第5話「鬼の念仏」
「おい、大丈夫か?」
「ゲホッ……クッ……はぁ……まさか親父狩り少年に助けられるとは思いませんでしたよ」
「俺が殺してやろうか?」
「遠慮しておきます。助けてくれて有り難うございます。戸田君」
「報酬は?」
「はい?」
「助けてやった報酬寄越せよ」
「はぁ……何がいいんですか? お金? あ、でも今は手持ちが一万しか……」
「じゃあそれと〝鬼〟とやらの話を聞かせろ。それでいい」
「別に構いませんが、家に帰ればお金くらい……」
「俺は、すぐに出るもんしか信用しねぇんだよ。分かったらさっさと吐け」
「まるでヤンキーと刑事を掛け合わせたような人ですね。俺が容疑者みたいじゃないですか」
「黙れ。殺すぞ。アイツの親父みてぇに」
「思い当たる節があるんですか? あの子の父親に」
「いつぞや狩った奴の娘だろ。この季節だし外で寝てりゃ死ぬんじゃねーの」
「そうですか。それが犯罪だとご存知で……」
「今すぐ、その口回らなくしてやろうか?」
涼季は怒りを顕わに桃李の襟を締め上げる。凄むように真っ直ぐ桃李を射抜く瞳に降参だと手をひらひら振れば、大人しく手を離した。
「気が早いですよ戸田君」
「早くしろ」
「せっかちですね。俺は鬼退治をする桃太郎ですが……」
「ふざけんな。根性焼きすんぞ」
「真面目に話してますよ。ただ戸田君が信じるかは別の話でしょ?」
「さっきの見りゃ多少は信じるだろうよ。動きはガラクタ、目は真っ黒。化け物かよ」
「まぁ、アレは身体を乗っ取られてましたからね。戸田君は〝餓鬼〟をご存知ですか? 仏教の方のです」
「知らね」
「ですよね。餓鬼には色々種類があるのですが、先程の少女には、その鬼が取り憑いていたんです」
「悪霊に操られてる感じか?」
「ええ、まぁ霊と妖では色々と違うんですけどね。餓鬼は、どちらかと言うと妖寄りになります。妖と霊の排除の仕方が違うように、鬼の払い方も個々で違うんですよ。
餓鬼というのは元人間の霊です。悪霊のように死後堕ちたというよりは、生前、強欲だったり嫉妬深かったり、貪りの心や行為を行っていたものが死後堕ちます。それが餓鬼道です」
「つまり生きてる時に悪いことすれば餓鬼になるってことか」
「簡単に言えばそうですね。餓鬼含め、鬼は元々あまり人に取り憑きません。取り憑けないんです。チャンネルの合う人間が少ないから。けれど、彼女のように稀にチャンネルが合ってしまう人間がいる。それでも通常は鬼が取り憑くことは困難でしてね。今回のケースは極めて稀です」
「御託はいい。結論を言え」
「ちょっと待ってください。ここを聞かないと理解出来ない筈なんで。
餓鬼が人に取り憑き難い理由。それは餓鬼道に添う人間が少ないからです。昔は沢山居ました。ひもじい、貧しい、そんな時代の話ですけど。
例えば……そうですね……餓鬼には『無食』というものがあります。これは自分の権力を笠に善人を牢に繋ぎ餓死させ、少しも悔いなかった者が堕ちるのです。この無食が取り憑く為には、チャンネルが合っているのを前提として、同じ思考や同じ所業をしている者でないといけないんです。
でも今の世の中そんな方居ると思います? 居ませんよね。そして、もう一つの条件。それは強い負の感情があること」
「それが揃うと、ああなるのか?」
「ええ。ただ人に割と憑きやすいのもいて、それが『食法』と『羅刹』です。
食法は名声や金儲けの為に人々を悪に走らせるような誤った説法を説いた者が為ります。此方の鬼が取り憑いていた場合は人を唆し悪行に走らせます。だが、それは目的を果たす為の第一歩に過ぎず、所詮は金にしか目がありません。金儲けの為に人を唆し、やがて乗っ取る。金に執着のない人間はいません。癒着にも時間が掛かります。けれど他の餓鬼より人に取り憑きやすいのが、この餓鬼です。
一方、羅刹は生き物を沢山殺して大宴会を催し、少しの飲食を高価で販売した者が為ります。此方の鬼は少々厄介で四つ辻で人を襲い狂気に陥れて喰らうのです」
「四つ辻って?」
「十字路のことです。君は馬鹿ですか?」
「ああ? 黙って説明できねぇのか?」
「戸田君、君は少々短気過ぎでは? よく鬼に取り憑かれませんでしたね。あ、鬼とチャンネルが合わないんですか。良かったですね」
「てめぇの口縫い付けるぞ桃野郎。一言どころか多過ぎなんだよ」
「羅刹の目的は人を喰らうことにある。ですから、強い負の感情を纏った人間を誘い込み、堕とし、喰らう。負の感情と言っても相当強い念でないと意味がないのです。例えば復讐心……人を殺したいほどのね」
「つまり、さっきのは俺を殺したいほど恨んでるってことか?」
「お察しがいいですね。そういうことです。このままでは、いずれ貴方はあの少女に殺され、少女も鬼に喰い殺される。でも、私なら助けられる。どうです? 貴方も死にたくはないでしょう?」
「俺が簡単に死ぬとでも思ってんのか? 第一あのくらいの動きなら余裕で躱せる。アンタの力なんて必要ないね」