第七話 戦闘訓練
「では最後の訓練を始めよう。最後は私との実戦訓練だ」
「え、いや、ちょ待っ」
「今まで学んだことを生かして全力を尽くすがいい」
(学んだことを生かすも何も、召喚兵士とのツーマンセルなんてまだ何も学んでないぞっ!)
戸惑っている此方を無視して、ブッケル曹長は手をかざすように前に突き出した。
「召喚――!」
空中に魔法陣が出現すると、視界が青白い光に包まれた。
やがて光は収縮し、細かく四散する。
閉じていた瞳を開くと、その場にブッケル曹長の召喚兵士が降臨していた。
額にある小さな紋章からステータスの読み取りを試みる。
STR(筋力):? →? C
END(耐久力):? →? B
DEX(器用):? →? D
MND(精神):? →? C
INT(知力):? →? C
「え……ステータスが見えない」
「相手と一階級以上の階級差がある場合は、詳細なステータスを確認する事が出来ない。見えるのは大まかな評価値だけだ」
指摘通り、アルファベット表記の評価値は見ることが出来ている。
メニューから評価基準を参照してみると、以下の通りの基準であった。
1~19E
20~39D
40~59C
60~79B
80~99A
100以上S
「二階級以上の階級差が存在する場合は、評価値すら確認する事が出来ないがな」
「……」
レベル差であらわせば、最低でも100以上の開きがあるということか。
そのレベル差ならなら元々のステータス合計値は勝っているはずだ。
しかし、現実はDEX(器用)以外の能力値は全て負けている状態。練度に伴う補正効果の差が大きいのだろう。
「では、早速始めるぞ!」
「くそッ、滅茶苦茶じゃないかッ」
あんまりの理不尽さに、思わず愚痴がこぼれる。
(もしかして負けイベントか、これ)
「だったら、やってやるよ!」
半分開き直ったように覚悟を固めて、まずは戦力状況を整理する。
召喚兵士のステータスは負けているが、ハーフのスペックからして、召喚士官としての能力値は僅かだが勝っている。
近接戦闘に重要なSTR(筋力)とEND(耐久力)だけに絞れば、ブッケル曹長とも互角と考えていいだろう。
「――攻撃せよ!」
曹長の命令で召喚兵士が突っ込んできた。
頭を切り替えて此方も指示を出す。
「ッ!!応戦しろっ!先ずは防御に専念だ!」
敵の振り下ろしに、指示通り受け止める構えをみせた。
周囲に金属の悲鳴が響き渡る。
――ちッ、押されているか。
斬撃を受け止めたと同時に、僅かに後ずさる。
それを見たブッケル曹長が、召喚兵士の戦いに参戦しようと間合いを詰めてくる。
一気に二人がかりで一気に押し切るつもりか――
(俺も参戦すべきか……)
だが、召喚士官が自ら前線に飛び込むことは果たして正しいと言えるだろうか。
召喚士官が負ければ全ておしまいなのだ。
(いや――)
頭を左右に振る。
(召喚士官という固定概念に囚われるな)
このまま召喚兵士が倒されればどちらにせよ敗北は避けられない以上、悩む必要はない。
ただ、前に踏み出せ――
「――ッ!」
自分を叱咤して前線に飛び込む。
それを見て、ブッケル曹長は対峙する構えをとる。
「――先ずは第一関門突破だな」
彼が頬を緩めた。
「召喚兵士に戦闘を任せて、指揮に専念する戦い方は、もっと上の階級に昇進してからの話だ」
「ご鞭撻とは余裕のようです、ねッ!」
ショートソードを渾身の力で振り下ろし、鍔迫り合いに持ち込んだ。
一瞬の均衡。
だが、直後に押し返され態勢を崩される。
態勢を立て直そうと体を引いた、と同時に――ブッケル曹長の脚が振られた。
「……ぐぅ!?」
腹に飛んできた蹴りの衝撃を受け流すように、地面を転がって難を逃れる。
視界の端を一瞥するとHPが二割ほど減っていた。
(……STR(筋力)は相手の方が高い、か)
ブッケル曹長は追撃することなく此方を伺っている。
一対一であれば、END(耐久力)の高さを活かして持久戦に持ち込みたいところだが――
視線を相手の後方に移す。
――相変わらず此方の召喚兵士が押されていた。
勝つためには、どうにか隙を作りだし、ブッケル曹長に大ダメージを与えなければならない。
(……負けてもともとだ、ここは開き直って賭けに出てみるか……)
俺はバックステップで更に距離をとった。
「……何?」
訝し気に此方を睨め付けてくる。
彼からすれば、召喚兵士のステータスは勝っているのだ。時間稼ぎは自分に利する行為でしかないと考えているのが見て取れた。
だから、このタイミングでの戦闘離脱は不自然極まりない行動に思えて仕方ないのだろう。
「召喚――!」
空中に浮かび上がる魔法陣。
「なるほど、そういうことか……確かに、二体二の戦いとは言っていなかったな」
ブッケル曹長は納得したように頷く。
「だが、戦闘中の召喚を黙って眺めているほど、私はお人好しではないぞ!」
そう言うと同時に、間合いを詰めてくる。
「――今だッ!ブッケル曹長の背中を襲えッ!」
「何ッ!?」
その場に立ち止まり、思わずといった様子で振り向く。
主人の命令に忠実に従いブッケル曹長を追撃しようと試みた召喚兵士だが、隙を見せた事で相手側の召喚兵士にやられてしまう。
一瞬の安堵。
その直後にハッと目を見開き、顔から血の気が失せる。
「――ッ!?しまっ」
彼が此方の目論見に気付き、再び振り返った時には全てが遅かった。
頭部に強烈な一撃。
召喚を中断して急接近していた俺は、ショートソードの腹で思いっきり殴りつけたのだった。
『ストーリークエスト「戦闘訓練」を達成しました』
クリティカルヒットと表示され、地面にうずくまったブッケル曹長を尻目に、そんなアナウンスが流れた。
『なおボス撃破報酬として所得経験とゴールドが増加します』
【報酬:経験値12600】
【報酬:10000G】
クエストを達成し経験値を手に入れた事でレベルアップが起こった。
さっそくステータス画面を開いて確認する。
名前:カイ・クライス
所属:シェンケル辺境連隊 爵位:士爵 軍事階級:軍曹
召喚士階級:伍長
レベル:6
種族:ハーフ(人族×ドワーフ)
HP(体力):179
MP(魔力):10
STR(筋力):61(+1)
END(耐久):71(+1)
DEX(器用):62
MND(精神):50
INT(知力):51
Skill
Specific Skill(固有スキル)
種族適性(歩兵系統、銃兵系統)
個人適性(騎兵系統)
レベルが5も上がっている。
やはり、本来は負けイベなのかもしれない。
思案していると、地に伏したブッケル曹長がうめき声を上げた。
「ぬぅ……まさか、敗北を喫すことになるとは」
殴られた後頭部を抑え、足元のおぼつかない様子で立ち上がる。
「運が良かっただけですよ」
「……例えそうだとしても敗北したことに変わりはない。勝利の報酬としてこれを受け取るがいい」
何か光る物を差し出してくる。
「……これは?」
指で摘まんで日の光にかざすように見つめる。
一見すると指輪のようだが。
「それは【戦士の指輪】だ」
「【戦士の指輪】?」
「STR(筋力)の数値がアップする貴重な物なのだぞ?」
どうやらステータス補正の入った装備品らしい。
「領主様からのクエストはこの場所にいる私を通じて受けることが可能だ。いつでも声をかけてくれ」
「分かりました」
ブッケル曹長に別れを告げて、訓練所を後にした。