鏡の中の虚像 1
ようやくここまで来ました
ラスボス編スタートです
「ったく、なんなんだ……」
地面に沈み込むときに瞑っていた目を開ける。
目に映った光景を認識して、一秒で夢と判断した。
「……………………ふぅー」
目を閉じてゆっくりと深呼吸。
目を開く。
その先にある光景は何も変わっていなかった。
「……………………え?」
……なにこれ。
隣にはヨツバ、これはいい。
ヨツバの下敷きになっているのはセンカ。これもいい。
目の前にはとても21世紀のものとは思えない、しかしカルシナで採用されている文明レベルとは隔絶している近代の都市。
うん、おかしい。
「なんだ、夢か……」
「シー、気持ちはわかるけど現実逃避は意味ないよ」
「ですよねー」
センカの言葉で逃避を諦める。
「いやでも、なにこれ。ファビアどこ行った?」
「さあ? カーディナルクエストだし、もうファビアは関係ないんじゃない?」
さらっと重要な情報流すのやめない?
ていうか他人事みたいに言ってるけど、原因お前だよね? たぶん街陥落あたりがフラグになったんだろ? もう少し申し訳なさそうにしろ。
「はぁ……」
本当にどこだよ、ここ。
煤けた空、濃い霧。……いやこれ霧っていうか白煙? 視界めちゃくちゃ悪いんだけど。
しかも寒い。カルシナの気温設定って基本的に季節に関わらず一定のはずなんだが。なんでこんな寒いの?
「……」
……ほんと寒いな。何か羽織るものがほしい。まあ、あったところでいつ突発的に戦闘になってもおかしくないクエスト中に着てはいられないけど。
「クエストタイトルを見る限りロンドンっぽいね」
「寒いわね。冬かしら? それに霧がひどい」
人を放置して会話を始める二人だったが、ちょっと待ってストップストップ。
ここでおいていかれるとマジで困る。
「ごめん、ちょっと待って。ロンドンってどういうこと?」
「「……」」
顔を見合わせるヨツバとセンカ。
「シーってもしかしてカーディナルクエストやったことないの?」
「ない」
「はぁ……」
お、なんだそのでかいため息は? やれやれ、みたいな表情しやがって、煽ってんのか?
「始めたばっかりって言ってたもんね。仕方ないか」
面倒くさそうにセンカが首を振る。
こいつ、段々演技と素の境目がなくなってきたな。表情や雰囲気にちょくちょく素が出ている。
「まず、カーディナルクエストってなんだかわかる?」
「現実とか神話とかをモデルにしたクエストだっけ? 謎解きっぽいなとは思った」
「うん、大体正解。カーディナルクエストは史実とか神話とか、現実に存在するものによるクエスト。謎解きも結構あるね。むしろ謎を解かないとクリアできないことの方が多い」
「合ってんじゃん」
「ううん、一つ違うよ。っていうか、言葉は合ってるんだけどシーは勘違いしてると思う。理解が浅いっていうべきかな?」
「勘違い?」
「モデルにしてるのは事実だけど、重要なのはその精度。ゲームに当てはめるんだしカルシナの独自解釈は多少混ざってるけど、基本的にはモデル元の史実や神話を重要視するの」
「つまり?」
「大抵の場合、モデル元の情報を知らないと話にならない」
「クソゲーじゃねーか」
さらっと言ってくれたけど、それはどうよ?
それってつまり、プレイヤーにある程度以上の知識があることを前提として、普通は意味がわからないようなマニアックなものを問題にしてくるってことだよな?
ミリオタでもないプレイヤーに銃の構造についての謎解きを要求するとか、植物に興味のない一般的プレイヤーに葉を見て植物の名前を当てろって問題出すとか、そういう類いのやつだ。
知らなきゃできないとかゲームとして破綻してない? もう嫌がらせじゃねーか。いちいちログアウトして調べろとでも? そりゃ最初からそういうジャンルのゲームっていうなら別だけど、カルシナは違うだろ。
「カーディナルクエストで最優先ですべきなのは何をモデルにしたクエストなのか特定すること。それも、できる限り詳細に。それがわからないと何もできないもん」
「謎解きじゃないのか?」
「だからそう言ってるよね?」
「「……?」」
互いに疑問を浮かべる。
普通、謎解きの文章とか探す方が先じゃないか? 『魔法唱える者へのリドル』でもそうだった。カーディナルクエストではないが、あれは論理クイズをモデルにしたクエストだった。しかし、多少の改変があったせいで文章を読まなければ絶対にモデル元に気づけなかった。
向こうの疑問の表情を見れば何かが食い違っているのはわかるが、俺の考えがどこかおかしいのか?
顔を見合わせている俺達への救いの手はもう一人からやってきた。
「たぶん勘違いしてるんじゃない? カーディナルクエストを他の謎解き系クエストと同じにしちゃ駄目だよ。……あ、ダメよ」
今完全に素だったな。
ちょっと思いついた程度で素に戻るとか、演技下手のレベルじゃなくない? 致命的に向いてないよ。
まあ、それはともかく。
「勘違いって?」
「カーディナルクエストに謎が書いてある文章とか出てこないのよ」
「ああ、そういうこと」
未だに疑問符が消えない俺を差し置いてセンカが勝手に納得した。
結局どういうこと?
「なるほど、シーはそこを勘違いしてたのか。シー、よく聞いてね。カーディナルクエストで謎が明確に提示されることはないの。モデル元の情報とクエストで出てきたものを照らし合わせて、明確な矛盾とか、解法とか、クリアに繋がりそうな謎とかを自力で見つけ出さないといけない」
「……つまり、謎解きじゃなくて『そもそも謎がなんなのか』っていうところから始めないといけないと?」
「その通り。だからこそ、モデル元の情報を知らないと話にならない。謎がなんなのか、つまりクリア条件がなんなのかってことがわからないから」
いや、難易度高すぎない?
ようはノーヒントでクエストクリアしろっていってんだろ? いや、ヒントを自分で見つけ出してクリアしろ、の方が近いか。どっちにしろ難易度激高であることに変わりはない。
クリア条件示さないどころかクリア条件に繋がる謎すら提示しないクエストなんて初めて見たぞ。
「逆にいえば、クエストが何をモデルにしたのかさえわかればいいんだよ。モデル元がわかればそのままクリア条件の見当がつくってことも珍しくないしね」
「きっつ……」
「まあ、難易度は高いね」
苦笑いしたセンカが言った。
ていうか場合によっては無理ゲーじゃん。史実とか神話とかがどのレベルまでの話かは知らないけど、カルシナって作ったの日本の企業だろ? 日本のマイナーな歴史とかモデルにされても外国人プレイヤーは解きようがない。それどころか要求される知識レベルによっては日本人だって知ってるかわからない。日本に関係ないクエストならなおさらだ。
詰み率が高すぎる強制クエストとか存在意義あるんですかね。
「とにかく、今はこのクエストが何をモデルにしているのか知らないといけない。無理かどうかの判断はそれからだよ」
「了解」
といっても、モデル元ねえ……?
今ある情報だけでわかるのは――
「"交差する仮想都市ロンドン"ってタイトルだし、この都市のモデルはロンドンか?」
「だね。たぶん、仮想都市はVRって意味かな? 交差するの意味は今はわからないね」
「え、えーと……寒いのは冬ってことかしら? 霧が濃いのは……」
「元々ロンドンは霧で有名だよ。特に冬は」
フライトが遅れたりと弊害が多いらしい。まあ、ロンドン行ったことないから体験したことはないんだけど。
「んー、年代も特定したいなあ。カーディナルクエストだし、たぶんこれ現代じゃないよね。今のままでも推測が立たないではないけど……」
「どんな?」
質問すると、しかしセンカは首を振った。
「そうだなあ……先入観持たせたくないし、まだ言わないでおこうかな」
「ふーん」
まあ、理屈はわかるけど。
推測……立てようと思えば立てられるのかもしれないが、情報が足りない。手持ちの情報だけではどうやったって無理矢理になる。逆にいえばどんな推測でもこじつけで成り立ってしまう。現状で有意義な推測を立てるのは俺には無理だ。
「とりあえず分かれて街をを探索しようか。15分後にここ集合で。死ぬとどうなるかわからないから、できる限り死なないでね。脱落扱いになっても困るし」
「了解」
「わかった」
これで解散……ならよかったのだが、そうはいかなかった。
ポンと手を叩いたセンカが笑顔で提案する。
「あ、霧が濃いし、迷わないようにパーティー組んどこうか」
「っ!」
……まずい。
これ、どうしよう?




