第六話 召喚
シェルン城 訓練所
シェルン城の中庭は南北を石造りの建物に囲まれ、西側は城壁に遮られていた。
この中庭の事を訓練所と呼んでいるようだ。
そして、訓練所に訪れた俺と対峙するように、ひときわ体の大きい男が。
「私がブッケル曹長だ」
自慢の筋肉を見せつけるように腕を組む。
「貴様に戦闘のイロハを叩きこんでやる」
「……お願いします」
「先ずはこれを装備してみろ」
『初期装備一式を獲得しました』
確か、メニュー画面に装備という項目があった筈……
メニュー画面を開くと、お目当ての『装備』という文字を見つける。
装備は、『貴族軍の軍服』『ブロンズバックラー』『ショートソード』の三種類。
さっそく起動して、獲得したばかりの武器と防具を選択する。
同時に、全身から淡い光が放たれ、光が四散すると青紫の軍服を身に纏い、両手には鈍い輝きの剣と茶色い盾が握られていた。
その様子を見て、ブッケル曹長が一度頷く。
「召喚士官は遠距離武器を扱い、前線は召喚兵士に任せるのが理想だ」
彼は剣を手に取り目の前に掲げる。
「しかし、遠距離武器は隙が大きく、伍長クラスの魔力では使役できる召喚兵士も少ない。従って召喚士官も剣を手にとり戦う状況に迫られることも少なくないだろう」
召喚魔法以外の魔法を使えないSWOでは、召喚士官の近接戦闘能力も求められるみたいだ。
この世界のサモナーは、前衛職であり後衛職でもあるのか――
まあ、階級が昇進すれば、そのプレースタイルも大きく変わってくるのだろうが……
(……運営が病気過ぎるだろう)
知れば知るほど、幅広いPSを求められるゲームらしい。
それから近接戦闘の基本を簡単に習う。
「よし、戦闘の基本はそれぐらいでいいだろう」
そして、遂に待ち焦がれていた瞬間が訪れる。
「今度は召喚魔法について説明しよう」
「おおおおぉ!」
待望の瞬間に思わず感激の声が出た。
しかし、それも当然といえよう。
サモナーゆえ魔法を使うのを期待していたのに、召喚魔法より先に近接戦闘を学ぶという苦行を乗り切りきったのだ。
「召喚魔法は簡単だ。口に出して召喚と唱えるだけでいい」
「分かりました」
「早速、やってみろ」
ブッケル曹長は二、三歩、俺から距離を置いた。
「召喚――!」
召喚命令に応え、目の前に直径一メートル程の魔法陣が現れる。
複雑奇怪な紋章にしか見えないそれは、脈動するかのように強い光を放つ。
やがて魔法陣が収縮していき、それに同調するかの如く人の形を構築する。
光が四散するとそこには――青い兵士がその場に召喚されていた。
背丈は自分とほぼ変わらない一七五センチ。
シェンケル辺境連隊で正式採用されている青紫色の軍服を身に纏い、その手にはショートソードとバックラーが握られている。
額には小さな紋章が描かれていた。
「初めて召喚した召喚兵士は最低限の装備しか身に着けてない」
「だから、初期装備の俺と同じ装備なのか」
「召喚兵士の装備変更も可能なため、新しい武器を買い与えることも忘れるなよ」
「はい」
彼は満足げに頷いて話を進める。
「次は、召喚兵士のステータスを確認してみろ。やり方は額にある小さな紋章を見据えて、頭の中で『識別』と唱えるだけだ」
言われた通り、召喚兵士の紋章を見据え、心の中で『識別』と口にした。
召喚者:カイ・クライス
兵科:歩兵
練度:D(各能力値から25%のマイナス補正)
士気:100
HP(体力):112
STR(筋力):61 →45 C
END(耐久力):71 →53 C
DEX(器用):62 →46 C
MND(精神):50 →37 D
INT(知力):51 →38 D
「あれ、ステータスが俺より低くなっている」
召喚士官のステータスを引き継ぐと言っていた気がするが。
「それは召喚兵士の練度が原因だ」
俺はステータスをもう一度よく見る。
確かに兵科の下に練度という項目があった。
「召喚兵士は練度のレベルに応じて初期能力値に補正が掛かる。お前は召喚兵士を初めて召喚したばかりで、マイナスのステータス補正が発生しているはずだ」
「どうすれば練度は上昇するのですか?」
「練度は実戦経験や訓練時間に伴って自ずと上昇していく。練度がBになればマイナス補正は掛からなくなり、B以降はステータスにプラス補正が発生する」
現実と同様、新兵がベテランに成長するほど力を発揮できるということか。
プレイヤーにとってのレベルや階級みたいなものだな。
「では、出来る限り召喚兵士は継続して顕現していた方がいいと?」
「いや、そうとも限らない」
予想に反して否定の言葉を告げられる。
「なぜなら召喚兵士には練度の他に、もう一つ重要な要素である『士気』が存在するからだ」
「士気……」
「士気は召喚兵士を顕現していると五分に一ゲージの間隔で自然低下する。士気がゼロになると自動的に消滅し、デスペナルティである丸一日の再使用時間が発生する。帰還させれば士気ゲージは回復するが、回復量も変わらず五分に一ゲージ分だ」
顎を撫でて、視線を向けてくる。
「顕現するタイミングはよく見計らう事だな」
「……なるほど」
出来る限り召喚を継続していれば練度は上昇しやすいが、その代わり緊急時、戦えないリスクも抱えることになってしまう。
士気ゲージという時間制限がある以上、むやみやたらに召喚を継続するのは避けるべき、ということらしい。