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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

相合傘

作者: 尾鷲 凪沙

今日は少し、爽やかなお話で


雨がしとしと降っている。湿気がちな陽気には嫌気がさすが、私は雨が嫌いではない。下校時刻を知らせるチャイムの音が響くと、教師が合図を出し、皆が一斉に礼をする。いつも通りに学校が終われば、クラス中の雰囲気は一斉に弛んだ。


「あー、傘持ってきてないや。仕方ない、濡れて帰るか」

と、隣の席の真弓ちゃんが窓から外を覗いて言うので

「相合傘で良ければ一緒に帰ろう」

と、私が話しかける。真弓ちゃんはその提案に

「本当に? もー、由紀ちゃん大好き」

なんてことをいうので、私は一人浮かれていた。


突然だが、私は同級生の真弓ちゃんが好きだ。ライクではなく、ラブの意味で。何処が好きか、と問われれば『全部』と返したくなるのは少し大雑把だろうか。例えば、軽音部のバンドでギターボーカルをしている所、とか、不器用だけど細かな所に気が利いて優しい所とか、だろうか。でも、結局のところ良い部分はとても好きだが、悪い部分も好きなのだ。恋は盲目とはよく言ったものだと思う。高校生活も残り半分を切り、緩やかに見え隠れを始めた卒業という名の別れに私は一人で怯えていた。


下駄箱から、履き潰したローファーを取り出し、先に昇降口で待つ真弓ちゃんに手を振った。傘の留め金を外すと、鈍い破裂音と共に傘が開く。


「私が持つよ」


と、言う真弓ちゃんに傘を渡そうとして、手が触れた。それだけの事でも動揺して、顔に熱がこもるのがわかる。横目で、そっと見上げた真弓ちゃんはにこりと笑っていた。多分、誰かと比べて特段に整った容姿をしている訳ではない。けれども、その屈託なく笑う、爽やかな横顔がたまらなく好きだ。


降り注ぐ雨が、ポリエチレンにぶつかってぽつぽつとリズミカルに音を奏でた。目と鼻の先に想い人がいるという、たったそれだけの事で雨粒が煌めく宝石のように思える。


「良いビートだね。エイトビートっぽくて」

と、雨音に合わせて真弓ちゃんが首を揺らした。何のことだか、私にはわからないけど、きっと大好きな音楽の事なんだろう。


私たちは共に電車通学だ。だけど、私は下りの電車で、真弓ちゃんは上りに乗る。だから、一緒に帰れるのは駅まで十分程度の時間だけだ。私は、そんな僅かな幸せを噛みしめるように、ゆっくりと歩いた。


「紫陽花が咲いてるね」

真弓ちゃんが、路肩に咲いた紫陽花の前で立ち止まった。藍、紫、桃の色彩に染まった花びらを雨雫が濡らしている。二人して、そこへしゃがみこんで眺めた。

「綺麗だね」

と、言うのに対して、私は紫陽花を眺める真弓ちゃんを見つめながら

「そうだね」

と、返事をした。


「ねえ、由紀ちゃんはさ、好きな子とかいるの?」

ぱらぱらと、先ほどより強く降る雨に打たれながら、唐突にそんな事を聞かれた。

「え、いきなりどうしたの!?」

私は、あからさまに狼狽してしまった。


「別に何となくだけど」

と、言った真弓ちゃんの顔には悪い笑みが浮かんでいた。よく考えれば、同性で恋バナの一つや二つくらいはするだろう。高校生ってそんなもんだ。教室でも、男子や女子がそれこそ毎日のように、恋愛トークを繰り広げている。


「由紀ちゃんって見た目通りウブだね。その感じだと、好きな人居そうだなあ。誰だろうね」

真弓ちゃんはとても楽しそうだった。元々、この子は人をからかうのが好きな所がある。好きなのは、真弓ちゃんですって言えたならどれほど楽だっただろうか。


「そ、そういう真弓ちゃんこそ、好きな人いるの?」

と、私は何とか無難な切り返しをした。が、これはこれで墓穴を掘ってしまった感じはある。もし、好きな人が居るって言われたらヘコむな、と考えていると

「私はいるよ」

笑いながら、真弓ちゃんはそう言った。


「そっかあ」

その一言を聞いた時に落胆のような、欠落のような、不思議な感覚が身体中を駆け巡ってそれからズキリと小さく胸の奥が疼いた。

「で、由紀ちゃんは?」

その問いに対しては、もうどこか上の空のまま「いるよ」とだけ、答えた。


ざあざあ、と強くなった雨が傘を打ち付ける。ああ、このまま今日のこと全部洗い流されちゃえばいいのに、何てことを思っていた。私たちは、立ち上がり駅までの道のりを歩く。皮肉にも、その時間はいつもの何倍にも思えた。


「私の好きな人はね、同じクラスにいるよ」

真弓ちゃんは、私の気持ちも知らずにぽつりと呟いた。あーあー、知りたくない。


「でね、あんまり目立たない人」

誰だろう、渡辺くんとかかな。何故か頭は推理を始めた。渡辺くんは、後ろの方の席で、いつも何かの絵を描いている子だ。少し変わってるけれど、芸術肌同士、親近感が湧いたりするのだろうか。


「じゃあ、ヒントね。いつも本を読んでる子」

それだと、武田君かな。眼鏡をかけた彼は、偏差値の高い大学を目指しているみたいで博学だ。でも、武田君と真弓ちゃんが話してる所なんて見た事ないな。


「わかった?」

私は首を横に振った。もう、駅まではもう少しで、辺りは閑古鳥の鳴く商店街だ。近くに大型ショッピングモールが出来て、随分廃れてしまった。


「じゃあ、最終ヒントね。これ、ほとんど答えだけど」

そういって、真弓ちゃんは息を飲んだ。その真剣な顔つきにつられて、私の表情も引き締まる。


「私の隣の席の人」

え、その言葉に私が唖然としていると、真弓ちゃんは、私に傘を押し付けるようにして、駅前の歩道橋を駆け上がった。


「上りの電車、もう来ちゃうから! じゃあね、また明日!」

振り返らないまま、そう言った真弓ちゃんの表情は窺い知れなかった。


これって、つまりそういう事なんだよね。整理のつかない頭で思わず、空を見上げた。いつの間にか、雨は止んでおり、青空に虹がかかっていた。

紫陽花の前で立ち止まる女の子たちを見て、雨の日ならではのシチュエーションを描写してみたいなと思いました。

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