古狼、逆襲す
「とおっ!?」
突撃してきた巨体を潜るようにして回避する。
無駄に長い毛が絡めとろうとするようにまとわりつくが、なんとか抜け出した。ここまで大きいと長い毛がこういううざい感じの意義を持つものらしい。
追撃に備え、巨狼と向き合うように体を反転させ……
「えぇ……」
その光景に言葉を失った。
巨体故に反転する際どうしても木々が邪魔になる。多少はスピード落ちないかなとも思ったんだが、こいつ平然と折りやがった。いや、折ったっていうか、ぶつかった木々と振り向く際に引っ掛かった木々、全部まとめて吹き飛ばした。
「……どんな威力だよ」
やべーわ、勝てる気がまったくしない。いつのまにかあの二匹の通常ハンティング・ウルフも逃げている。俺も逃げたい。
ただ、朗報もある。
①こいつの突撃を回避できたこと(本気を出していたかは知らない)
②動きが普通のクソ狼と同じっぽいこと(確定ではない)
③オワタ式を極めれば勝てるかもしれないこと(ダメージが通るかはわからない)
……こんな注意書きだらけの朗報に何の意味があるのか。
でもこれくらいしないと自分を鼓舞できないんだよ。負けるとは思うけどさ、こいつもハンティング・ウルフであることに変わりはないわけじゃん。で、再三になるけど俺はクソ狼に殺されるとか御免被りたい。
じゃあもうやるしかないでしょ。逃げられるとも思えないし。
「ふぅ……じゃあこいやあ! ちょまっ!?」
言った瞬間に再度突撃がきた。今度は右から回り込むように。
避けられるか? ていうかできなきゃ死ぬ!
「っ! しゃあ! 避けてやったぞクソ狼!」
さっきより早くなった突撃をギリギリで回避。体の右を通過した大質量に内心で大量の冷や汗が流れる。
ゲームってわかってても怖っ!
今度も木々を吹き飛ばしつつ振り返る巨狼。おい自然破壊止めろよ。主っぽいやつが率先して森を破壊するな。
アホなことを考えて気を紛らわせつつ詠唱開始。
「デュオ・エッジ!」
またも突撃してきた巨狼の顔面、普通のハンティング・ウルフなら急所となる箇所に風の刃が直撃する。
まったく意に介した様子もなく突撃が敢行された。首を振ったり、そういう仕草すらなかった。
あ、ダメだこれ。カスダメになったかどうかすら怪しい。
ってかやばい、これさっきよりはや……っ!
「あっ」
避けきれなかった体が真横を通り抜ける巨体の毛に絡めとられ、どう勢いが伝わったのか高々と宙を舞う。
わー、木より高く飛んでるぞー。すごいやー、高いやー。暗くて見えないけど―。
現実逃避するも、すぐに重力が俺を現実に引き戻す。
さて問題です。落下ダメージは分類上何のダメージ扱いとなるでしょうか?
A:物理ダメージ
では二問目。私への物理ダメージはどうなるでしょうか?
A:1.5倍
……これは、死んだな?
いや、諦めるな! 現実じゃなくてゲームだからこそ、こんな状況でも生き残る術はある!
残りMPは……いける!
「ウィンド・アクセル!」
空中で詠唱しそのまま発動。発動に足場が必須だが、どうにか木の幹に足を滑らせて代用する。風で背中を押すという特性上体と足の向いている方向にしか進めないが、それならそれでやりようがある。
風に押されて斜め下へ。直進した先にあるのは、あの巨狼の胴体。
「ぶほっ」
果たして、重力加速度&移動魔法のエネルギーを持った人間砲弾もとい俺はモフモフした感触に埋もれることになった。
これが普通の犬猫なら癒やされるところなんだが、熊以上の危険生物に埋もれるとかどんなに気持ちいい感触でも死の危険しか感じない。
長すぎる毛に思いっきり埋もれ、柔らかく弾かれて地面に落ちる。
「いたっ」
尻餅をついてしまい思わず声が出た。
でも今はどうでもいい。尻餅をつく感触があったということは……
自分のHPバーを確認し――ガッツポーズする。
「よしきた完璧!」
柔らかな体に衝撃を吸収されたおかげか、HPが一割弱残っていた。とりあえずHP回復ポーションで全快にする。ついでにもういいやという気持ちで残り少ないMPポーションも使う。
物理ダメージ1,5倍でしかも移動魔法で加速した俺が生き残れるとか、すげえなあのモフモフ具合。人によっては永遠に忘れられない体験になりそうだ。
その受け止めてくれた巨狼はというと……
「……」
感情の読めない目で俺を見下ろしていた。
どうして動かない。逆に怖いんだけど。
ダメージを受けたようには見えない。仮に受けたとしても人間砲弾程度でどうにかなるHPではないだろう。なんで止まってるんだ。
立ち上がり、引き気味に巨狼を見上げる。
巨狼が首を振り、顔を上げて口を開ける。
「グルルルル……ガアアアアア────っっっ!!!」
「っ!?」
強烈な咆哮。葉が、木が、体がビリビリと震動する。
……もしかしてお怒り? モフモフされたのそんなに嫌だった?
周囲のモンスターが軒並み逃げ出したんじゃないかという咆哮を上げた巨狼が俺を見据える。全身が震えるような圧力を感じた。
あ、これやばい。
「っ‼」
勘に従って全力で真横に跳ぶ。
一瞬前までいた場所に前足が降ってきた。そのままいたらストンピングの要領で潰されていただろう。冷や汗が流れる。
ていうかいつの間に距離詰めてきた?
「ちょっ、速っ!?」
真後ろに跳ぶ――ダメだ、踏み潰される……っ!
「ウィンド・アクセル!」
前足の間を潜り、右の前足と後足の間をすり抜けるようなコースで発動。一瞬で加速した俺が攻撃から逃れる。急に視界から消えればついてこれるはずが……
振り向いたら、目が合った。
「っ! ウィンド・アクセル!」
反射的に右を向いて急加速。足の向きを変えないまま無理矢理曲がったため上手く止まれず地面を転がる。
ほんのわずかな差で巨狼が俺のいた場所へ突撃。大質量の突撃を受けた木々が粉々になって吹き飛ぶ。
「……急に何だよ、こいつ」
何かでフラグを踏んだんだろうが、まったくわからない。十中八九原因は人間砲弾だと思うけど、あれのどの要素がフラグなんだ。別にダメージ出てないでしょ。
いや、今はそれはおいておこう。それよりも対処だ。
威力もヤバいが、オワタ式である以上そこまで関係ない。それより脅威なのは速度だ。恐ろしいことに一撃ごとに速度が上がっている。まだ巨狼は全力じゃない。
……考えてもどうにかできる手段が思い浮かばない。ギミックボスとかならまた別なんだが、こいつは単純にスペックが高すぎる。それだけだからこそ埋めようがない。
だからといってただ死ぬのもお断り、だ!
「っ!」
横っ飛びに転がってストンピングを回避。
どうにか躱せたが明らかに威力が上がっている。ドゴッという重機みたいな音と共に地面に罅が入った。
「ファイア・バレット!」
直撃、しかし効果はない。目が狙えればよかったんだが、長い毛で目が隠れているのが厄介すぎる。
巨狼が口を大きく開け、近づいて――!?
「ウィンド・アクセル!」
左へ跳ぶ。ガッ、という背筋が凍りそうな音が噛みつき攻撃の空振りを伝えてくる。
もうこれ噛みつきの音じゃないだろ。あれに噛み切られるとかマジで嫌だ。本気で怖い。もうジョーズとかそういうレベルのホラーじゃん。
クソ狼と同じ攻撃でもあれの巨体でやられるのは無理。ゲームだとわかってても勘弁してほしい。
くそ、やるしかない。凌いで凌いで隙を見て逃げるしかない。それが無理なら一矢報いる。
覚悟を決めて巨狼を見据えると、再び奴が上を向く。
「ガアアアアアアア────っっっ!!!」
「はっ、そんなんでビビると思うなよ!」
――嘘ですめっちゃ怖いです逃げたい。




