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第12話「鬼が住むか蛇が住むか」

「君達には鬼ごっこをして貰います。ルールは単純。鬼は食法さんで、戸田君の身体に触れると同時にゲーム終了です。その際、食法さんと香さんには戸田君を差し上げます。好きに痛めつけてください。しかし、戸田君が逃げ切った際は、香さんの身体から出て行って貰います。構いませんね?」


『本物の鬼相手に〝鬼ごっこ〟とは随分、酔狂だな。我が負けるわけなかろうて』


「では交渉は成立ということで?」


『ああ』


「ちょっと待て。時間は無制限なのか?」


「いいえ。制限時間は一時間。スタジアムの時計で計ります。終了の際にはブザーが鳴るので鳴った時点で鬼ごっこは終了です。異議はありますか?」


 桃李の問い掛けに誰も答えない。沈黙は肯定を現す。


「それでは戸田君が先に逃げてください。その三分後、食法さんはお好きどうぞ」


 始まりの合図は簡単なもの。けたたましく響いたブザーを皮切りに涼季は駆け出した。細やかな気遣いとばかりに食法は目を瞑っている。観客席に身を隠し息を潜めるのは容易だった。


「食法さん、もう宜しいですよ」


『殺しても構わないんだな?』


「それはゲーム終了後にお願いします。でもそうですね、誤って殺害してしまった場合は致し方ないでしょう」


 食法は答えなかった。凄まじいスピードで涼季が身を隠した方へ駆ける。椅子の陰からそれを見ていた涼季は目を瞠り、低姿勢のまま駆け出した。


「ふっざけんなよ!? あんなの人間の動きじゃねぇよ!!」


『甘いな小童』


 ひらりと宙を舞い、食法は涼季の目の前に降り立つ。対峙する形で向かい合い、涼季は焦りと苛立ちで唇を噛んだ。じりじりと後ろ手に下がるも、涼季が一歩下がれば食法が一歩詰めてくる。意地悪く口角を上げ緩慢に距離を詰める様は、掌の上で転がされているようで気分の良いものでは無かった。


「あ、言い忘れていましたが、力が増幅するのは食法さんも同じですよ。お気を付けて」


「そ、れは先に言うべきだろ! クソ桃野郎!」


 食法が加速し涼季のいる方へ身を飛ばす。間一髪でそれを避け、涼季は全速力で観客席を駆け抜けた。背後を仰げば白い土煙が上がっている。そこから姿を現した食法は自らの埃を払っていた。


 先程まで涼季が立っていた場所は瓦礫と化している。それに身を震わせ、涼季は距離を取るべく走る。今迄にないほど素早く駆けているというのに、全然進んでいる気がしない。もっと言えば足が縺れて転んでしまいそうだった。


「アレは食らったら死ぬわ……」


「酷いですね。私には桃山桃李という名前が……」


「どうせ偽名だろ!?」


 軽口を叩く桃李が許せないとばかりに声を荒げる涼季。その間も食法との攻防は止まらない。触れられてしまえばアウトなのだ。反撃も出来ない。走っても走っても食法の人ならざぬ攻撃は止まず、本人が凄まじく飛んでくるものだから観客席はボロボロだった。

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