第4話「鬼の一口」
「親父狩りはやめてくださいって言ったじゃないですか」
繁華街の路地裏。淫猥なネオンが灯る街で涼季は柳眉を寄せた。背後を見やれば予想通り濃茶を纏った桃李がいる。
「なんで居んだよ。桃野郎」
「仕方ないでしょう。依頼なんですから」
「俺の条件呑んだんだから口出すなよ。ほっとけ」
「俺はまだ呑んでませんよ」
声を上げようとしたのだ。ふざけんな、と涼季が怒気を飛ばそうとした刹那、劈くような女の声が耳を突いた。
「見つけた……アンタでしょ……アンタが……!!」
路地裏に注目が集まる。涼季が桃李の肩越しに少女を見やれば、鬼のような形相をしていた。
紺のセーラー服に小ぶりのナイフ。構え方を見れば危害を加えようとしているのがありありと見える。刃先は殺意を纏い鈍い光を放っていた。けれど涼季は驚くでもなく恐怖するでもない。ただ闇のように暗い瞳を眇め少女に問うた。
「誰だよアンタ」
「アンタがパパを……!!」
「ああ、クソジジイの血縁者か」
尖った声が闇を切り裂く。涼季の脇を刃先が滑り、勢いを付けすぎた少女はバランスを崩しアスファルトに突っ伏した。一撃を余裕を持って躱した涼季は、冷たい眼差しを少女に向ける。
「だから言いましたよね。俺の名刺は捨てない方がいいですよ、って」
あたかも自分が守った、とでも言いたげに桃李は二人の間に割り込んだ。まるで涼季を庇うように背に隠し少女を見据える。目元も唇も柔らかく綻んでいるというのに、瞳の奥は笑ってなどいなかった。
少女の背筋が粟立つ。少女の中に棲まう獣が逃げろ、と即座に警鐘を鳴らした。
この場から逃げ出そうと体勢を立て直している最中。桃李は少女を抑え込み無理矢理仰向けにさせると、その顔をじっくりと覗き込む。
「やっぱり、君〝鬼〟ですね。白目が真っ黒で瞳との判別も付かない。どうしてここまで受け入れてしまったんです?」
「いやぁぁ!? 離せぇぇ!! 離せ!!」
「自我があるんですね。ということは……う、っぐ……!?」
桃李が何かを口にしようとしたところだった。少女が首を掴み、へし折ろうと試みたのだ。唐突に訪れた圧迫感に顔を歪め、もがく桃李。しかし、その苦しみからは間も無く解放された。
「俺に用があんだろ。汚ぇ手離せクズ」
「うっ……!?」
少女の肘目掛けて涼季が蹴りを入れたのだ。曲がらない方へ曲った腕が痛みを告げる。顔を顰めた少女は桃李の拘束を振り払い、その場から逃走した。