第7話「鬼が出るか蛇が出るか」
「お宅訪問って何だよ」
「鬼退治の依頼が住職から神主を辿りまして、次いで妖退治屋。また神主に戻りまして、拝屋さんにシフトチェンジ。次いで霊能者にいきまして、狐退治専門店。最後に俺の元に来たってことです」
「つまり俺関係ねぇじゃねぇか!?」
「すみません。狐のコンコンさんから紹介されてきました。鬼専門退治屋の桃山桃李と申します」
「無視かよ」
「ウルサイです。戸田君」
インターフォンから消え入りそうな声で「どうぞ」と応対があり、玄関の扉が開いた。
「あの……本当にやって頂けるのですか?」
「ええ。我々にお任せください。お嬢さんは必ずお助けしますので。まずは、お話を伺っても?」
「はい……此方の方は?」
中から出てきたのは四十代半ばの、やせ細った女性。服の上からでも分かる枝のように細い腕。ロングスカートから覗く折れそうな足首。扱けた頬と隈の深い目元が印象的だ。
今にも倒れそうな女性に涼季は目を瞠った。死にそう、と言っても大差ないような弱り具合だ。不気味にも思える重苦しい雰囲気はコトの重大さを物語っていた。
しかし桃李は冷静だった。否、柔らかい笑顔を振りまく様は異様だ。胡散臭いこと、この上ない。涼季には彼が詐欺師のように思えてならないし、依頼者の女性も同じ疑念を抱いたようで胡乱な目で二人を見比べていた。
「コレは私の助手のようなものです。こう見えて優秀なのでお気になさらずに。あ、こちら名刺になります」
「はぁ……ありがとうございます」
女性は名刺を受け取り、二人をリビングへ通した。手早くコーヒーが用意され話は逸早く始まる。涼季は女性の話もそぞろに室内を見渡した。
至って普通の風景だ。ダイニングキッチンが備えられた少し広めのリビング。二人が腰かけているのは三人掛けのソファだ。女性はカーペットの上に腰を下ろし睫毛を伏せている。
少し暗めの室内は遮光カーテンが引かれたことによる弊害で、女性の肩越しに座っている遺影だけが〝普通のリビング〟に添ぐわない。
遺影の中では女性と同じ年代の恰幅のいい男性が微笑んでいる。家族写真の一部を切り取ったものだろう。誰かの頭部が若干映り込んでいた。
「娘がおかしくなったのは一月ほど前。主人が亡くなった頃からです。真面目なあの子が夜遊びをするようになって。いえ、夜遊びではないのかもしれませんが、帰りが異様に遅くなったんです。危ないからと言っても聞いてくれなくて……今迄なら絶対ありえないことです。それから目を合わせて話をしてくれなくなって。それでも高校生ですから、過保護にしすぎるのもよくないと思って我慢していたら、娘の部屋で果物ナイフを見付けてしまって……分かってしまったんです。この子は父親の復讐を果たそうとしてるって。それでやめさせようとしたんです。今度こそは話をしようと。
でも異様に顔を隠すので、おかしいなと思って顔を覗き込んだら目が真っ黒に染まっていて。白目の部分が黒くなってて……悪いモノに取り憑かれたんだと、その時初めて思ったんです。それからは、ご存知のことと思いますが、あちこち回りました。でも誰も娘を助けれなかった。貴方なら助けられるんですよね?」
「ええ。鬼の仕業なら私がお助けします。とりあえず診てみないことには判断がつきません。娘さんにお会いしても宜しいですか?」
「はい」
「娘さんの名前をお伺いしても?」
「香です」
「ありがとうございます。香さんですね。
それでは注意事項を申します。何があっても様子を見にきてはいけません。変な音がしても香さんの悲鳴が聞こえても、不可思議なことが起きても、けしてこの場から動かないでください。これが守れないようでしたら外出いただきたいのですが、如何します?」
「え……何をするんです……?」
「それは、お話出来ません。企業秘密ですから。如何します?」
「外出てろよ」
「戸田君。口の利き方に気を付けてください」
「要は危険だから外に出てろってことだろ。そう言えばいいじゃねぇか。アンタだって娘に憑いてんのが悪いのだって気付いてんだろ? だったら外出てろよ。ただの人間が居ても邪魔なんだよ」
「すみません。あとで言い聞かせておきますね。要はそういうことです。ですが娘さんを心配する御心も分かります。ですからどういたしますか?」
「……なら、外に居ます。娘をどうぞよろしくお願いします」
それから女性は身支度を終え、外出していった。