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第三十三話 出陣

 

 マイアー中尉率いる第一陣が、正門から出て行った。

 帝国軍はすでに【ハインス砦】から一キロほどの距離に接近している。

 戦闘開始までそう時間は掛からないだろう。

 ケルツ大尉が残りの兵士達を集合させている。

 俺達――独立召喚分隊はその後方に配置されていた。


 兵士達が隊列を組んでいるのを眺めていると――


「……巻き込むような形になってごめんなさい」


 斜め前に立つサラが、背を向けたまま謝罪の言葉を口にした。


「……サラくんが正しいと思う事をした結果なら仕方ないよ」

「だからといって、ケルツ大尉が間違っているわけでもないのが、厄介なところなのですが」


 命令それ自体は理にかなっている。


「この捨て駒同然の命令が理にかなっていると?」

「……確かに皇国軍全体として見れば、私達がどう転んでも損はしないのだから、戦術的には正しいという他ないわね」

「それは命令が遂行できなくても?」


 ユイナさんの言葉にサラが頷きを返す。


「私達が迂回しているところを帝国軍に発見されて部隊を差し向けられたとしても、それはそれで陽動として成功したことになるから」

「召喚士官が厄介なことは敵も理解している筈ですし、俺達が一個召喚分隊で行動していれば、歩兵なら二個分隊、騎兵なら一個分隊程度の戦力は差し向けてくるでしょうね」


 どちらにしても、現在の戦力差だ。

 それだけの兵力を主戦場から引きはがせるのは大きい。


「何より俺達は連携できない部隊ですから。厄介な駒を上手く活用しているのは間違いない」

「……強行偵察の命令も、普通に帰還するより戦死した方が早いというもあるから。だったら、ついでに戦死するまで敵戦力の損耗と混乱を強いるほうが、合理的であることは確か」

「合理的って……完全に道具扱いじゃないか」


 ユイナさんが嫌そうな顔をする。


(勿論、その感情は理解できる)


 ゲームとはいえ――いや、ゲームだからこそ死ねというような命令をされてご機嫌麗しいはずもない。


「しかも、それが全面的に正しいなんて不愉快以外の何もでもないよ」

「……まあ、戦術的に正しいだけで――戦略的、政治的視点で見ればこの命令は間違っているのだけど」

「どういう意味かな?」


 ユイナさんが小首をかしげた。


「私達は召喚士官で『士爵』の称号があるから、シェンケル辺境伯に面会することが出来る」

「それが?」

「このSWOの世界観で、貴族と軍人の関係がどういうものかは詳しく分からないけど」


 サラが両手を広げた。


「この『貴族軍の軍服』とケルツ大尉が同じ軍服であったことから、ハインス砦駐在大隊の内実も貴族軍なのでしょう」

「ん?」

「まだ分からないかしら?つまり私達はハインス砦駐在大隊の上官で最高司令官といつでも面会できるという意味になるのよ」

「あ!」

「それは、私達が見聞きしたことはシェンケル辺境伯の耳に伝わるということ」


 要は俺達をないがしろにすれば処罰される危険性があると言いたいのだろう。


「しかし、シェンケル辺境伯含め、現地人全体がプレイヤーのことを消耗品と見ているならサラの理屈は通用しない」


 プレイヤーは死んでも生き返るのだし、その懸念は十分に考えれれると思うが。


 予想に反してサラが首を横に振った。


「内心はそう思っているでしょうけど、今回の一件を伝えればケルツ大尉が処罰を受けることになるのは間違いない」

「どうして、そう断言できるんだ?」

「私達には帝国側に寝返るという選択肢が与えられているからよ。所属国家を変更可能なシステムであることを知らなかったの?」

「そうだった……」


 そういえば、そのようなことを聞いた覚えがある。


「私達だけなら裏切ったところで大勢に影響はないけど、【ハインス砦】にはこれからも訪れるプレイヤーはたくさんいる」

「ケルツ大尉がこれからもプレイヤーに対して、捨て駒同然の扱いをするとすれば……」

「貴重な戦力である召喚士官の流出が止まることはないでしょうね」

「そして、その場合に最も困るのは最前線を治めているシェンケル辺境伯というわけか」


 彼女が一度頷く。


「不死身で祖国愛もないプレイヤーを手元に留めて置くには、あからさまな捨て駒扱いも出来ない」

「だからシェンケル辺境伯はケルツ大尉を処罰せざるを得ない、と」

「……ケルツ大尉もそのことは理解しているものだと誤解――いえ、期待していたから、正直今回の命令は誤算だったわ」


 サラが、ため息をついた。


(誤解ではなく、期待か……)


 心の何処かで懸念自体は元々あったのだろう。


 俺は頭を左右に振って、話を進める。


「しかし、まさかゲームで無能な上司の理不尽な命令に従うことになるとは……」


 大学生の俺にとって、現実の不条理さをリアルより先に味合うことになるなんて想像していなかったぞ。


(相変わらず運営は努力の方向を間違っているだろ)


 息を吐いて、赤土の地面をまじまじと見つめた。


「……今回ばかりは戦死するか、クエスト失敗は免れない、か」


(ここまでどうにか戦死ぜずに辿り着いたが、そろそろ年貢の納め時らしい)


 ケルツ大尉の命令に従えば、どうしたって戦死は決定事項にしか見えなかった。



「……ここまでやってきて思うのだけど」


 ふと、サラがしばらく考えてから口を開いた。


「このSWOは、絶対に不可避な死を強いるようなゲームでじゃないと思うのよね」

「いや、SWOはどう見ても死にゲーだろ」


 彼女の言葉に反論する。


「そりゃ、ここまで問題なく進めてきたサラからすれば簡単なのかもしれないが」

「だったら、貴方はここまで戦死したの?」

「……運よく死ななかったが、いつ戦死してもおかしくなかった」


 寧ろ死ななかったのが不思議なぐらいだ。


「それでも、戦死しなかったのでしょう?」

「まあ……」


 否定は出来ない。

 どんなに理不尽に見えても落ち着いて対応すれば、結果的にどうにかなったのは確かだったから。


「でも、それはこれまでのことだ」


 これからもそうとは限らない。

 実際に、現在進行形で行き詰っているのだ。


「……それとも、サラにはこの状況をどうにか出来る自信があると?」


 俺の視線には期待の色が含まれていたと思う。

 彼女ならその優れた知略で絶望的な現状すらも引っ繰り返せるのでは、と――


「……自信があるとはとても言えない」


 だからこそ、その言葉を聞き身勝手にも失望してしまった。



「敵どころか、貴方達のことも良く知らないまま、分隊指揮を任されたのよ?ここで自信があると言えるなんてそれこそペテン師でしょう」

「……だろうな」


 だけど――彼女が付け足す。


「チャレンジする前から諦めるほど、絶望的な状況とも思えない」

「やって見なければ分からないか?……意外と熱血なところがあるんだな」

「勘違いしないでほしいのだけど、別に私は精神論を語っているわけじゃないから?」


 此方を睨め付けるように目を細める。


「漠然と思い浮かんだアイデアだけど上手くいけば、クエストクリアも可能だと、と言いたいだけ」

「……策があるのか!?」

「上手くいけば、といっているように必ず成功するとは断言できない」


 ただ――と後を紡いだ。


「このクエストがシステム上必ず負けるというようなものでないことだけは、間違いなく確か」


 自信がないと言いながら、その態度は何処までも大胆不敵である。


 彼女の様子に一筋の光明を見た気がした。




 隊列を組み終わった第二陣、その後方で騎乗したケルツ大尉が声を張り上げる。


「――出陣するぞ!」


 同時に、剣を抜いた。



「全軍、前進!!」


 振り下ろされたサーベル。

 鉾先が帝国軍に向けられた。

 そちらに視線を移すと、第一陣と帝国軍の交戦が始まろうとしている。


 遂に、両軍から弓矢が放たれた。


『戦争イベントが開始されました』


 機械音が頭の中で鳴り響く。


『戦争期間中、指定の戦域で敵勢力を討伐したさいに経験値ボーナス、また戦いに勝利した場合は、勝利ボーナスが』


 そして――とアナウンスが続く。


『イベント終了時にそれぞれの戦功に応じた経験値も加算されます。戦功は戦闘中の目覚ましい活躍、若しくは軍事的意図をくみ取り行動することで得られますので、意識することをお勧めします』


「……経験値ボーナス?戦功?」


『詳細はヘルプをご確認ください』


 最後にそう言ってアナウンスがぷつんと途切れた。



 さっそく、メニュー画面を開いて確認してみる。


「……まとめると軍事作戦を的確に遂行した場合は得られる経験値に補正が掛かるみたいだ」

「逆に従わなかった場合は、これまで溜めた経験値が減少する仕様らしいね」


 ユイナさんが補足するように付け足す。


(戦争イベントとはハイリスク、ハイリターンらしい)


 ふと、ラッパの甲高い音が耳に飛び込んできた。

 城門が重々しい音を立てて開かれる。


 それを見た兵士達が雄叫びをあげながら、一斉に前進を開始した。


「とにかく、私達も後を追いましょう」


 サラの言葉にうなずきを返し、一度だけ空を見つめる。



 ――戦乱の幕が切って落とされたのだ。

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