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洗礼を浴びる(不意打ちで顔面に水鉄砲)

 

 そこは、よくあるファンタジー調の街だった。

 最初の街、ニューウェル。

 さすが、驚くほどのリアリティ。他の四大ゲームに劣らない、どころか一番上かもしれない。

 すごいな、感覚だけなら現実と変わりないぞ。

 だが、気を抜いてはいられない。

 ここがすべての始まりにして、最も警戒すべき場所だ。


 カルテット・シナジー・クエスト――カルシナの特徴の一つとして、プレイヤーの意識が世紀末状態ということが挙げられる。

 そもそも、協力型MMOというジャンル自体がVRとの相性が悪い。

 五感のリアリティを求めてリアルの姿を選ぶプレイヤーが多い以上、どうしても人間関係でのトラブルが起きやすくなるせいだ。

 これが多くのVRMMOが直面した難題だった。


 大抵のゲームが五感のリアリティを諦めて強制的にキャラメイクを行わせる、という対策を取った。一番確実で安全な策だっただろう。キャラクターのランダムガチャを行った例もある。

 だが、この難題に対してカルシナは意味不明な方向に突き抜けた解答を用意した。


 "全員がPKやってれば多少のマナーは問題視されないよね!"


 よくいえば逆転の発想、悪く――いや違うな、普通に評すればバカだ。悪くいうなら頭湧いてんじゃねえの? ぐらい言わないと。

 一応確認するが、このゲームのジャンルは協力型(・・・)MMOである。

 運営は辞書を引き直した方がいい。

 

 運営(アホ)がやったことは単純だ。

 全員がPKをするような、少なくともPKを推奨するシステムを作った。

 まず、街中や安全地帯以外でのPKに対して一切のデメリットがない。オレンジネームやレッドネームというPKを表す目印もない。

 理由は単純で、そんなもんつければみんな真っ赤になるから。むしろ赤くないプレイヤーがカモ扱いされかねない。

 さらに、PKをした場合キルされたプレイヤーは手持ちの所持金の半分を失い、キルしたプレイヤーがそれを得る。

 PKが一方的に得するとか舐めてんのか。もう強盗殺人じゃねーか。

 だがこの程度は甘いものだ。最大の問題は別のシステムにある。


 すなわち――対人キルによる経験値取得。


 もうね、バカかと。最初見たとき素で二度見したわ。

 何度でもいうが協力型MMOだ。

 協力させる気ないよね? 協力の意味知ってる? 仲間をキルすることは協力っていわないんだよ?

 これはつまり、やろうと思えばPKだけで強くなれるということだ。モンスターを狩る必要がない。世紀末か、このゲームは。

 運営の顔面を助走をつけて蹴り飛ばしたい。


 なんとなく察している人もいるかもしれないが、こんなゲームでも人気があるということはつまり、プレイヤーの意識がゲーム性に適応しているということを意味する。

 その結果、PKどころかリスキル裏切り当たり前、出会い頭にキル、仲間を騙してキル、一人を囲んでキル、なんなら囲んだ味方も隙あらばキルというこれ絶対ゲーム違うよね?的な常識が醸成された。


 ……まあ、今でこそこうなってるだけでサービス開始当初は大炎上したらしいけど。当たり前だ。それでも抜群のクオリティを武器に押し切り、プレイヤー側をゲームに適応させた。

 究極の王様商売というか、とにかく著しく何かが間違っている気がしてならない。

 出会い頭でキルすることを指す"通り魔キル"といった謎の用語ができている辺りに狂気を感じられると思う。

 

 余談だが、『カルシナで身を守る心得』っていう標語をネットで見かけて、結構笑った。

 個人的に気に入ったのは


 "声をかけてくる奴は敵だ。自分を騙しにくると思え。声をかけてこないなら敵だ。通り魔キルされると思え"


 "野良パーティーは信用するな。ギルドメンバーも信用するな。そもそも誰かを信用するな"


 "戦闘中の警戒はモンスターに一割、運営に三割、パーティーメンバーに六割"


 いやまあ、さすがにネタだと思うが。

 どう見ても大喜利だし。


 ここに書かれているように、こんな意味不明な……というか意図は見えるんだけどコンセプトから全力で逆走してない? みたいなことをしている運営が率先して悪意を混ぜてくる。

 チュートリアルであった完全版のくだりで片鱗は見えていたが、モンスターといいシステムといいちょくちょくプレイヤーを翻弄してくるそうだ。

 多少は警戒しておくべきだろう。最警戒対象はプレイヤーだけどな!


 プレイヤーを警戒しなければならない以上、グラフィックに目を奪われて初心者丸出しになるのはまずい。

 初期装備なので初心者であることはモロバレだが、それでも与しやすいかどうかという印象は重要だ。同じ初心者でもゲームに慣れた相手だと思われればそうそう獲物にはならない。逆にグラフィックや街並みに意識を奪われてVR初心者と思われれば格好の獲物になる。

 最初のスポーン地点だった広場を抜け、メインストリートっぽい道を歩きながら門を目指す。

 とりあえず目標はゴブリンに会うこと。あと魔法の検証もしないと。

 街の外の草原かその先の森までいけば会えるだろう。

 

 そんなことを考えながら両サイドの露天に目をやりながら歩いて……


「!?」


 目を疑った。

 その、いかにも初心者向けですよといわんばかりの店には……


 "見習い魔法使いの杖 600クロン"


「は?」


 ウィンドウを開き、装備を確認する。

 俺が選んだ杖は――


 "見習い魔法使いの杖"


「……」


 Q:俺はいくら払ったでしょうか?

 A:800クロン


「……いやいやいやいや、ないだろ」


 なんで俺の方が高いんだよ。チュートリアルで買ってんだぞ。

 あの店はプレイヤーがやってるとか、売却された物を売っているとか、そんなん……じゃないよな。

 初期装備をプレイヤーが売る意味がない。そんなもん初心者、それも入っていきなりプレイスタイルを変えようとしているプレイヤーしか買わない。どんな奴だよ、それ。情緒不安定か頭が鶏並みかの二択だろ。

 かといって公式はありえない。仮に公式で売っているとしても、否、公式だからこそわざわざ値段を変える意味がない。そんなプレイヤーを煽ってる(・・・・・・・・・・)としか思えないことをする意味がない。

 

 後考えられるとしたら性能が微妙に違う――いや、高くなるならともかく安くなるのはおかしい。安売りなら性能が落ちたってことだろうが、初期装備だけあって性能はこれ以上落ちようがないだろってくらい最底辺だ。

 くそ、わからない。

 わからないが、物凄い嫌な予感がする。

 こう、FDOでイキったのに瞬殺されてフレのところに戻る直前みたいな、今から煽られますよ的な悪寒がする。

 やめた方がいいのはわかっているのに、足が店に向かってしまう。


「店主さん」

 

 気のいいおっちゃんという風情の露店の主に話しかける。


「なんだい?」


 NPC……いや、判断つかないな。

 まあ、簡単な確認方法があるんだが。

 ウィンドウを開き、フレ申請画面まで進む。実際に申請する必要はない。そこまで進めるか否かで目の前の存在がプレイヤーかどうかがわかる。

 NPCならNPCで何してんだこいつって思われるし、プレイヤーならプレイヤーで何してんだこいつって別の意味で思われる危険性があるんだけど。

 でも、NPCの振りしたプレイヤーとか偶にいるから確認は必須なんだよ。


 あ、進めないわ。これNPCか。

 さすがは四大ゲーム、NPCのクオリティも他の三作に負けてない。

 チューリングテストでも見分けがつかないって噂もあながち嘘じゃないかもしれない。


「この杖、なんか事情があるの?」


「なにがだい?」


「俺が買った杖より200クロンも安いから気になってさ」


「あー、君もか」


 不思議そうな顔で首を傾げる店主。

 この態度と言葉で嫌な予感が一瞬で確信に変わる。

 聞きたくないが、ここまで来たら聞かざるをえない。


「……君もかって?」


「この武器に限らないがね、なんか、色んな人が自分が買ったものより200クロン安いって言うのさ。この街の武器は大体同じ値段だし、200クロンも値段が変わるわけないんだがなぁ」


「へ、へえー。そうなんですか?」


 声が震える。

 胸から湧き上がってくるこの熱い想い。

 間違いない。殺意だ。


「そうだとも。うちも今日だけで数十人は来てるよ。他の武器屋でも似たようなこと言う人がいるみたいだねえ。たまに騙されたなんて怒り出す人もいるから困ったもんさ」


「そ、そりゃ困った人だ。事実があるんだから受け入れないと。自分の勘違いかもしれませんしね。店主、ありがとうございました」


「いやいや、かまわんよ」


 軽く礼をして足早に去る。

 ある程度距離を離し、門の近くまで来たところで立ち止まる。

 さて、原因はわかった。

 仕様なんだな、なるほど。つまり、チュートリアルで無意味にプレイヤーに損をさせたと。それを後から知って怒りを抱くまでが狙いだと。

 ははは、完全に目論見に通りになっちまったよ。全く面白いことするなあ。

 大きく息を吸って――


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