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5.出会い-2

この話からナルシスト成分が増えていきます。

 崩れた壁から外へ。

 空気が変わる。獣臭さから鉄の臭いへ。間違いない。血だ。血の臭いだ。

 あの筋肉馬鹿はすぐに見つかった。

 ちょうどあの化物にとどめを刺しているみたいだ。左胸の辺りにランスを一刺し。化物は苦しそうに呻いていたけどすぐに黙った。


「あの」

「ん? ああ、嬢ちゃんか。大丈夫か? ウェアシュに何かされなかったか?」


 筋肉馬鹿は傍で転がるあの灰色の怪物を顎で示しながら、心配そうに声をかけてきた。

 ウェアシュはあの化物のことなのか。


「僕は何もされてないです。ただ、突然襲われたので何が何だかわからなくて」

「それはよかった。間に合わなかったら俺の寝覚めが悪いからな」


 筋肉馬鹿は焦げ茶色の髪をわしゃわしゃと()いた。

 僕よりも背が大きい彼は、僕に目線を合わせて話してくれる。返り血に濡れた褐色の革鎧が視界から外れて少し安心する。

 青い瞳が僕を映す。

 あの巨大な化物から救ってくれた英雄は、顔がいいことを覗けば近所にいそうな優しいお兄さんみたいな人だった。中身はゴリラのような筋肉馬鹿だけど。

 頭を下げる。


「ありがとうございました。おかげで、助かりました。もう少しであいつにやられるところでしたから」

「間に合ったならよかった。あと、嬢ちゃん。悪いことは言わないがその耳、隠した方がいいぜ」


 彼は、周囲を警戒しながら小声でそう伝えてきた。

 耳なら、髪の毛で隠しているじゃないか。


「耳? 耳ならほら、髪の毛で」

「いや、違う。その頭にある耳だ。嬢ちゃんのようなベスティアを嫌う人間は多いからな。荒事に巻き込まれたくないならフードでもしとけよ嬢ちゃん」


 頭にある耳。ベスティア。たぶんこれは如月さんが鼻息荒く語っていた獣人のことだと思う。

 僕は確認しようと頭を探るように触る。

 あった。

 もふもふとした毛並み。いつまでも揉んでいたくなる。気持ちいい触り心地の耳。


「ふぁっ……」


 ゆっくりと触ると気持ちがいい。前に飼っていた犬もこんな気持ちだったのかな。

 間違いない。これは、獣耳だ。


「嬢ちゃん、男の前でそんな顔はするなよ」

「……ひゃい」


 呆れた声で僕は我に返った。

 変な声を聞かれた恥ずかしさから俯いてしまう。


「はぁ」


 彼はわざとらしく溜息を吐いた。

 地面にランスを突き刺して、大きな盾を置いている。さすがに筋肉馬鹿でもあんなのを常に持っているわけじゃないみたいだ。


「ひとまず、そのフードを被れ。直に人が来る。早くしろ」

「わ、わかりました」


 男の急かすような声音に僕は慌てて首肯した。

 フード、フード、と。これだ。背中に手を回してフードを被った。

 今まで意識してなかったけど、今の僕はセレネに似た服を身に着けていた。あいつに似た服を着ることは、ちょっと怖い。

 真っ黒色の外套(がいとう)。フードも付いてて、旅の修道士みたいだ。ファンタジーな世界でお約束とも言える服装かもしれない。


「……人が来たな。嬢ちゃん、ひとまず静かにしててくれよ。その耳がバレたら話が(こじ)れる」


 僕は勢いよく頷いた。何度もしてると、筋肉馬鹿が呆れて笑う。子供をあやすみたいに頭をぽんぽんと叩いてきた。

 本当に、子供だと思ってるよこれは。納得がいかない僕は筋肉馬鹿を睨むけど、彼は気にもせずに笑みを浮かべていた。

 そもそもフードで僕の視線に気付いてないかもしれない。

 筋肉馬鹿は地面に指したランスと盾に触れると、それを一瞬で消し去った。


「えっ」

「ん?」

「なんで……武器が消えたんですか?」


 物理学者も真っ青な光景だ。物理法則というものを無視した現象に僕の脳は理解不能と白旗を揚げた。


「これはソレイユ様の祝福だ。嬢ちゃんはここまで至った人に会ったことないのか?」


 至るとはなんだ。経験を積むことなのかな。

 僕が疑問符を浮かべていることを察したのか、彼は真面目腐った顔で解説を始めた。

 ただの筋肉馬鹿ではないのかもしれない。


「嬢ちゃんの右手にもあるだろ? ソレイユ様の祝福の印が。ソレイユ様の力で俺は武器防具を、こう、違う空間に収めることができるんだ」


 僕は自分の右手をまじまじと見つめた。

 まるで太陽のような白の模様。これがソレイユ様の祝福と呼ばれるものらしい。


「獣人達もソレイユ様を信仰しているのに、珍しいな」


 どうやらこれはカノンの常識らしい。

 どうにかしてこの常識というものを知らないと、致命的なミスをしそうな気がする。


「ええと、その。色々と忘れてしまったようで」


 えへへ、と愛想笑いを浮かべると、彼はあからさまに溜息をした。


「はぁ。まあいい。街についたら教えてやる」


 下手な誤魔化し方だったかもしれない。

 筋肉馬鹿は納得はしてないみたいだったけど、特に気にしているようでもなかった。

 近くで足音がした。それも大人数の。

 

「来たな。そこで黙ってろよ、嬢ちゃん」


 筋肉馬鹿は口に指を当てた。

 子供扱いだ。本当に、あとで蹴りの1つでも贈ってあげよう。そう決心した。

 美少女の蹴りはご褒美なのだと偉い誰かが言っていた気がする。

 どうやら筋肉馬鹿以外にも人間がいるみたいだ。10人近い人数が一気に集まってきた。

 代表者として、スキンヘッドの大男が話しかけてきた。厳つい顔の禿頭(とくとう)。熊みたいな見た目をしたおじさんだ。


「そっちも終わったか? アル」

「ああ。そっちはどうだ? 撃ち漏らしはいるか?」

「大丈夫だ。ここのウェアシュはみんなやった。群れの(ぬし)はアルがやってくれたからみんな大助かりだ。楽に依頼を終えることができたよ。さすが『傭兵騎士』だな」

「褒めてもなんにも出ないぜ」

「事実だろ? ところで、そこにいる奴は誰なんだ?」


 彼はずっと僕の存在が気になってたみたいで、さっきからちらちらと視線を向けていた。

 筋肉馬鹿—―アルは心痛な面持ちで答える。


「こいつはウェアシュに捕まっていた人間だ。主の住処で囚われていてな、さっき助け出したところだ。見た通り怯えていてな、俺が外套を貸してやってるんだ」

「そうか。それは……災難だったな。俺達が手伝えることはあるか?」

「いや、大丈夫だ。俺が街まで連れていって面倒を見る」

「わかった。何から何まで頭が上がらないな」

「コンラッドが気にすることじゃない」


 アルが手を振ったことで話はお開きになったみたいだ。


「みんな、依頼は達成した。ひとまず森を出てアーケスの近くまで向かおう」


 コンラッドが号令をかけると、この場に集まっていたみんなが一斉に準備を始めた。


「アーケスってなんですか?」

「アーケスは近くにある街の名前だ」

「なるほど」


 てきぱきとこなしていく姿は様になっていて手間取ることもない。彼らがこの道で生きてきたことをまじまじと感じさせる。

 地面に転がるウェアシュから何かを剥ぎ取ったり、戦利品して役に立ちそうなものを選別したり。

 それから死体を一箇所にまとめて燃やすらしい。

 僕は筋肉馬鹿の近くでそれを眺めていた。僕が何もできずに捕まった怪物達が呆気なく灰になるその光景を。

 コンラッドと仲間達は僕を気にしてくれていて、声をかけてくれたり不満がないか()いてきた。

 不満なんてない。助かっただけでも充分なんだ。


「そういえば名前を聞いてなかったな。名前はなんていうんだ?」


 筋肉馬鹿は小声で尋ねてきた。

 名前、か。今のこの身体で名乗る名前なんて1つしかない。僕が気に入っていたというのもあるし如月さんを見つけるためでもある。

 烏に兎と書いて烏兎(うと)。ここに漢字があるかは知らないけど、ここでも僕は烏兎だ。

 理想の自分。演じていた、望んでいた存在。それが烏兎。そして、今の自分。


「僕の名前は烏兎」

「ウト……か。変わった名前だな」

「よく言われます」


 筋肉馬鹿は頬を掻きながら、困ったように笑う。


「気を悪くしたらすまない。俺の名前はアルフォンス。みんなからはアルやら、傭兵騎士やら言われている。好きに呼んでくれ」


 傭兵騎士。なんとも僕の心をくすぐる名前なんだ。この筋肉馬鹿のどこに、騎士のような清廉さがあるのか教えてほしいものだ。粗野な傭兵って言われた方がまだ納得がいく。

 筋肉馬鹿の呼び名か。

 うん、決めた。

 アルだ。アルさんと呼ぶのも違和感がある。例えるのは難しいけど、気さくな親戚のお兄さんみたいな感じ。さん付けで呼ばれることを嫌がる、親しみやす先輩が近いかもしれない。


「じゃあ、アルって呼びますね」

「その取ってつけたような敬語もいつでもやめていいぞ。言い慣れてないのがすぐにわかる」

「……善処します」


 僕は早くもキャラを見失いそうになる危機を迎えていた。いかん。いかんいかん。

 僕は美少女なんだ。美少女たるもの、その身に相応しい立ち振る舞いや言動をしないと駄目なんだ。

 今の見た目を正確に把握していないからどの話し方がベストなのかよくわからなかった。とりあえず敬語で話してはいるけど、すぐにボロが出そうだ。

 僕は演技に自信を持っていたけれど、どうやらそれはSNSの時だけの話みたいだ。人と話すとすぐに素が出る。こんな筋肉馬鹿のゴリラにすら見破られる程度のレベルだなんて悔しさを通り越して悲しい。


「事情は街についたら聞いてやる。力になれることがあるなら、ある程度は助けてやる」

「あの、どうしてそこまでして僕を助けるんですか?」


 あまりにも善人すぎる。助けてもらった手前、アルを疑いたくはない。けれどもメリットもないのに人を助ける人間を僕は信用できない。

 お金と引き換えに手助けする奴らの方がよっぽど信頼できる。


「もしかして……」


 もしかしたら、理由はあれかもしれない。

 今の僕は絶世の美女。いや、美少女。あの天才、如月玲が全身全霊を込めて書き上げて、ソレイユが創り上げたまさしく最強の美少女。

 この筋肉馬鹿には僕をはっきりと見られている。そこから続くこの態度。

 つまり、僕が可愛いからにほかならない。僕の可愛さにやられてしまったか。それならここまでの厚意ももっともだ。

 筋肉馬鹿でも美は理解できるみたいで安心した。

 僕はふふん、と鼻を鳴らす。

 突然胸を張った僕をアルは怪訝そうに見てきた。


「もしかして、僕の可愛さにやられましたか?」

「アホか」

「痛っ」


 おでこを小突かれた。少し痛い。


「そんなんじゃねぇよ。俺は昔からガキに優しいんだよ。ただそれだけだ。いくぞ、嬢ちゃん」

「あっ、ちょっと待ってください!」


 アルはそそくさと歩き始めた。他の人達も移動を始めている。

 僕はアルの背を慌てて追いかけた。

 筋肉馬鹿にとって美少女か否かなんて関係ないらしい。僕は学んだ。僕は賢いのだ。

 みんなは確かな足取りで進んでいる。

 僕は土地勘も、森での経験もないから筋肉馬鹿の後ろをひたすら付いていくことになった。

 アルはこちらを気遣って何度も振り返って確認してくれる。本当に頼れる兄貴分だ。


「大丈夫か? 嬢ちゃん」

「大丈夫です。こう見えても体力あるんですよ」

「冗談をいう余裕があるなら平気だな」


 (つまず)かないように慎重に。けれども置いていかれないように素早く。

 スキンヘッドのおじさんも優しい人みたいで、みんなが僕に合わせてゆっくりと動いてくれている。

 アルが何度も「担ごうか?」と言ってくれたけど、元男としての小さなプライドが施しを断った。ありがたいけれども。


「もうすぐ森を抜ける」

「やっとですか……」


 みんなウェアシュを警戒していたけれども、何1つ起こることなく終えることができた。

 あんなに生えていた木々も外縁に向かうにつれて少なくなっていって、今はもう点在しているだけになっていた。


「森を抜けたぞ!」


 誰かがそう叫んだ。

 やっとだ。さすがに歩き疲れた。

 僕はほっと息を吐くとアルを見上げた。


「アーケスは近いんですか?」

「ああ、すぐに見えるさ」


 森を抜けた。その先には平原が広がっていた。

 長閑(のどか)な田舎のような風景だ。北海道の草原みたいだ。牛がほのぼのと歩いていても不思議じゃない。


「ここで解散だな、アル。お前は早くその子を街まで連れていくといい。俺達は用事を済ませてからアーケスに戻る」

「わかった。ありがとう、コンラッド」

「俺達もアルに助けられた。お互い様さ」


 筋肉馬鹿とスキンヘッドのおじさんが手を交わして別れを告げていた。


「ありがとうございました」


 僕はぺこりと頭を下げる。彼らには、本当に助けられた。危うく死ぬところだったのだから、感謝してもしきれない。


「気にするな。お前さんも元気でな。街でもし困ったことでもあればアルか俺を頼ればいい。『熊のコンラッド』とでも言えば伝わる」


 コンラッドさんはパーティメンバーを連れて、僕達とは違う方向に歩き始める。お別れにと手を振ってくれた。

 異世界に来てから、いい人にしか会っていない。それはとても嬉しいことで、でもどこか信用しきれない醜い自分がいる。


「いい奴だろ、コンラッドは。あいつの言葉通り、困ったら俺があいつを頼るといい。さあいくぞ。アーケスに」

「……はい」


 本当にいい人達だ。僕は遠のく彼らの背を忘れないように、何回も振り返りながらアーケスの街に向かった。

申し訳程度の「カワイイボクヤッター」成分。

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