第11話「鬼も寝る間」
「なんということでしょう。一軒家から一転、サッカーのグラウンドが広がっていま……痛ッ!?」
「ふざけてんのかテメエ」
「酷いですね戸田君は。何も頭を殴ることないじゃないですか。俺はちょっとビフォーアフターをしてみたくなっただけだというのに」
「ビフォーがねぇのに、アフターもねぇだろ。クソが」
「やれやれ。鬼番長は怖いですねぇ。本物の食法さんが、こんなに大人しくしてくれてると言うのに」
「うるせえ。ところでココは何処なんだよ。勝手に入ったら不味いんじゃねぇの?」
「君は不良のクセに意外と小心者ですね。大丈夫ですよ。ココ私の私有地なんで」
「はぁ!?」
涼季は驚嘆を上げ、今一度景色を見やる。そこには青々とした人口芝生で彩られたサッカースタジアムが広がっていた。
公式戦が出来るだろうことは言うまでもない。天井こそ偽物の青空が広がっているが、本物のスタジアムと相違無かった。
「因みに此方、事務所の地下になっております」
「金持ちか? 金持ちなのか?」
「親父狩りは勘弁してください。俺、親父って歳じゃないので」
「親父狩りの定義はそこじゃねぇんだよ。おちょくってんのか? ああ!?」
『早速、仲間割れか? 人はやはり醜いな』
食法の声で脳髄を殴られたような感覚を得、涼季は桃李の胸倉を掴んでいた手を離した。頭に手を添えるも、突き刺すような頭痛は消えない。何故か先程より鬼の悍ましさが増しているような気がした。
香を見れば先程まで引きずっていた筈の足が快調に動いている。腕を組みながらスタジアムを歩き回る様は、偉そうな権力者を彷彿させた。見た目はパジャマを着た女子高生なのにおかしな話だ。涼季が自嘲を漏らせば桃李は溜息を吐いた。
「どうやら君は〝ココ〟と相性が悪いようですね」
「どういう意味だ」
「〝ココ〟には力を増幅させる術を施しているのですが、さっきから青い顔でフラフラとしていますし相性が悪いんでしょう。まぁ、体調が悪いだけで身体の方は身軽かと思いますが。ちょっと走ってみてください」
「何だよ突然」
「いいから。ウォーミングアップだと思って」
有無を言わせない桃李の雰囲気に舌打ちしながらも涼季は軽く駆け出す。すると今迄にないほど風を素早く切っているのが分かった。驚き止まろうとするも上手く止まれない。勢い良く足に力を入れると同時にバランスを崩し、軽く宙を舞う。そのまま着地を失敗し転がっていれば、桃李のクツクツという厭らしい笑声が聞こえた。
「何だよコレ!?」
「ココは鬼と戦う為に俺が作った場所です。名を〝修羅場〟鬼退治屋には必要不可欠な道具で修羅場とも云います。名には様々な意味があり、どれを信じるかは個人の自由とされていますが、例としては〝血みどろの激しい戦いや争いの行われる場所〟などと言われています。けれど俺は〝阿修羅と帝釈天が戦う場所〟を指す方を指示しているんです。分かります? 帝釈天?」
「分かるわけねぇだろ」
「梵天と共に仏法を守護する神です。まぁ、簡単に説明すると、帝釈天は阿修羅と戦って勝ったんですよ修羅場で。だから験を担ぐと言いますか……正義は勝つということで」
「俺を贄にして正義ね。とんだ神様もいたもんだな」
「俺は神様じゃありませんから、使える手は何だって使いますよ。鬼専門の退治屋なので」
「最低だな」
緩慢に立ち上がり、涼季は身体に付いた汚れを払う。相変わらずの顰め面に磨きが掛かったのは、桃李の考えていることが何となく分かってきたからだ。それを悟った桃李が頬を緩めたのも気に食わないとばかりに突っぱねる。
「それで俺は何をすればいい?」
死ぬつもりは更々無い。恐れは人の動きを鈍くさせる。ならば戦うだけだ。幸い自らは身体能力に自信がある。少し目眩はするが身体は不思議と軽かった。
涼季は笑う。瞳孔を開き獲物を捉えるかのように目を眇める。視界のど真ん中では香の皮を被った食法が不敵に笑んでいた。




