第13話「鬼を一車に載す」
「はぁ、はぁ……」
何とかスレスレの所で身を翻し避ける。いくら身体能力が上がっているとはいえ疲れるものは疲れる。けれど肩で息をする涼季と違い、食法は呼吸一つ乱れていない。パラパラと瓦礫の屑を振り撒きながら涼季を追い掛ける様は恐怖を煽った。
いくら中身は鬼といえど、容れ物は人の身体である。散々駆使したそれは悲鳴を上げるかの如く、崩壊へと近付いていた。乱れた髪。腫れ上がった蟀谷。血を流す唇に、反対方向へ曲った肘。裸足でスタジアムを徘徊する食法は怨霊のようで、涼季はあまりの惨状に声を上げた。
「お前……それ大丈夫なのかよ?」
残り時間は三十五分。幾度目かの対峙に涼季は深い息を吐き出した。
己が人を傷付けた時は何とも思わなかったが、自らで朽ちていくとなれば話は違う。ましてや、それは少女の身体だ。食法の容れ物と化していても彼女の意思とは限らない。涼季が問い掛ければ、食法はほんの少しばかり目を丸くした。
『我には関係ない事象だな』
「関係ないわけないだろ? お前はソイツと一緒に生きてくんだから」
『小娘と?』
「違うのか?」
『笑わせてくれるな。お前を手に入れたら小娘は用無しだ。この身体を貰い受けるに決まっておろう』
「だから……そんなにボロボロにして大丈夫かって言ってんだよ」
『お前、本当に小娘の父を殺した男か?』
「さぁな、色んな奴ボコボコにしたから一々覚えてねぇよ」
『中々、胆の据わった童だな。将来はお前も餓鬼道堕ちか、それが退治屋と組んで鬼退治だと? 笑わせてくれる』
「悪いが俺は、その女に殺されかけてるんでね。お前が消えりゃ、俺を殺そうって気も無くなるだろ? 身の安全の為には是非ともご退場願いたいのさ」
『要は自分の為ということか』
「ああ。でもな、その女に死なれて殺人犯の疑い掛けられても困るんだよ。刑務所にはまだ入りたくねぇし」
『ほんに笑わせてくれる。その心配は必要ないぞ。我が殺してやるからな!』
「コッチも……殺される気は無いんだよ!!」
馬鹿の一つ覚えみたいに真っ直ぐ身体を飛ばしてくる食法を避け、芝生に降り立つ。再び身体を起こした食法を見据えれば、勝ったとばかりに歪に笑んでいるのが見えた。
『我の勝ちだ!』
「やってみろよ!? 化け物……ッ……くっ……」
涼季の声は苦痛で途切れる。素早い動きで向かってくる食法を受け入れたのだ。湶の折れる音が聞こえた。そのまま芝生に背を打ち顔を歪める。想像以上の苦痛に喘げば香の声で「やった」と聞こえた。
「お手柄です。戸田君」
『うわぁぁぁぁ!?』
刹那。食法が呻き声を上げる。痛みを堪えながら瞼を持ち上げれば、己を掻き抱く食法がいた。
「痛いでしょう? 痛いですよね?」
『小僧!? 何をした!?』
「身体が痺れて痛いですよね?」
『だから何をしたと訊いてるんだ!?』
「交渉の時間の始まりですよ。食法さん」




