第三十五話 威力偵察
戦場を風のような速さで駆け抜ける。
サラは中央を走り、その両脇を俺とユイナさんが並走していた。
隣のサラが馬を加速させる。
それに続いて俺も手綱を引くと、同様に速くなっていた。
視界いっぱいに【グロート大森林】が広がっていく。
(乗馬するのは初めての経験だったが……)
流石はゲームと言うべきか、問題なく馬を操ることができた。
馬上で揺られているとサラが馬を寄せてくる。
「――追手がきているわね」
首をひねって確認する。
先ほどと同じぐらいか。
騎兵一個分隊ほどが砂塵をあげて迫っていた。
(……どうしても、俺達を森林地帯に向かわせたくないようだ)
やはりサラの推測通り伏兵が存在していると見ていいだろう。
「……森林地帯で乱戦に持ち込むわよ」
「各個撃破とはこういう意味だったのか……だから召喚士官であることを隠蔽するのは交戦するまでで充分だったわけだね」
納得した様子で何度も頷くユイナさん。
(実際、最初から召喚兵士を展開して行動していれば必然的に敵戦力も多くなった)
そうなれば、サラの召喚兵士一体以外は全員無傷という――ここまで被害を抑えることは出来なかったはずだ。
(……いや、そもそも勝てていたかどうか)
ユイナさんが馬蹄にかき消されないように大声をあげた。
「じゃあ、私達に遠すぎる距離から射撃させたのはどうしてかな!?」
「俺達たちが至近距離で射撃しようとすれば、その冷静さから此方に罠があることを見破られる可能性が高まったからでしょう!」
それに上手くすれば〝相手は新人の召喚士官のようだ〟と油断を誘うこともできる。
「その通りよ。カイの策を成功させるために敵の密集隊形を崩すようなことは極力したくなかった」
サラが結果的に戦力にならない召喚兵士の顕現を俺たちに継続させたのも、その一つなのだろう。中断すれば否が応でも敵は違和感を覚えたはずだ。
思案を巡らせていた、その矢先――。
一段と戦場の怒号が大きくなった。
そちらに視線を向ける。
――どうやら帝国軍が退却を開始したようだ。
「――拙い」
サラが眉をしかめる。
「ケルツ大尉が躊躇なく追撃に移っているわ」
「……サラが警告しているし、流石に森の中までは踏み込まないと思うが」
「……つい先まで、私も似たようなことを考えていて、その結果がこの状況よ」
それに――と付け足す。
「ケルツ大尉は帝国に野戦で煮え湯を飲まされてきたようだし、今回の如く帝国に打撃を与えられる機会はそう多くない、と考えても不思議ではない」
「なるほど」
「となれば、人間どうしても欲が出るものよ」
嫌なことを思い出したという様に、此方を一瞥する。
「最悪を想定して動いた方がいいでしょうね」
「……ならどうする?」
視線を伏せる。
彼女は少しだけ思案した。
「……足止めの戦力を残して、主力は偵察任務を優先しましょう」
「部隊を二手にわけると?」
「クエスト遂行が最優先である以上仕方ない」
当然、戦力分散のリスクはある。
それはサラだって承知しているはずだ。
しかし、追撃の部隊を相手にしているうちに、ケルツ大尉率いる本隊が森林に踏み込んで奇襲を受ければ、当然のことながら偵察任務は失敗に終わる。
その事を考慮すれば、彼女の判断は妥当と言っていい。
そうなると、問題になるのが――
「私が残ろう」
ユイナさんが率先して声をあげた。
「カイくんもサラくんも任務達成に必要な人物だし、ここは私が残るのが適任だろう」
「……かまわないかしら?」
「もちろん」
「では、貴方と召喚兵士たち三名で追撃部隊の足止めをお願いするわ。敵を森林の中に引き込んで時間稼ぎに徹してくれればいいから」
ユイナさんが頭を振る。
「追撃部隊の殲滅が終わりしだい合流を急ぐよ。あとは、そうだな……召喚兵士を顕現してすぐ君たちの元に向かわせよう」
「……正気かしら?敵は一個分隊、十人以上なのよ?」
「そうだね。敵は一個分隊だ。それは百人や五十人というわけではない」
サラが此方を見る。
問いかけるような視線だ。
「ユイナさんの言葉に間違いはないのは俺が保証する。ユイナさんなら一人だけでも敵戦力を殲滅できるだけの戦闘力は有しているよ」
彼女が目を見張った。
(まあ、ユイナさんに関する噂は聞いていても、個人で一個分隊を殲滅できるなんてにかには信じられないだろう)
だが、彼女がそれだけの力を持っていることは事実だ。
ヴェルツェルでユイナさんが十五人以上の賊を討伐した時は、召喚兵士が盾の役割を果たしていたが、今回は森林での戦闘。
木々を上手く利用すれば全滅させることも難しくない。
ただ問題があるとすれば――
ユイナさんの事情が頭を過る。
「……いいのですか?」
「皆で難題に当たっているなか、個人的事情で手を抜くような真似は出来ないだろう」
「そうですか……」
本人は納得している様子だ。
だとすれば、俺から言うことは無い。
「何か事情があるようだけど、本当にかまわないのかしら?」
「ああ」
「……悪いけど頼んだわよ」
「任された」
大きく頷いて、今度は此方を見つめてくる。
「しかし、本当に大変なのは私ではなく君たちだろう?」
「……そうかも知れないわね」
「健闘を祈るよ」
同時に、ユイナさんは軍馬を翻した。
咄嗟に振り返る。
彼女はさっそく召喚を開始して、アイテムボックスから戦利品である短槍を取り出しているところであった。
(しばらく遊撃戦をこなし、追手の注目を集めたあと森林に引き込んで乱戦に移行する算段なのだろう)
正面に向き直ると、サラが話しかけてくる。
「一度、近くの森林に入って戦力合流を図りましょう」
「そのあとは?」
「そこで、この先の方針も決定するわ」
主戦場から五〇〇メートルほど離れた場所――
【グロート大森林】の外縁付近に身を隠し、俺達は腰を落ち着けた。
馬は森の外から見える場所に繋いである。
ユイナさんの召喚兵士が合流地点を見失わないようにするためだ。
それぞれの召喚兵士に周囲を見張らせながら、サラがこれからの方針を説明する。
「――敵の伏兵が何処に潜んでいるかは、ある程度推測がつく」
「それは分かる。帝国軍の退路うちの何処かだろう」
伏兵の意図からして、そうでないと説明できない。
「だが問題なのは、これが隠密偵察ではなく威力偵察である点だ」
敵の居場所が確認出来ればそれでクエストクリアとはならない。
俺達には交戦せざるを得ない事情があるのだ。
「森林地帯だから大軍の利を殺せるというメリットもあるが……」
「同時に戦力の把握に時間がかかるという意味でもある」
敵の撃破が主目的なら森林という地形は歓迎だが、あくまでも今回の目的は偵察にある。
敵方の戦力把握に時間がかかる森林は単純に歓迎できる地形でもなかった。
(ただでさえ、俺達に与えられている時間は限られているのだ)
しかも本隊が追撃を敢行している現状では、戦死するという奥の手も使えない。
これから戦闘する時間を考慮すれば、戦死して【ハインス砦】からケルツ大尉に報告する方が、生きて帰還するより時間を浪費してしまう。
(一撃離脱なら生還するのは簡単だが、正確な情報を把握することは出来ない)
不確実な情報を持ち帰れば、どちらにしても任務は失敗だ。
「状況を整理すると、此方の十倍近い敵勢力と交戦して正確な戦力――要は兵数と装備、兵科の情報を把握して持ち帰るという、この一連の行動を短時間で遂行しなければならない」
口にしたことで、如何に無理難題であるのかを自覚する。
そんな時だ。
サラがゆっくりと口を開いた。
「一つその条件を満たせる案がある」
思わず彼女の顔をまじまじと見つめてしまう。
「しかも、皇国の勝利を決定的にするおまけ付きで」
すると木の枝を持ち、周辺の地図を描き始める。
「これからその計画の概要を説明しましょう」





