9.不慮の事故というのは常に起こるもの
「それじゃあ準備をするか」
アルは僕を連れて外に出た。
「これが俺の行きつけの店でな。装備はだいたいここで済ませてる。彼は前衛用の装備を専門にしているが、嬢ちゃんみたいな魔術師向けの防具も置いてある」
「おー」
傭兵ギルドから出て少しのところ。そこにアルの目的地はあった。
武器に防具が雑多に置かれたお店だ。文字は、よくわからないけど読める。不思議な感覚だ。
狭い入口を通って中に入った。
「おお、また来たか傭兵騎士」
「よう、おっさん。お世話になってる」
中には毛むくじゃらのおじさんがいた。僕と同じくらい小さな身長に、髪の毛も髭も長々としていて、毛玉みたいだ。
むすっとした顔をしていて、怒っているみたいで少し怖い。
「嬢ちゃん、紹介するよ。このアーケスの街一番の名匠のヘルムだ。ドワウの男で、少し気難しいところがあるけど腕の良い職人だよ」
「よ、よろしくお願いします」
僕は頭を下げた。突き刺さる視線を感じる。それもそうだ。フードを被った外套の人間なんていう如何にも怪しげな風貌の奴がいたら僕でも疑惑の目を向けるよ。この人の見た目なら、怒鳴ってきても不思議じゃない。
「おめぇさんが何者かなんて、興味はねぇ。大事なのは俺の作品を活かしてくれるかだけだ」
ついてきな。
ヘルムさんはそう言うと踵を返した。
店の奥へと消えていく彼を見て、僕とアルは思わず顔を見合わせた。
本当に気難しそうだ。
「気にすんな、嬢ちゃん。おっさんは職人気質なだけさ。誰に対してもああいう態度をとる。嬢ちゃんが嫌いとかじゃないぜ」
なるほど。頭の硬い、っていったら語弊があるかもしれないけど、そういうものか。
「早く行くといい」
「はい。アルは行かないんですか?」
「俺か? 俺はやめとくよ。おっさんは関係ない奴が同伴することが嫌いなんだ」
「やっぱり気難しい人なんですね……」
ちょっと嫌になってきた。けれどもアルの紹介できたようなものだ。彼のためにも、ここは頑張らないと。
「早く来い」
「は、はい!」
急かされてしまった。
ヘルムさんに呼ばれた先にはこじんまりとした部屋があった。なんの区別もなく物が置かれていた雑多な店内とは違う。きちんと整理されて物が配置されていて、小さい部屋だけど広く感じる。
「ひとまず荷物を置いて外套を脱いでくれねぇか?」
「脱がないと駄目ですか?」
「当然だ。サイズも何もありゃあしない不良品を渡すつもりはない」
「わかりました……」
持っている本を近場にあった机に置いて、フードを取ってローブを脱ぎ捨てる。
薄茶色の布の服が露わになった。薄着になると、恥ずかしい。
銀の髪が視界にちらちらと映る。
「驚いた……おめぇさん、ベスティアか」
「そうなんです、だから、取りたくなかったんですけど」
ヘルムさんは僕の耳を見て一瞬目を見開いたけど、すぐに仏頂面に戻った。
「俺ゃそんなこと気にせん。気にするのは傭兵騎士達ロームの一部だけだ。俺にとって大事なのは、あの傭兵騎士が紹介したおめぇさんが俺の作品を使えるかだけだ。採寸をするぞ」
ヘルムさんはメジャーみたいなものを取り出すと手際の良く僕の体を測っていった。その動作に一切の戸惑いも下心もなくて、本当に彼は熟練の職人なんだと思った。
この体はとんでもない美少女なのに、ヘルムさんの顔は岩石みたいに動かない。
「体型は図り終わった。おめぇさんには金属を使った鎧は重すぎるだろう。違う物で見繕っておく」
「あ、ありがとうございます」
ヘルムさんは僕を置いて部屋から出た。隣の部屋からどかどかと音がして、しばらくすると彼は帰ってきた。
「これがいいだろう。嬢ちゃんは魔術師みたいだからな。重すぎる物は着れん。動きが阻害されて魔術に影響を及ぼすと命に関わる」
ヘルムさんは僕の左手を一瞥すると、1着の服を渡してきた。
あのクソ女神の加護。それがこの世界でどれほどの意味を持つかはわからないけど、この頑固そうなおじさんでも一考にするくらいなんだから凄いものなんだろうな。
ベージュ色の長ズボンに、黒地に白のアクセントを入れた長袖シャツ。きゃぴきゃぴした服装じゃないのだけはわかる。僕は女装なんてしたことないから、服の良し悪しついてはよくわからない。
どちらも装飾がこれでもかと付けられている。宝石に刺繍。生地は控えめな色なんだけど、ごてごてと盛られたアクセサリーが地味さを打ち消している。
アニメみたいに、スカートとかニーソックスみたいな、ひらひらとした薄着かと思ってたけどそうじゃないみたい。
「もっと薄いものを想像してました」
「おめぇさんは傭兵になるんだろう? 山を這い、森を駆ける奴らが傭兵ってもんだ。短いもんなんか履いたら肌を痛めるってぇもんさ」
「そういうことなんですね」
山に入る時には長袖長ズボンにしておけと言っていた如月さんを思い出した。短い裾だと肌を切る可能性があるらしい。
「ここに鏡がある。確認するといい」
一言断ってから、僕は鏡を覗き込んだ。
「……かっこいい」
思わず漏れた声に、僕は焦ってヘルムさんのことを見た。
よかった。聞こえてないみたいだ。
鏡に映った僕は、まるで男装しているみたいだった。凛々しくてかっこいい。
紫色の瞳が、こっちを凝視してくる。
無表情なのもミステリアスでいいかもしれない。
ぴくぴくと揺れる狐の耳も、これはこれでいいかもしれない。これが如月さんの性癖だと思うと複雑な気持ちになるけど。
「残念だが、俺の店だと魔術師用の武器は扱ってねぇ。あれは魔術師にしか作れねぇもんだ。すまねぇな。俺の力不足で用意することができねぇ」
「そんなこと言わないでください。ヘルムさんの装備は十分に凄いです。この防具だけでもわかります」
肌触り。飾りの美しさ。機能性。この装備を手にして思いついたありとあらゆる賛美の言葉を、ヘルムさんは厳しい顔つきで受け止めた。
ただ一言。ありがとうとだけ返してくれた。
本と装備を手に部屋から出た僕はあの筋肉馬鹿の姿を探した。焦げ茶色の髪の毛を目印に、視線をうろうろとさせる。
いた。お店自体そこまで広くない。すぐに見つかった。
アルは武具を見ていた。剣に槍。槌に投剣。武器のカテゴリーを気にすることもなく手に取っている。
「装備は決まったか?」
「はい。防具を見繕ってもらいました」
「そうか、それはよかったな。金は俺が払っておく」
アルはじっーと見つめる僕に気がついたのか、頭を掻いて言葉を付け加えた。
「わかってる。ツケだツケ。嬢ちゃんが稼いだら払えばいいさ」
わかればよろしいのだ。
頼りきりになるのは、好きじゃない。
「あんたに請求すればいいのか? 傭兵騎士」
「ああ」
部屋からヘルムさんも出てきたみたいだ。
アルがきらきらと光る金貨を何個か渡していた。
凄く、高そうだ。
返済する未来を想像して、少し気が滅入ってしまう。けれどもこれが正しい関係だ。そう言い聞かせた。
「嬢ちゃんは外で待ってな」
「わかりました」
購入した物を抱えて僕は先に店を出た。借金する形にはなったけど、僕だけの装備があるっていうのは元男としてとても興奮するものだった。
専用装備。この言葉に惹かれない男はいないんじゃないかな。
だからだと思う。僕は不注意で道を通っている人にぶつかってしまった。
道に買ったばっかの防具と本が散らばる。
僕の細い体は競り合うこともなく吹き飛ばされてしまった。地面に思いっきり尻餅をつく。
相手も驚いているようで、目を見開いていた。
「大丈夫?」
「……はい、だ、大丈夫です」
女の人の声がして、目の前にほっそりとした手が伸ばされた。細くて傷のない少し日焼けした手。ぶつかった人の手らしい。
「ありがとうございます、あの、ごめんなさい」
「いいのよ、いいのよ。若い子は元気なくらいが……あら?」
「……どうしたんですか?」
「あなたもベスティアなのね、ここに同胞がいるなんて意外だわ」
あなた、も。
僕ははっとなってフードが取れてないか確認した。
「……ない」
フードが取れてる。
慌てて顔を上げると、綺麗な女の人がいた。艶やかな烏色の髪は如月さんに似ていて、どこか懐かしい。彼女はニコニコと笑みを浮かべて僕を見ていた。
その頭には隠すこともなく動物の耳がついている。三角形の形をした、猫の耳。
よくみると彼女もフードをしていたみたいだ。お互いに、不慮の事故だ。
彼女も僕と同じ。獣の特徴を持つ人間。ベスティア。
がやがやと人が集まる。突き刺さる様な視線が僕達に向けられる。嫌悪、憎悪、敵意。およそ全てが悪感情。
冷や汗が出た。
「嬢ちゃん!」
店の中から慌てた様子でアルが出てきた。
「チッ」
彼は舌打ちひとつすると、僕の腕を掴んで言った。手際よく道に落ちた物も回収してくれる。
「ここから去るぞ!」
僕の返事を聞く前にアルは僕を抱えて駆けた。いわゆるお姫様抱っこ。だけどちっともロマンチックじゃないなって場違いな感想を抱いた。
すごい勢いで景色が動いていく。
まるで車に乗った気分だ。
あっという間に、寝泊まりした筋肉馬鹿の家に着く。
「嬢ちゃん」
「……はい」
「次からは気をつけろ。ベスティアは、この国ではよく思われていない。そのフードは絶対に取るな」
「……わかりました」
身を持って体験した。あんな、人の目は初めてだ。糾弾するみたいに僕を見ていた。異物を見るみたいに、人ならざる者を見るみたいに。
ぶるっと背筋が震えた。
「脅すみたいで悪い。だが、教えておかないと嬢ちゃんが苦労するだけなんだ。あー、ひとまず、家で飯でも食うか?」
アルが扉に手をかけた時だった。
「私も混ぜてもらっていいかしら?」
「は?」
「えっ」
聞き覚えのある声が後ろからしたのと、アルが剣を抜いたのは同時だった。
「それとも、この国だとベスティアと同じご飯を食べることは違法なのかしら?」
「……あんた」
さっきのお姉さんが、息も切らさずにそこにいた。
アルはこの得体の知れないベスティアのことを睨んで、一触即発の雰囲気だ。
「久しぶりに同胞に会ったのよ。話くらいさせてくれないかしら? それとも、あんたも他のロームみたいにその子を害すつもりなのかしら?」
お姉さんの目が細まる。
剣呑な雰囲気だ。一歩間違えればここで争いが起こっちゃう。
ここで鍵を握るのは僕という存在だ。
僕の行動ひとつで丸く収まるし悪化する。
「あ、あの!」
ふたりはほとんど同じタイミングで僕に目をくれた。
魅せる文章とは何か(哲学)
文学の道は深いということを痛感する今日この頃です。