクリアの方法を探らないと。

 まあ、十中八九ジャバウォックの打倒だろうが。

 鏡の中の真実――つまり、クイーンを鏡に映して暴いた真実の姿たるジャバウォックの打倒こそがクリア条件ってところか。

 たださあ……


「アレ、俺が倒せるスペックじゃなくね?」


 ハンティング・ウルフ(超越種)に近しいものを感じたぞ。一応大火力手段は用意してきたが、それでどうにかできるかは微妙だ。

 そもそも、これだけ面倒かつ複雑な作りをしているカーディナルクエストが、最後の最後で力押しみたいな解決手段を許容するのか?

 倒し方に制限があるとかそういう方が納得できる。

 納得できるのだが……


「ジャバウォックの倒し方ねえ……」


 まず大前提として、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 いや、この言い方には語弊があるか。

 より正確にいうなら、ジャバウォックは鏡の国のアリスに直接は登場しない。

 鏡の国のアリスの序盤に出てくる書物の中にある詩『ジャバウォックの詩』に出てくる正体不明の怪物だ。

 その描写は詩の中にしかない。鏡の国のアリス本編にジャバウォックという怪物本体が出てくることはないわけだ。

 そして、ジャバウォックの詩の中でどうやってジャバウォックが倒されたのかといえば。


「ヴォーパルソード、だったか」


 ヴォーパルソードという剣によって殺される。

 ただ、一つ問題があって。


 描写がそれしかない。


 鏡の国のアリスにはジャバウォックの詩という短い詩は出てくるものの、その詩の中にジャバウォックに関する詳細な記述はない。当然、ジャバウォックを倒したヴォーパルソードに関する記述もほぼない。


「……どこにあるんだよ」


 そう。記述がない以上、ヴォーパルソードの正体もまた不明なのだ。入手方法から何から完全に不明。どこにあるかなどわかるわけがない。

 そして、手に入らないならどうしようもない。

 ていうかノーヒントでこの広い森から剣を見つけろとでも? 無理だわ。今回に関しては原作にだって描写がない。見つけようが……あれ? そういや剣って途中で……


「……おい、まさか……」


 嫌な汗が流れる。


 ナイトを倒した後、宮殿正面入口で踏んだ柄。

 ルークの砲撃で壊されたとおぼしき剣の残骸。


 あれがヴォーパルソードとかいわないよな?


「……」


 ヴォーパルソードの入手方法についての逸話がない以上、その手段は運営の一存が大きく関わることだろう。

 あの剣が元々あった正確な場所はわからないが、正面入口という位置的に見逃しにくい場所にあったのは間違いないと思われる。

 ナイトを倒して剣を手に入れる。わかりやすい。

 まるでここから先あの剣を使わなければならないようにみせかけるミスリードをし、次の次で近接特化たるキングと戦わせる。いかにも運営がしそうな性根の歪みきったやり口だ。あんな場所で剣を拾えばどこかで使わないとと思い込んでしまう。

 別にキングでなくとも、クイーンで使うように思いこませてもいい。どっちにしろ近接は即死領域なのだから。

 しかし、必要になるのは次のクエストで、と。嫌がらせにもほどがあるが、だからこそしっくりくる。

 いや待て。この結論はマズい。

 あれが本当にヴォーパルソードだった場合最悪クリア不可能になる。

 そうだ、報酬とかに何かあるかもしれないじゃないか。

 ウィンドウを開く。


「……鏡?」


 予想外の物品発見。

 "???鏡"が入っていた。


「いや、なんだこれ」


 鏡以外情報がないよ。

 報酬ではなく新規取得アイテムか。クイーンを映したときに砕けた鏡が取得扱いになったのか?

 しかし、こんなものをどう使えというのか。謎すぎて使うの怖いわ。


「他は……ないな」


 探していた剣どころか何も一つとして存在しない。

 ……いや、冷静に考えるとひどくない?

 ここまでポーンからキングまで倒したのになんにも報酬ないわけ?

 時間間隔があるとはいえ、それにしても死にまくってるから経験値も本来得られるものからはほど遠い。報われなさすぎだろ。

 ない、となるとこの謎の鏡をどうにかするのが正答っぽいんだが……


「どうしろと」


 でかすぎる。これカーテンの奥にあった姿見並みに大きいんだが。持ち回しが悪いとかそういうレベルじゃない。

 というかどこで使えばいいのかわからん。

 何か映すべきものがあるんだろうけど、それがジャバウォックである保証はないし、何よりジャバウォックを映せる自信がない。クイーンのときは向こうが怯えてくれたから映せたけど、ジャバウォックもそうである保証はないのだ。動き回るあの巨体を前に悠長にでかい鏡を使う余裕なんてないだろう。下手すると取りだした瞬間に砕かれるぞ、これ。

 それに、そのまま使っても無意味な気がする。???とか出てるし、これも何か意味があるはずなんだ。


「鏡……鏡か」


 ジャバウォックには鏡と関わる逸話もあったな。

 鏡の国のアリスに出てくるジャバウォックの詩は鏡文字で描かれていた。それを読むためにアリスはジャバウォックの詩を鏡に映して読んだ、という内容だが……ダメか。今の状況に適用できない。鏡文字以前に文字がない。

 ???鏡の謎をこれだけで解くのは無理そうだ。


「……詰みだな」


 これ以上思考が続かない。

 ヒントが足りないのか? それとも原作に関する知識? もしくは閃きか?

 一度ジャバウォックについての情報を洗い直して――!


「!」


 視界に、影が差す。

 弾けるように顔を上げた。

 振り向くと、陰影が差した巨体が俺に迫っていた。


「ウィンド・アクセル!」


 反射的に詠唱し発動、加速。

 わずかに遅れて振り下ろされた爪が一瞬前までいた場所を貫く。


「はっ……はっ……!」


 うわこっわ! 超ビビったわ!

 無音で近づいてきやがった。ホラーか。

 あの手足の吸盤のおかげと、あとは身体の柔らかさか? 追ってくるときは巨体に任せて木を薙ぎ倒していたが、今は木の間をすり抜けるようにしていた。

 長く伸びた影がなければ気づけなかった。


「……影?」


 顔を空に向ける。

 木々の隙間から見える空は夕暮れになっていた。

 夕暮れ……そういえばジャバウォックの詩でジャバウォックが倒されたのは夕暮れだったな。これも意味があるのか?

 ……うん、わからん。

 でもとりあえず、今対処すべきは目の前の怪物だ。

 ある意味ちょうどいい。

 超越種で感じた遠さ、水晶独角獣で覚えた無力感。

 それらを払拭できるかどうか、試金石にさせてもらおう。

 数メートル先にある巨体を見上げる。


「ふぅー……」


 さあ挑戦だ。


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