8.僕の為すべきこと-2
設定ミスを少し訂正しました。
気遣いのできる筋肉馬鹿、アルにくっつきながら家の外に出た。セレネからの貰い物である本も携えておく。もし失くしたりしたら、あのクソ女神が何をするかわからない。
まだ朝方みたいで、眠たそうな人達が多い。
「ギルドは近くにあるが、俺の傍を離れるなよ。それにフードは絶対にとるな」
「わかりましたっ」
進むべき道は決まった。僕にも役に立つ力がある。ならばこれを使うまでだ。
魔術が使える。僕にも戦える力があると思うとうきうきしてしまう。僕は役立たずなんかじゃない。
石畳を道をしばらく進む。右へ左へ何度も曲がっていって、アルは大きな建物の前で立ち止まった。
「ここが傭兵のギルドだ」
「これが!」
世界史の教科書に出てきそうな建物みたい。
鼠色のレンガ造りの外壁は、他の建物が白色な分目立っていた。まるで小さな砦みたいにがっしりとした造りをしていて、お城に来ているみたいだ。
3階はあるかな。本当に大きい。
入口の両開きの大扉は拒むことなく開かれている。門番みたいな人は見当たらない。
「すごい立派な建物なんですね」
「ああ、傭兵は見栄を気にするからな」
アルは迷うことなくギルドの中に入っていった。僕も慌てて付いて行く。
中は予想よりも明るかった。窓ガラスが至る所にあって、そこから日光が入るみたいだ。
「こっちだ、ついてこい」
アルは迷いなく進んでいく。
「あの」
「なんだ?」
「2階から騒がしい声がするんだけど、なんですかあれ」
「ああ、あれか。嬢ちゃんにはまだ早いかもしれんが、あそこには呑んだくれどもが集まってるんだ。暇な傭兵があそこでいつも騒いでいる」
なるほど。居酒屋みたいなものか。
1階まで響き渡るほど大騒ぎしているみたいだ。こんな朝っぱらから元気なことだ。楽しそうだけれども、関わりたくはない。酔っぱらいにいい思い出はない。
「ここのギルドは1階が受付。2階に直営の酒場があって3階が職員用の階になっている。嬢ちゃんが使うのはまあここのフロアだけだろうな」
酔っぱらいに絡まれるのはごめんだ。だから2階には上がらない。
それに、僕みたいなベスティアはここだといい顔をされないらしいし、万が一バレたら酷い目に遭いそうだ。
「嬢ちゃん」
「なんですか?」
「俺の紹介で嬢ちゃんは傭兵見習いにはなれる。ただ嬢ちゃんが1人前の傭兵になるには傭兵団に入るしかないんだ。それが傭兵のしきたりでな。傭兵団で見習い期間を終えて初めて1人の傭兵として認められるんだ」
意外と世知辛い傭兵のルールを聞いた気がする。
傭兵になるためには傭兵団に見習いとして入らないといけないらしい。
「傭兵団で認められた者だけが傭兵として活動できる。これが傭兵達の掟だ。若者を無駄死にさせず、傭兵としての矜恃を叩き込める」
「ということは、僕が傭兵になるには……」
「そうだ。どこかの傭兵団に入らなければならない」
詰んだかもしれない。序盤も序盤。ゲームでいうなら始まりの街。そこに無一文の装備なしで放り込まれた気分だ。実際そうなんだけど。
傭兵団に入るということは知らない人と共同生活を送るということだ。つまるところ、僕の知られたくないことがバレてしまう。
それだと如月さんを探す前に色々と揉め事が起きそうだ。
「そこで、だ」
アルは手招きすると、近くにあったテーブル席に僕を座らせた。受付近くに設けられた休憩スペースっぽい。
アルも座りながら、真剣な表情で語る。
「俺は傭兵の中だとそこそこ名を知られている。自分で言うのも何だがな。それに俺は1人で活動している」
「つまり?」
「簡単な話だ。俺が新しく作る傭兵団に嬢ちゃんが入団すればいい。嬢ちゃんが独り立ちするまで俺が面倒を見てやる」
「あ、ありがとうございます!」
何から何までおんぶにだっこだ。アルには頭が上がらない。
「本当に、ありがとうございます」
「よせ。目立つだろ。この話はこれでおしまいだ」
彼は右手をひらひらと振った。
根っからの善人だ。僕にはとても真似できそうにない。異世界に来て初めて会えた人間がアルでよかった。
「無論、タダでとは言わないぞ」
「わかってます!」
「そうだな……嬢ちゃんが独り立ちしたら俺の探しものを手伝ってくれたらいい」
「探し物ですか」
「ああ」
初めて聞いた。
欲がないと思っていたけれど、この筋肉馬鹿にも人並みの欲はあるみたいだ。
探し物がなんであれ、ここまで助けられてきたんだ。僕が断る理由もない。
「任せてください。僕にかかれば、ちょちょいのちょいですよ」
「嬢ちゃんのその謎の自信はどこから出てくるんだよ……」
僕の自信がどこから湧くかだって? そんなの簡単だ。
「もちろん容姿ですよ」
「わかった、この話はやめよう」
見た目良ければ自信なんて溢れるものなのだ。
「それで、だ。嬢ちゃんは傭兵団になんて名前をつけたい?」
「名前、ですか」
「そうだ。傭兵団は外聞を気にするからな。目立つように、それに他所と区別するために団に名付けをするんだ」
「なるほど」
傭兵団ごとに名前を決めているのか。傭兵団が覚えられやすくするにはいいのかもしれない。
傭兵団の名前、か。
何がいいんだろう。
僕自身、ネーミングセンスがあるとは口が裂けても言えない。SNSで交流する時も、命名をする機会があってもやることはなかった。
僕の烏兎は万能の天才じゃないから限界があるのは仕方がない。如月さんみたいに何でもできる訳ないのだ。
ここはアルに決めてもらおう。
「アルが決めてください。これはあなたの傭兵団なんですから」
「いいのか?」
「はい。僕はこういうこと苦手なんですよ」
「わかった。それなら……」
アルは視線をさ迷わせた。何かを思い出しているみたい。目を瞑って、深く、深く息を吐いた。
「……ディマイト」
「はい?」
「ディマイトはどうだ?」
ディマイト、ディマイト。うん、いいんじゃないかな。
意味はわからないけど、響きが好きだ。
「意味はなんですか?」
「神の加護を受けた鉱石の名前だ。例えば、これなんかがそうだな」
アルはどこからか1振りの長剣を取り出すと、机の上に慎重に置いた。
それは華美な装飾が施された宝剣だった。ゴテゴテとした見た目だ。実用的とはとても思えない。儀礼用の剣にしか見えない。鞘は黄金に彩られてキラキラと輝いていて、柄の部分も飾りが細かく彫られていてびっくりする。
柄の根元には大きな青い宝石が埋め込まれていて、これがまた吸い込まれるほど綺麗だった。
「綺麗だろ? 俺の大事な物だ。この青の宝石がディマイトだ。ソレイユ様の加護を受けた、『神の涙』とも呼ばれる1品だ」
「本当に、綺麗ですね。ずっと見ていられそうです」
「ドワウの名工が時間をかけて創り上げた至高の1振りだからな。時の王が直々に俺に賜った、俺の宝物だ」
「……アルは王様に仕えていたんですか?」
僕の質問に、彼は表情をこわばらせた。
聞いてはいけないことだったかもしれない。
僕は慌てて、話を変えた。
「あの、今のは聞かなかったことに—―」
「いや、いい。嬢ちゃんも隠し事をしている男についていくのも不安だろ……俺は昔、騎士として国に仕えていたんだ。その縁でな、陛下に褒美を頂く機会もあったのさ。まあ今となっては関係ない。俺は誉れある騎士ではなく、金で動くただの傭兵さ」
アルはそれだけ告げると鼻をふんと鳴らした。
何を小馬鹿にしているのかわからないけど、アルはちょっと不機嫌そうに見えた。
納得した訳じゃない。アルは、あの筋肉馬鹿はまだ隠し事をしている。けれども、まだ僕が踏み込むには早い、早すぎる。
もう少し、時間を置かないと解決しないと思う。
「それじゃあ届けを出してくるから待っててくれ」
「わかりました」
アルは席を立って受付まで歩いていった。
受付には髪の薄いおじさんが立っている。ここの職場はストレスが凄そうだ。人相の悪い傭兵達と相対するおじさんに、僕は心から同情した。
「これでようやく、一歩踏み出せる」
僕はこのカノンでやっとスタートを切ることができた。
同じく飛ばされた如月さんを探す偉大な一歩だ。あのクソ女神セルネの力で魔術も使えるようになった。
小さな一歩だけど重要なことだ。
このひ弱な身体で、傭兵で名を馳せることなんて無理だろう。ましてや世界を救うなんて言わずもがな、だ。
そんな僕が役に立つには長所を伸ばしていくしかない。僕が持つ長所、魔術だ。あのアルですら、左腕のセレネの模様は僕のよりも小さい。
才能があるってアルは言ってた。あのクソ女神は否定したけれど、僕が世界を救う役に立つにはこの部分を伸ばすしかない。
そのためにはあいつから貰ったこの立派な本。それを使いこなせるようにしないと。あいつがゴミを渡すとは思えない。
そんな妙な信頼があった。
「待たせたな」
「早いですね」
アルは予想よりもだいぶ早く帰ってきた。
「言っただろ? 俺はそこそこ名を知られているんだ。傭兵団を作ることなんざ、ほんのすぐに終わるのさ」
アルはどっかりと椅子に座ると、机の上に硬貨を置いた。
金銀銅色とりどり。男の横顔が掘られた銅貨。たなびく旗のようなものが掘られた銀貨。女の人の顔が掘られた金貨。
ここの貨幣の価値はわからないけど、安くはないと理解できる。
「これが嬢ちゃんの分だ」
「なんですかこれ?」
「嬢ちゃんの装備を買う分だよ。そんなローブだけじゃ意味がない。エレオス王国の誇る騎士達だって、その練度はもちろん装備の質の良さでも有名なんだ。そのくらい装備は大事なんだ」
「いいんですか……?」
「気にすることはない。なんたって、嬢ちゃんは今日から俺の傭兵団の一員だからな。それに隠し事をしていた負い目もあるんだ」
アルは僕の目を真っ直ぐ見つめながら、言葉を紡ぐ。本当に、心の底から僕のことを心配しているらしい。
お人好しだ。本当に、本当にあまちゃんだ。
彼は、見ず知らず、それも種族すら違う僕のことを見捨てもせずに助けてくれる。そこに損得の感情もなくて、まるで当然のように手を差し伸べてくれる。
本当に騎士みたいだ。アルは昔のことだと鼻で笑っていたけど、今でも騎士の気概は失われてない。そう思える。
「それじゃあ行こうか、嬢ちゃんの探しものを見つけに」
アルはその右手を差し出してきた。
剣だこだらけの、ゴツゴツとした男の手のひら。彼が才能だけで力をつけたんじゃないんだとわからされる。
「はい、よろしくお願いします!」
僕は迷いなくその手を取った。がっしりとして、暖かくて、大きな手だった。
自覚しているんですけど、進行が遅いんですよね。サクサクと進めて描写も濃厚な作家さんを見習っていきたいです……。