第五話 シェンケル辺境伯
カミルと別れた後、さっそく頭の中で〝メインメニュー〟と唱えた。
目の前にウィンドウが表示される。
メニュー項目に並んでいるマップを選択。
すると、視界の右上に始まりの街シェルンの地図が表示された。
このシェルンの街は二重の城壁を張り巡らせている要塞都市で、目的地であるシェルン城は街のほぼ中心に位置している。
「この道だな」
広場の北から真っすぐと延びる大きな石畳の道がシェルン城までの最短ルートのようだ。
中央通りに足を踏み入れると、数多くの露店が立ち並んでいた。
NPCと思わしき人々が、必死に客を呼び込んでいる。
既にログインしているプレイヤーだろうか。
立ち止まりキョロキョロと周囲を見回している者も少なくない。
VR技術が身近になったとはいえ、これ程リアルを感じるゲームも他にないだろう。誰もがSWOのリアリティに圧倒されているようだ。
それからしばらく石畳の道を歩いていると、どうにか無事に内壁にある城門へと辿り着いた。
途中、貴族たちが住む屋敷を通り過ぎているとき、見回りをしていた警備兵に呼び止められたが、召喚士官である事を伝えると丁寧な対応で通してくれた。
この世界では召喚士官というのが権威、権力の象徴なのだろうか。
真正面に見える巨大な城門。
西洋風の鎧を身に纏っている門番へと近寄る。
「……何か用か?」
「ここに来ると仕官させてくれると聞いたのですが」
「召喚士官の方ですか?」
「ええ」
「では、お通りください。仕官をご希望の方は門衛棟を訪ねると領主様の所まで案内します。門衛棟は入ってすぐの場所にあるので迷う事はありません」
俺は軽く頭を下げて、シェルン城に足を踏み入れた。
シェルン城 居館――
豪華で歴史を感じさせる内装。
俺は領主が住む居館の回廊を衛兵に先導されていた。
「この世界で召喚士官とはどのような存在なのですか?」
気になっていたことを訊いてみる。
すると、若い兵士は足を止めて振り返った。
「もしかして来訪者の方ですか?」
来訪者?プレイヤーのことだろうか。
「ええ」
「でしたら、知らないのも無理ありませんね」
そう言うと踵を返して、再び歩き始める。
「召喚士官とは、不死の兵である召喚兵士を何体も操ることが出来る特異存在であることから、その性質上各国で軍事の要として厚遇されています。なかでも来訪者の召喚士官は死んでも復活できる不死身の召喚士官として特に重んじられています」
「来訪者の召喚士官?……もしかしてNPC……現地人の召喚士官も存在するのですか?」
「ええ、もちろん。我々の中にも召喚士官は存在しますよ。来訪者のように一度死んでしまうと復活は出来ませんが、同階級の来訪者と比べてもより多くの召喚兵士を使役できるのが特徴です」
プレイヤーよりNPCの方がMP多い設定なのか。しかし、どれぐらい多いのだろう……
疑問を口にしようとした。
その間際。
大きな扉の前で彼の足が立ち止まった。
「到着しました」
「ここが……」
三メートルはあろうかというほど巨大な扉。その両脇には、複数の使用人が控えている。
観音開きの扉が鈍い音をたてて開かれた。
大広間に足を踏み入れ、最初に目に付いたのが壁際にかけられた色鮮やかなタペストリーと紋章の描かれた旗のぼりの数々。
中央の滑らかに加工された床には高級そうな絨毯が敷かれている。
ふと天井を見上げると、幾つものシャンデリアが吊るされ、蝋燭に灯された炎が幻想的に煌めいていた。
もう何度目か分からない感嘆のため息を吐き、視線を戻す。
正面の壇上にある椅子には、初老の男が腰掛けている。
広間の中ほどの距離まで近づくと、ここまで先導してきた兵士が目の前で跪いた。
――どうすればいいんだ。俺も跪けばいいのか?
「其方が仕官したいという召喚士官か」
そんな戸惑っている此方を無視して初老の貴族が立ち上がった。
「私がこの街の領主であるベルント・シェンケル辺境伯だ」
「……来訪者のカイ・クライスです」
「来訪者?ふむ――隣国であるラグハイム帝国の脅威に対して召喚士官は貴重な戦力となりえる。来訪者なら尚更だ、大いに歓迎しようではないか」
右手をかざすように突き出す。
「そなたにシェンケル辺境連隊、軍曹の階級と士爵の爵位を与えることとする」
すると、脳内でアナウンスが鳴り響いた。
《称号「軍曹」を獲得しました》
《称号「士爵」を獲得しました》
軍曹という称号?どうも召喚士階級の伍長とは別の物らしい。
「これからはシェルン城を自由に出歩けるようになるはずだ」
爵位の称号はそういう効果があるのか。他にもいろんな場所に出入り出来るのかもな。
「もう一つの軍曹の階級は訓練所を自由に使用できるようになるぞ」
「訓練所?」
「其方はまだ新人の召喚士官のようだからな。先ずは戦闘訓練を受けてくるがよい」
『クエスト「戦闘訓練」を受諾しました』
戦闘チュートリアルかな?
「教官としてブッケル曹長を後で向かわせよう」
「ありがとうございます」
「これからの活躍を期待しておるぞ」