鏡の中の虚像 8
「は!?」
なんで!?
驚愕を隠せずその光景を見つめる。
ついさっきまでセンカの呪鎖に封殺されていたトランプの兵士が、今は全く影響がないかのように起き上がってヨツバに殺到している。
「センカ!?」
「効果は発動してる! 無効化されたわけじゃない! ……トランプ自体の強化? でも即死状態から拘束すらできない状態までのステータスアップなんてある……?」
センカは必死に頭を回しているようだったが、間に合わない。
このままだとヨツバが死ぬ。
「アクア・バレット!」
無駄とわかった上で魔法を撃つ。
ダメージはなくてもいい、せめてヘイトだけでも奪う。
あの殺到はまずい。強化か他の何かかは知らないが、今まで数十体を簡単に払ってきたヨツバが囲まれたまま出てこない。
幸い、カルシナの仕様上ダメージだけでなく行動でもヘイトは奪える。ダメージが出なくとも数体くらいはこちらに意識を向けるはず……
「……っ! 無視!?」
どうして……っ!?
いや、思考は後だ。
「センカ、援護!」
「……! わかった!」
はっと我に返ったセンカが懐を探り――
しかし、間に合わない。
「ごめ……!」
最後に声が響くと、パーティーを組んでから視界の隅に表示されていたHPバーがゼロになる。
「!」
表情が凍ったのを自覚する。
前衛が死んだ。センカの騎士は意味を為さない。何より、敵のからくりが全くわからない。
控えめにいって、最悪だ。
「こやつの首をはねよ!」
そして、兵士が俺に殺到した。
数十秒後。
俺達三人は揃ってリスポンしていた。
あの後俺は瞬殺、センカは数十秒程度粘ったようだがそれでも死んでリスポンしてきた。
「……負けたね」
重苦しい空気の中、ヨツバが口を開く。
……何もできていないせいで喋りにくいな。何を言っても『見てただけなのに何言ってんの?』とか言われそうで怖い。まあヨツバは思わないだろうし、センカだって……いや、センカはわからないが、仮に思ったとしても口にして無意味に空気を悪くしない分別はあるだろう。
でも、いわれなかろうが自分でそう思っちゃうんだよ。俺何もしてないじゃんって。
「見込みが甘かったね。一発は無理だった」
笑顔のセンカだったが、裏に怒りが見え隠れしている。
勝てると思ったタイミングで負けたのが腹立ったのかもしれない。誰にというより、敵の切り札を想定していなかった自分に。
口調こそ崩れていないが、甘えるような声色がところどころ剥がれている。
「でも、色々わかったこともあるし悪いことばかりじゃない。まず、リスポン地点が更新されてるのは大きいね」
周囲を見回す。
バッキンガム宮殿敷地正門。巨大な鉄柵の門の向こう側にあたる場所にリスポンしていた。
敷地内に侵入した時点か、もしくは"ハートの女王を打倒せよ"ルート開始時点でリスポン地点が自動更新されたのだろう。
もう一度ロンドンの街を歩いて戻らなくていいのは助かる。切り裂きジャックに襲われるかもしれないし、何より興味を引くものが多すぎる。宮殿内を見学しまくってブレーキがぶっ壊れた今の俺ならその辺にある建物も見学しかねない。
他人事みたいにいったが、わりとマジだ。なんなら宮殿を放置して別の場所の見学に行きたい。いやもう本当に行っていいかな? 十時間くらい見て回りたいんだけど。
まあ、言ったら殺されかねないので口に出せないが。表面上は平然としてるが端々から悔しそうな感情が窺えるセンカだ、賛同してくれるどころか呪鎖で拘束→玉座の間まで連行という強硬手段に出る可能性もある。
さすがにそこまでしないって?
そんなことは断言できない。フラグメンツだぞ、こいつは。ありえないことをやりまくった結果の悪名だ。何をしてもおかしくない。
「あとは玉座の間の場所。それにハートの女王の行動パターンもわかったね。ついでに、クエストのクリア条件もタイトルに示されてたね」
タイトルは"ハートの女王を打倒せよ"
この上なくわかりやすい。
変に頭を回す必要がないのは助かる。……まあ、謎解き要素があった方が見学できる可能性も上がったから残念ではあるが。
「あと気になるのは、これかな」
ウィンドウを開いたセンカが何かを取り出す。
「何それ? トランプ?」
「トランプの兵士からのドロップ」
なるほど。
一体も倒してない俺が持っていないのも当然だ。
自分が役立たずだと改めて突きつけられた気分だ。
「たぶん、それぞれ倒したカードとドロップのカードの種類が対応してるんじゃないかな。私は全種類あるけど、ヨツバちゃんは?」
「結構抜けてる。被ってるのも多いよ」
「うん、わかった。それで、説明を見た感じこれ本当にただのトランプなんだよね。こういうドロップが無意味ってことは考えにくいし、まず間違いなく意味がある」
「持ってないとクリアできない、とかか?」
適当に思い浮かんだ推測を言ってみる。
だとしたら困るな。俺がクリアできない。
「ううん、違う」
センカがさらりと否定した。
「それもありえるけどね。でも、たぶんこのクエストに人数制限はない。仮にレイド単位で挑んだとき、全員に全種類のトランプを用意するのはかなり大変だよ。私みたいに一気に殲滅して、かつ持続できる方法があるなら別だけど普通は無理だし、そんな面倒な仕様にはしないと思う」
「……運営ならありうるんじゃないか?」
奴らならやりかねないだろ。
それに関してはセンカも思っていたのか、微妙な表情で頬を掻いた。
「……それはそうなんだけど。でもそれだけが根拠じゃないよ」
「他に何か?」
「さっき兵士に対応するカードは全種類あるって言ったけど、そうなると当然足りないカードもあるんだ。なんだかわかる?」
「……! ハートの12がないのか!」
ああ、たしかにいわれてみれば当たり前だ。
女王を倒してないのだからハートの12があるはずがない。
「51種類、逆にいうなら一種類欠けてるのにクリア条件になるっていうのはあんまり綺麗じゃないよね。女王のカードは一枚しかないだろうし、欠けなしで全種類揃えるのは一人しかできない。それがクリア条件っていうのはないでしょ」
「なるほど。じゃあ、何の意味があるんだ?」
「推測だけど、女王への挑戦権かな。51種類揃えたプレイヤーだけが女王にダメージを与えられる、とか」
「……面倒臭っ!」
なんだその仕様。
51種類ものトランプをそう何人分も集められるとは思えないし、どんな人数で挑んでも女王に攻撃できるのは数人ってことになる。
もちろん、死ぬほど時間をかければレイド単位でも全員が資格を得られるだろうが、それはそれで面倒だ。
ていうかこれ、一度報酬確認しないと絶対気づけないじゃん。戦闘中に報酬の確認とか普通しないし、一回死に戻りすることが前提になってない? 初見はクリアさせる気ないだろ。クソかよ。
嫌がらせみたいな仕様にげんなりするが、センカは気にせず説明を続ける。
「でも、これは私達にとってはチャンスになる。少数しか挑めないってことは、女王の性能は少数での戦闘を前提にしていることの証でもあるからね。やろうと思えば一人でだってどうにかできるはず」
当のセンカは一人でどうにかしてやる、といわんばかりの目をしていた。
私怨が漏れてるぞー。
「というわけで、提案があるんだけど、いい?」
にっこりと微笑んだセンカが指を立てる。
提案(という名の作戦強要)を聞いた後、俺達は一度落ちることにした。
作戦自体は別に問題なかったし文句はない。拒否権があっても断ったりはしなかった。というか俺にやることがないのは何も変わらない。
……悲しくなるから考えるのはやめよう。
「ふぅー……さて、やることやっちゃわないと」
決められた時間は一時間。
移動やら見学もとい探索やらでいつのまにか昼も過ぎてしまっている。
その前のファビア陥落に時間食ったのもあるんだろうけど。
とにかく、一時間で昼食も含め諸々を済ませなければならない。
「今日は俺だけだっけ……」
母親も友達と会うとか言ってた。兄はいつものように部活、父は仕事。
……作ると後片付け含め時間かかるし、もうカップラーメンとかおにぎりとかでいいか。早めに戻って試したいこともある。
あ、見学じゃないからね? したいのはやまやまだけど、ばれると殺されかねない。
「……」
……時間余ったら見学行っちゃおうかな。
設定開示コーナー
"ハートの女王の死刑宣告"
「首をはねよ」をキーに発動する。対象は一人。
不快値を一定以上まで上げた場合、対象となる。不快値は挑発など些細なことで上がり、実際に女王にダメージを与えたり、脅威になるかどうかは考慮されない。
対象者が死んだ場合、他のプレイヤーに死刑宣告が与えられる。これは不快値が一定に達していなくとも『死刑宣告をしたプレイヤーの仲間』という理由で宣告を受ける。この場合対象は女王の気分で決まる。
発動後、トランプの兵士の全ステータス強化される。ただし、この効果を受けた状態で一度死んだトランプの兵士は女王が再発動しない限り強化できなくなる。強化値は異常に高い。
強化されたトランプの兵士は対象者に殺到し、対象を殺害するまで他のプレイヤーを完全無視する。たとえ攻撃を受けようと他プレイヤーは気にしない。
トランプを揃えなくては女王にダメージを与えられないという仕様も相まってかなり厄介なスキル。初見はいきなり強化されるトランプの兵士に対応できずほぼ間違いなく殺される。そうそう簡単にハートの女王という「不思議の国のアリスルートのボス」がやられるわけがないのだ。




