第6話「知らぬ仏より馴染みの鬼」
「あの少女は、まだ完璧に癒着してはいなかった。正確には身体の適合率がよくなかっただけの話です。でも時間と共に鬼は身体に馴染む。そのうち人を超越した身体能力を持って戸田君を狩りにくるでしょう。そうなったら、お手上げですので俺はとんずらします」
「退治屋ってのは随分使えねぇんだな?」
「鬼を殺す方法はありません。良くて封印、上手くいけば解放。あとは話をして解決するしかないのです。だから動きが鈍く癒着が浅い内に縁を絶つしかない。病気でもよく言うでしょう? 早期発見が大事って」
「それでも逃げ切るって言ったら?」
「無理です。あの少女の願いを叶えるまで餓鬼は目的を果たせません。必ず貴方を殺すでしょう。一介の人間がどうこう出来る話ではありませんよ」
「アンタも人間だろ?」
「俺は退治屋です。鬼専門のね」
桃李が口端を上げニタリと気味の悪い笑みを浮かべる。それを見止め涼季は逡巡した。
今聞いた話を全て信じるほど涼季も馬鹿ではない。他人を常に疑って掛かっているし、信用など以ての外。けれど、自分の目で見た光景から目を逸らすほど弱くもなかった。
人間がどんなかを涼季は誰よりも知っている。善と悪の基準が無いに等しいことも。正直、桃李の言っている事柄は信用出来ない。けれど、己に降りかかった厄災と照らし合わせて鑑みれば、否定することなど出来なかった。そんなことは野暮と言えよう。
けれど逃げ切れる自信もあった。正直逃げ切れなくともよい、と。命にそこまで執着はないし、人に恨まれることは沢山した。いつか、こんな日が来ると思っていたのだ。
けれど、そこに鬼だの妖だの不確かなモノが絡まっただけで命が些か惜しくなった。殺されたくない、という強い感情では無い。しかし、このまま殺されるのは癪だ。くらいには思ったのだ。だからこそ迷った。依頼するべきか否か。素直な気持ちを言えば否が九割を占めている。
鬼に興味があった。涼季を「鬼」と揶揄する他人。見た事もない鬼に例える他人。ならば本物はどうなのだろうか。自分と同じ姿をして同じことをするのだろうか、そう疑問に思ったのだ。
「いくらだ?」
「え?」
「依頼料」
「ああ、ご依頼なさるのですか?」
「いや、話をするくらいはいいと思ってな」
「そうですか。依頼料は、その時その時でまちまちなので、いくらとは言えないのですが、今回は初回割引を適用しましょう。親父狩りをやめることを条件に依頼を受け入れる、というのはどうですか?」
「何でそんなにやめさせたいんだよ……嘘でも吐いときゃいいだろ」
「依頼だって言ったじゃないですか」
「だから誰の依頼だって訊いてんだよ」
「それは個人情報ですので」
「食えない野郎だ……」
「そんなに知りたいんですか?」
「いけすかねぇだけだ」
「では、情報は情報で取引しません? 親父狩りの理由を提示する代わりにクライアントを提示する」
「そんなことしていいのかよ」
「クライアントには告げても構わないと言われているので」
「舐めてんのか? それじゃ俺だけ損すんじゃねぇかよ」
「交渉決裂ですか。依頼の方は如何なさいます?」
「さっきのでいい。それと退治するとこを見せろ」
「何故?」
「興味があるからだ」
「鬼に?」
「ああ」
「そうですか。貴方はいい退治屋になれそうだ」
桃李の戯言を涼季は聞き流す。そして夜の街に消えて行った。そんな後姿を桃李が舐めるように見続けていたとも知らず。