第2話「鬼も頼めば人食わぬ」
「何すんだよ? てめぇが金払ってくれんのか?」
「〝鬼退治〟をお願いされてきたのですが、ただの不良じゃないですか」
突如、少年の頬を包み込み両の眼を二本の指でこじ開ける若人。ピリっと走った痛みに思わず拳を翳せばヒラリと身軽な動きで躱された。
「何すんだよ!?」
「うん。綺麗な目ですね。貴方はただの人間です。人間ですが……ここら一体を荒らしてる『鬼番長』とは君のことでいいですね?」
「ああ?」
噛み合わないテンポに不満を抱きつつも、暫し逡巡すれば思い当たる節があった。
勝手に少年をリーダに崇めた取り巻きがいたのだ。取り巻き達は少年をリーダー、もしくは番長と呼んでいた。仲間になったつもりも、行動を共にするつもりも無かった少年にとって、それらはどうでもいい事柄で、どうしようという気もない。
だから若人からその名を聞いた時もそんなこともあったな、ぐらいだった。
「間違ってないようですね。それなら仕事の範囲です。では鬼番長さん。俺と喧嘩しましょうか?」
「しねぇよ」
「あれ? 鬼番長さんは喧嘩がお好きなのでは?」
「好きなわけねぇだろ。俺は金が欲しいだけだ。ばぁか」
「そうですか。では、お金をあげます。ですから私が勝ったら……」
「要らねえよ。消えろクソが」
「あれ? お金要るんじゃないんですか?」
「うるせぇな。関係ねぇだろ」
「それが関係あるんですよ。今回の依頼は貴方を退治することなんですから」
「退治ってなんだよ。俺は動物か? 気分悪ぃ。失せろクソが」
「貴方を退治するまで帰れないんです。依頼は絶対ですから。あ、そうだ。申し遅れました。俺、桃山 桃李です」
少年の行く手を阻むように若人——桃李は少年の前に身体を滑りこませ名刺を掲げた。それを無視し歩き出そうとする少年。だが桃李が右へ左へと邪魔をし一向に進めない。苛々を募らせるながら名刺をひったくった。
「桃、多過ぎじゃね?」
「桃は古来より神聖な力が備わっていると言いますから」
「……桃の山に桃と李とか実り過ぎにも程があんだろ。ほら見たからいいだろ、返す」
「無論、偽名です」
「なら、余計いんねーよ!」
男の胸に名刺を突き返し言葉を荒げる。敵でも見るように睨み付ける少年を見据え、桃李はニッコリ笑んだ。
「いいえ。貴方は、いつかこの名刺が必要になる」
「ハッ! 意味分かんねぇ」
桃李の言葉を鼻で笑い、少年は胸元からライターを取り出し火を点けた。
名刺の角から、じわじわ侵食する炎はやがて全てを呑み込む。それを足元に投げ捨て少年は靴底でぐりぐりと踏み潰した。
「個人情報だからな。感謝しろよ」
「実はまだ、こんなにあったりして」
少し背の高い桃李を仰ぎ、口端を上げる。しかし一部始終を見ていた筈の桃李は顔色一つ変えず、沢山の名刺をトランプのように広げてみせた。
「まぁ、話をしましょうよ。簡単なことです。何故、貴方はこんなことをするんですか?」