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3.僕は運がいいらしい

とっとと異世界に飛んでほしいので連続投稿しています。

 体の芯から冷えていく。黒い液体が僕の体を覆って蝕む。

 負の感情が溢れてくる。

 悲しみ。怒り。嘆き。寂しい。苦しい。怖い。独りが嫌だ。自分が嫌いだ。理想の自分に似てもいない。綺麗でもなく、格好よくもない。どこにでもいる人間。

 嫌だ。僕はこんな自分が嫌だ。

 だから逃げた。逃げて、空想の自分を(つく)りあげた。理想の言動、見た目、仕草。全てが僕の望み通り。

 嘘。嘘だ。どれほど現実的であってもそれは幻想。嘘つき。幻を現実だと思い込む。

 お前はありふれた人間なんだと。どこにでもいる凡人なんだと(ささや)く声がする。彼女と釣り合える訳がない。足を引っ張り、邪魔をする存在なんだと。

 偽りの僕が剥がれていく。『烏兎(うと)』という存在を通して触れ合った彼女。彼女が好きな『烏兎』。

 違う。違うんだ。それは僕であっても僕じゃない。理想の存在を演じる醜い男の成れの果てなんだ。

 彼女が好きなのは偽物の僕。SNSでしか生きられない存在。現実の僕はどこにでもいる高校生。

 なんて悲しいんだ。悲観してしまう。

 ここは寒くて凍えそうだ。でも縮こまることもできない。僕は地面に(はりつけ)にされているのだから。

 抵抗することもできない。ただされるがままに蹂躙される。

 冷たくなって、より実感してしまう。僕は独りで、助けてくれる人もいない。誰にも気付かれずに1人ここで死ぬ。体の感覚がなくなって、考える気力もなくなって、最後に心も動かなくなる。

 あいつはそれを傍から観察するだけ。どこまで僕が保っていられるか、待っている。

 嫌な奴だ。

 あいつの望み通りの結果にはしてやらない。如月さんのためにも、僕のためにも。それだけが今の僕が生きている理由だった。

 どれほど耐えても終わりが見えてこない。じわじわと僕の心が崩壊していく。体なんてとっくに動かない。

 終わらないのかな。ずっとこのまま、僕が諦めるまで。

 あそこまで言い切ったんだ。僕は諦めない。けれども僕はどこまでも普通で、弱い人間だった。

 痛いことは嫌だ。辛いことも、独りでいることも。如月玲みたいに超人じゃないんだから。

 助けてほしい。誰でもいいから、助けて。みっともなく、恥も捨てて誰ともなく縋ってしまう。

 極寒の牢獄だ。僕が諦めるその時まで、壊してほしいと懇願するまで彼女は僕をここに閉じ込めるだろう。


「あの忌々しい女め。ここに気づいたか」


 急に視界が晴れた。

 あの液体が、僕を避けるみたいに逃げていく。

 いや、僕じゃない。

 僕の隣に何かがいる。あいつとも違う何かが。

 それはお母さんみたいに優しくて暖かくて、人の温もりを思い出させるような存在だった。


「やっと見つけました」


 あいつと同じだ。恐ろしく美しい光。思わず跪いて崇めてしまうような、まるで神様みたいな存在。


「また人間にこんな(むご)いことをして。いい加減にお姉さんも怒りますよ」

「ふん。姉様も姉様だ。甘すぎる。それでは駄目だ。現に私の試練を乗り越えた者は一流の戦士となっているぞ」

「ひと握りの強者だけじゃ世界は救えないと何度言えばわかるんですか!」


 なんだこれは。あいつと光輝く何かは言い争っている。この2人は姉妹なのか。

 彼女達は僕を置いてヒートアップしていく。


「私が加護を与えるのは試練を乗り越えた者だけだ。そこだけは譲れない」

「はぁ……まあいいです。とにかく! この子は預かりますからね。彼女のような才能もない人間にこのような試練など、乗り越えられるはずがありません」

「チッ。まあいい。好きにしろ」


 光は僕に近寄ってくる。


「ああ、この姿が見えないのですね。失念していました」


 次の瞬間には光が1人の女性に変わる。

 あの銀髪の女よりは頭2つ分小さい。僕よりも小さい背丈。肩にかかる程度のブロンドの髪。

 爛々と輝く青い瞳で僕を見ている。

 白のワンピースを来ていて、その姿は活発な女の子のイメージそのものだ。けれども彼女も普通の少女じゃない。

 ありえないほどに整った顔立ち。人間というよりも精緻な西洋人形と言われた方がしっくりとくる。


「私はソレイユ。彼女はセレネ。私の妹です。この度は愚妹(ぐまい)がご迷惑をおかけしました。用があったのはもう1人の人間でして、貴方はそれに巻き込まれる形でこちらに来てしまいました」


 申し訳ございません。そう言って頭を下げる彼女を止めようと、僕は手を動かそうとした。


「いけません。見てはいけません。貴方は今、魂だけの存在です。ひとまず場所を変えましょう。ここだと妹のことも気になるでしょう」


 手が動かない。いや、体の感覚がない。ソレイユは、あわあわと手を振っていた。


「はぁ……とっととその出来損ないを連れていけ、姉様。覚えておけよ、出来損ない。私は常にお前を見ている。常にな」


 セレネはしっしっ、と犬を追い払うような仕草をした。

 次の瞬間には景色が変わる。あの悍ましい黒色の液体は消え、花の香りと共に緑溢れる大地に。空は青く、風も優しく吹いている場所に移る。

 セレネのいた場所が冥府ならば、ここは天国なのかな。


「申し訳ございません、私の愚妹が貴方に迷惑をかけました」


 ソレイユはまた頭を下げた。

 さっきの彼女の言葉から、僕は大切なことを思い出した。

 もう1人の人間。彼女だ。如月玲のことだ。


「彼女が、如月さんがあいつの手で殺されて、それで、それで」

「大丈夫です。落ち着いてください。彼女は生きています。私達の目的も彼女の存在なのですから、危害など加えようがございません」

「でも、あいつ、如月さんの……その、死体を」

「セレネは、性格が悪いのです。貴方を追い詰めるために偽物の亡骸を用意したのでしょう。私達にとっては容易なことですから」


 信じられるのか。この2人の存在を。

 如月玲の鞄から黒い玉がでたこと。それからあのセレネが操っていた液体が溢れ出したこと。

 姉とか、妹とか呼びあっているこいつらは、共犯なんじゃないか。また希望をちらつかせて、僕を騙して絶望させるつもりなんだろう。


「信じられない気持ちは理解できます。私からは信じてほしいとしか言えないのですが、如月玲さんからはこれを預かっています」


 ソレイユは虚空から1枚の紙を出した。


「それは……」

「はい。貴方様の理想の姿だとお聞きしております」


 丁寧に折り畳まれたそれは、如月玲の渾身の作品。僕の理想の姿である『烏兎』ちゃんのイラストだった。


「その、大変申し上げにくいのですが、貴方様の御身体は崩壊しておりまして、魂だけが存在している状態です」


 ソレイユは申し訳なさそうに、そう告げるが僕は理解できなかった。

 身体が崩壊するやら、魂だけ存在するやら。そんなオカルトじみた事が本当に起こるのか。

 けれども僕は、理性では拒否していても本能は、その存在を確信していた。要は、信じたくないのだ。

 あの黒く恐ろしい液体。夢だとするには現実的すぎる感覚。ソレイユから感じる人肌とは違う確かな温かさ。なによりも、どんなに視線を動かしても自分の身体が映らないこと。

 そのどれもが今この瞬間が嘘ではないと証明している。


「それで、僕はどうなるんですか?」

「肉体が消滅しているので、新しい身体を貴方様に贈ることにします。元の世界に戻すことも可能ですが、如月玲様は私達の世界に必要なのでそれだけは不可能です」


 僕は、元の世界に戻れるのか。元の、あの日本に。

 けれども彼女がいない。如月さんがいない。幼い頃から見てきた彼女の背がない。

 僕1人だけ日本に帰る。そんなのただの裏切りだ。彼女を置いて、日本に帰ったとしても僕の日常から如月玲という色が欠ける。

 それはとても大切なもので、彼女のいない日々は退屈になるだろう。僕は、僕の理想を認めてくれる彼女の存在が必要なのだ。

 答えなんて考えなくても決まりきっていた。


「僕は、戻りません」

「……よろしいのですか?」


 ソレイユは目をぱちくりとさせた。


「はい」

「わかりました。それでは、私の世界に向かう前に軽く状況を説明しておきましょう」


 よかった。

 僕はほっとした。このまま何も言われずに飛ばされていたら、僕は如月玲と再開する前に野垂れ死んでいたかもしれない。

 地球の歴史に名を残す偉人達は情報を大事にしてきたんだ。僕もそれを軽視する訳にはいかない。


「私達はこの世界をカナンと呼んでいます。貴方様と同じ人間の他にエルヴン、ドワウ……色々な種族が暮らしています。彼らは時に争い、時に助け合って生きています」


 カナン。それがこの世界の名前。

 ファンタジーみたいな世界だ。よくわからないけど、人間以外にも繁栄している生物がいるんだろう。


「ここで私が如月玲さんに求めたことは世界を救うです」

「世界を、救う?」


 いきなりすごい言葉がでてきた。

 世界を救う。それは個人でできることなのか。そもそも何から救うのか。

 僕が(たず)ねる前にソレイユは答えた。


「終末からこのカナンを守ることが彼女の役割です。この世界は間もなく滅びます」

「世界が滅びる? そんなこと、ありえない。みんなが死ぬまで戦うんですか?」

「いえ、身内の争いではなく外部からの侵攻で滅びます」


 怖い世界だ。滅びが確定していて、ヴァイキングのような恐ろしい蛮族にでも襲われるのか。


「蛮族というと、語弊がありますが。ともかく、この世界は滅亡する、『呪い』のようなものをかけられているのです。既に何度も壊しては直してを繰り返して……すいません、これは蛇足でしたね。その運命を断ち切るために私達は全力を尽くしているのです」


 ソレイユは僕をじっと見つめる。

 やっぱり彼女も、あのセレネのように心が読めるみたいだ。

 そして、世界を救うために頑張っている。何度も、何度も。けれども彼女は守りきれなかった。


「この呪いに、私達と縁がある者達では対抗できません。だから、如月玲さんを呼びました。彼女なら、可能性がある」

「でも、如月さんは争いのない国で生まれているんですよ? それを……」

「私も、そこは申し訳ないと思っています。ただ、彼女の才能は本当に申し分ないのです。それこそ経験がなくとも必要とするほどに」


 ソレイユは何回も頭を下げる。見ているこっちが逆に困ってしまう。

 幼い彼女が謝る姿は、絵面的にアウトだ。まるで僕が柄の悪い男で彼女のことを弄ぼうとしているみたいになる。

 それにしても、如月さんはやっぱり飛び抜けた才能の持ち主だったんだな。そりゃあ僕なんかが(かな)わないわけだ。

 彼女は天才という一言では片付けられないほどのモノを持っているし、今の環境に収まる器ではなかったのかもしれない。

 けど、それとこれは別だ。平和な日本から危険な異世界に旅立つ必要など、どこにもないのだから。


「私も彼女とは話をさせていただきました。彼女との関係は対等です。私は対価を支払い、彼女はその力を貸す。彼女は彼女自身の意志で、私の願いを聞いてくれました。私の名に誓って、如月玲様に不利益はもたらしません!」


 ここでソレイユが嘘をついている可能性は否定できない。

 けれども、あの地獄から救ってくれた。それに如月さんが騙されるとは思えない。如月玲の力作を預かってもいるんだ。だから今は信じてみよう。

 彼女が僕を騙していたなら、それこそもうお手上げだ。僕にはどうすることもできない。


「とりあえず、信じます」

「ありがとうございます! 優様!」


 ソレイユは嬉しそうに微笑んだ。

 けれどもその笑顔はすぐに凍りついた。


「すいません! 私としたことが、優様を魂の状態のまま放置してしまいました……すぐに新しい身体を創りますね」


 忘れていた。こんな重要なことを忘れるなんて僕もどうかしていた。痛みを感じないこともあるけど、この空間が居心地が良すぎるのも原因だと思う

 セレネのいた場所とは違う。暖かくて花々が可憐に咲いている。悍ましい黒の液体はなく、甘い蜜のような匂いが広がっている。

 人に優しい空間だ。

 ソレイユはまた何度も頭を下げた。

 根はいい人なんだろうな。

 僕はそれを止めようとしたけど、身体がないことを思い出してやめた。


「優様は何か御希望はございますか……?」


 ソレイユは首を傾げた。

 希望の身体。

 そう聞いて僕は1枚の紙の存在を思い出した。

 僕の理想の存在。SNS上での僕である『烏兎』。

 それこそが僕の望むモノ。僕が演じ、如月さんが好きだといってくれた存在。

 ソレイユをちらっと見ると、彼女は小さく笑っていた。


「如月さんから貰った絵の通りの姿にできますか?」

「大丈夫です。任せてください、優様」


 よかった。

 僕は、ついに理想の自分を手に入れられる。僕が望み、求めたものを。

 ソレイユはその後も、念を押すように質問がないか確認してきた。

 如月玲が生きている。そして世界の滅亡を救おうとしている。それさえわかれば、もう大丈夫だ。


「本当に大丈夫ですか?」

「はい。もう質問はないです」


 ソレイユはまるでお母さんのようだ。我が子のように僕のことをあれこれと世話を焼く。

 ソレイユから最後まで心配の色が取れることはなかった。


「わかりました」


 ふぅ、と大袈裟に彼女は息を吐く。


「それでは、優様をカナンに送りますね。歓迎します、来訪者よ。私達のカナンにようこそ。貴方にソレイユの祝福を、セレネの加護あれ—―」


 ソレイユは祈るように両手を合わせ、彼女の言葉が届くと同時に僕の身体を浮遊感が覆った。

 まるで高いところから一気に落ちる感覚。胃が気持ち悪い。

 視界が暗転する。何も見えなくなって、けれどもすぐに眩しい光が僕を襲う。


「ここは……」


 気がつくと僕は森の中にいた。緑色の苔が色々なところにあって、日本では見たことがないほど大きい木々が生えている。不気味な森だ。


「ここからどこにいけばいいんだ……?」


 異世界を訪れてすぐに、僕は途方に暮れる羽目になった。

メンタルが強いのは主人公の特権

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